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レビュー

戦争を描くこの物語がファンタジーでなくてはならない意味があった――上田早夕里『リラと戦禍の風』文庫巻末解説

少女を救えるのは「魔物」だけ。第一次世界大戦を物語の魔力で描き切る!
上田早夕里『リラと戦禍の風』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

上田早夕里『リラと戦禍の風



上田早夕里『リラと戦禍の風』文庫巻末解説

解説
おお ひろ(書評家)

 作家が何かを描こう、伝えようとしたとき、そのテーマとは対極にあるようなジャンルを選ぶことがある。たとえば人の情愛を描くのに殺人ミステリという手法をとったり、現代社会の問題を抉るのに歴史小説というフィルタを挟んだりというようなケースだ。こういったやり方は決して珍しいことではない。
 そして上田早夕里は本書で、究極のリアルともいえる戦争を描くのにファンタジーという一見相容れないジャンルを選んだ。もちろんそこにはファンタジーでなくてはならない意味があったからだ。
 その意味とは何なのか。物語を追いながら解き明かしてみたい。
 舞台は第一次大戦下の欧州。先の見えない長期戦の中、シャンパーニュの西部戦線にいた若きドイツ兵イェルクの近くで砲弾が炸裂した。このまま死ぬ、と思ったとき、彼は不思議な人物に助け出された。
 交戦区域にふさわしくないしゃれたがいとうをまとい、いい身なりをした穏やかで気品のある紳士。次にイェルクが目を覚ましたとき、彼は清潔で快適な館の中にいて、その紳士──ゲオルゲ・シルヴェストリ伯爵から驚くような話を聞く。
 曰く、伯爵は四百六十年も生き続けている魔物で、イェルクの精神を半分だけ連れてきた。今ここにいるイェルクは伯爵が作った虚体であり、実体は残った半分の精神とともに今もシャンパーニュのざんごうにいる。二体の記憶は夢を通して共有される。また、虚体となったイェルクは他人の内部に入り込むことができるし、図形を描いた扉を通って世界のどこへでも行くことができる──と。そんな虚体のイェルクに、伯爵はリラという少女の護衛を依頼する。
 リアルな戦場の場面から一転、物語が突如としてファンタジーの世界になだれ込むことに戸惑う読者もいるかもしれない。だが本書がファンタジーという方法を選んだ最初のポイントがここだ。
 なぜ「半分」なのか。戦場はもう嫌だと思ったイェルクは、伯爵に実体もここに連れてきてほしいと頼む。しかし伯爵はそれを断った。なぜなら「シャンパーニュに置いてきた実体は、戦友たちの先行きを心配して、ひとりでは逃げられないと言っている」から。
 戦争をいとう半分がなくなった実体のイェルクはすっきりした気分で戦いに臨む。祖国のために戦っているんだという、清々しさにも似た思い。人の心はひとつではないという事実を、まずは端的にファンタジーによって読者につきつけるのだ。
 本書にはことあるごとに、人間の多面性が描かれる。強さと弱さ、誠実と不実、思いやりとエゴイズム。それらがり合わさったのが人間であり、そのバランスは周囲の環境や体験で簡単に変わることを思い知らされる。特に戦時と平時の違いの描写は圧巻だ。
 人の心だけではない。ものの見方もひとつではないのだ。たとえばイェルクが護衛を頼まれた少女・リラは、イェルクに心を開かない。彼女の祖国ポーランドはドイツに踏みにじられたからだ。リラが言っているのは百年以上も前の第三次ポーランド分割のことで、イェルクがしたことではないがリラは納得しない。個人として出会えば友人になれるのに、歴史や国の関係によって敵認定されてしまう理不尽。
 戦争という残酷で不条理な環境が、理想を、倫理を、歪めていく。最低限の人権が、人としての矜持が、善悪の観念が、奪われていく。政府が強権的に行うだけでなく、人々の中にもそれが当然のこととして刷り込まれ、疑うことなく発揮されていく。戦争は人を怪物に変えてしまう。それは敵国でも味方の国でも変わらないことを、虚体として国境を越え戦時下の欧州をかんしたイェルクは知る。
 本書がファンタジーであるふたつめのポイントはここだ。読者は虚体のイェルクとともに欧州を自在に飛び回り、さまざまな人を目撃するのである。銃後で飢餓に苦しむ人々。兵士を消耗品としか考えていない上層部。食べ物を得るため危険な橋を渡る女性。社会主義運動で戦争終結と革命を目指す者がいる一方で、戦争に生きがいを見出す者もいる。そしてそんな中でも人間らしくありたいと願う心の切実さ。
 イェルクはなんとかこの状況を打破すべく、戦争を終わらせようと考える。そのためには人間であることを捨て、本物の魔物になってしまうことも厭わない。
 ここで、本書がファンタジーであることのみっつめのポイントが浮かび上がる。魔物たちの存在理由だ。四百年を超える時を生き続ける伯爵をはじめ、本書に登場する不死の魔物たちはかつての戦争も体験している。いや、その戦争の体験が彼らを魔物にしたと言っていい。動機こそ違えど、イェルクと同じなのだ。それはすなわち、何百年も前から、人は戦争を繰り返してきたという証左に他ならない。
 読者は知っている。この第一次世界大戦が最初の戦争でもなければ最後の戦争でもない、という厳然たる事実を。一九一八年の終戦に沸く人々の様子を読みながら、二十年後にはまた世界大戦の中に彼らが巻き込まれていくことを思わずにはいられない。
 なぜ人は戦争を繰り返すのか。抗うすべはないのか。
 これが、本書がファンタジーである最後の、そして最大のポイントだ。
 戦争が地球上から完全になくなることはないかもしれない。けれどそれでも、その中で人が人らしくあることは可能なのではないか。人が人らしくあることを忘れなければ、たとえ傷ついてもまた立ち上がることができるのではないか。ではどうすれば、人らしくあることを忘れずにいられるか。
 その願いを著者は〈魔物〉に仮託したのだ。最後まで読んで、震えた。本書に登場する魔物は、あるもののメタファなのである。何のメタファかはここには書かないでおく。どうか本書でじっくりと味わっていただきたい。不死の魔物とは何なのかがわかったとき、イェルクが作中で人々を救おうと奔走したことや、それによってリラをはじめ多くの人々が生きる力を得たことなどが、別の形となってあなたの前に浮かび上がるはずだ。そして、あなたの側にも魔物がいてくれることに気づくだろう。だからこの物語はファンタジーという手法をとったのか、これを上田早夕里は言いたかったのかと強く頷くに違いない。
 これは意志の物語だ。
 何のために上田早夕里が小説という虚構を綴るのか、その決意の物語なのである。
 戦争はどんな虚構よりも残酷なリアルだ。だが虚構だからこそ伝えられるリアルがある。虚構にしか伝えられないリアルがあると、本書は高らかにうたっている。それが物語の力なのだと。

(本解説は『本の旅人』2019年5月号の書評を加筆修正したものです)

作品紹介・あらすじ
上田早夕里『リラと戦禍の風』



リラと戦禍の風
著者 上田 早夕里
定価: 1,210円(本体1,100円+税)
発売日:2022年03月23日

少女を救えるのは「魔物」だけ。第一次世界大戦を物語の魔力で描き切る!
第一次世界大戦下、両親を亡くしたポーランド人の少女リラは、不死の魔物である「伯爵」と館で暮らしていた。護衛のドイツ人兵士イェルクと共に、ヨーロッパ中で起こる悲劇を目の当たりにした彼女は、伯爵の力を借りて祖国を助ける計画を立てる。一方、イェルクもまた人類を救うため、大きな決断をする――。
なぜ人は争いを繰り返し、生きるのか。愚かで愛おしい人類の歴史と業を描き切る、重量級エンターテインメント長編。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322112000455/
amazonページはこちら


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