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レビュー

どこまでなら「他人事」なのか。心の境界線を見直す衝撃作!——あさのあつこ『彼女が知らない隣人たち』レビュー【評者:藤田香織】

それは「遠い火事」のようで、本当は「私の隣」で起きている
あさのあつこ『彼女が知らない隣人たち』

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あさのあつこ『彼女が知らない隣人たち』


あさのあつこ『彼女が知らない隣人たち』カバー画像

あさのあつこ『彼女が知らない隣人たち』


どこまでなら「他人事」なのか。心の境界線を見直す衝撃作!

評者:藤田香織

 大きな地震や台風などの自然災害、事件や事故のニュースを見聞きすれば、「大変だな」と眉を顰める。街や建物が爆撃される様子にも、前線に送られた兵士の話にも「酷いな」と胸が痛む。悩みを抱えていそうな友達や、上手くやれない同僚のことだって気にかけているし、家族の小さな変化も見逃さず、救いの手を差し伸べたいと思う。
 思っては、いるのだ。
 けれど、同時に、それはやはりどこか「他人事」なんだという自覚もある。もちろん、この世の痛ましく、辛い出来事のすべてを「自分事」として受け止めることなど不可能だし、そうありたいと願ったところで身が持たない。たとえ「家族」であっても、自分とは違う「他の人間」だ。
 では、その境界線はどこにあるのか。誰の、どんな出来事であれば、親身になって、行動できるのか。誰の、どんな出来事ならば、心のシャッターを閉じ、目を逸らすのか。本書『彼女が知らない隣人たち』は、そうした難題と対峙するきっかけとなる衝撃作である。

 主人公の三上咏子は、県庁所在地である街の中心部を見下ろす坂の上に建つ瀟洒な一戸建てに、家族四人で暮らしている。地方では大手の、全国的には中堅どころの機械メーカー人事部に勤務する夫・丈史。地元の有名進学高に入学したばかりの息子・翔琉。ここに越してきてから生まれた娘の紗希は、小学三年生になった。生活に困窮しているわけではないが、咏子自身は縫製所へ古着の仕立て直しのパートに出ていて、〈自分で作り出した物を商品として流通させる。商品として流通するような物を作り出す。つまり、一生の仕事にする〉という密かな夢も抱いていた。
 傍から見れば、どこにでもいる普通の幸せな家族、だろう。
 実際、咏子はその、どこにでもいるような、普通の幸せな家族を求め、そうあろうと心がけこれまで生きてきたのだ。幼い頃の自分が、欲しくて欲しくてたまらなかった、母親から馬鹿、くず、死ね、と罵られることもない、ちゃんとした普通の暮らし。〈子どもたちにだけは虚しさとも絶望とも手酷い挫折とも無縁の生き方をしてもらいたい。させたい。それが望みなのだ。そのためなら、どんな努力も厭わない。がんばり続ける〉。
 しかし、〈そのための努力〉を続けるなかで、咏子はいつしか、周囲の雰囲気を察して、目立たないように首を引っ込める臆病な亀の生き方が習い癖になっていた。パート先の縫製所でも、様々な物事に、見ぬ振り聞こえぬ振りをしてやり過ごしている。高校生になり不愛想で会話もままならなくなった息子の翔琉にも踏み込めない。そんなとき、一時間前まで咏子が買い物をしていた街の大型商業施設『スカイブルー』で、何かが爆発し大きな煙が上がる。驚きはしたものの、咏子は事故だと思っていたが、珍しく興奮し饒舌になった翔琉は、事故などではなくテロかもしれないと言い出した。
「母さん、テロってのはいつどこで起こっても、誰が起こしても不思議じゃないんだぜ」と。
 更に、翌日には市立図書館でも爆発騒ぎが発生し、咏子は不安に襲われる。こんなことが身近で起きるなんて。まさか、そんな――。
 
 姿を変え形を変え、「他人事」だと思っていた不安が、繰り返し突きつけられる。自覚しながらも目を逸らし続けてきた問題が、咏子を否応なしに突き動かしていく。この手は、どこまで差し伸べられるのか。この足は、どこまで踏み出せるのか。本書を読みながら、もしも自分だったら、と幾度となく考えた。
「どこにでもいる」人など、どこにもいない。「普通」の「幸せ」なんて、誰にも決められない。
 コロナ禍にある地方都市の距離感や価値観は息苦しいほどリアルで、けれどそこに作者はポツリ、ポツリと風穴をあけていく。鋭く、厳しく、柔らかな風が吹き抜けていく。
 考えて。考えて。考えて動く。心の境界線は誰かに決められたものじゃない。自分で引くのだから。

作品紹介・あらすじ
あさのあつこ『彼女が知らない隣人たち』



彼女が知らない隣人たち
著者 あさの あつこ
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年03月26日

それは「遠い火事」のようで、本当は「私の隣」で起きている
地方都市で暮らす三上咏子は、縫製工場でパートとして働きながら、高校生の翔琉と小学生の紗希、夫の丈史と平凡な毎日を送っていた。ある日の夕方、駅近くの商業施設から白い煙が上がるのを目撃。近くの塾に通う息子が気になり電話を掛けるが、「誰かが爆弾を仕掛けたテロだ」と興奮して語る様子に違和感を覚える。翌日、今度は市立図書館でも同様の事件が発生。いったいなぜこの町で、こんなことが? 咏子は今まで気にも留めなかった、周囲の異変に気がついていく……。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322109000582/
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