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レビュー

天使のマリと悪魔のポチ。正反対の2人が贈る、冒険ロマンミステリ!――『ヴィーナスは天使にあらず』著:赤川次郎 文庫巻末解説

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

ヴィーナスは天使にあらず
著者 赤川次郎


ヴィーナスは天使にあらず
著者 赤川 次郎
定価: 770円(本体700円+税)


『ヴィーナスは天使にあらず』赤川次郎 
文庫巻末解説

解説
よし じん

 赤川次郎による〈天使と悪魔〉シリーズ第九弾『ヴィーナスは天使にあらず』の登場だ。第八弾『天使にかける橋』と同じく短編集で、六つの物語が収録されている。今回もそれぞれの作品ごとに舞台や趣向を変えつつ、天使のマリと悪魔のポチの華やかでたのしい活躍がたんのうできるだろう。
 十六、七の女の子に見えるマリは、地上へ研修に来ている下級の天使。天国でのんびりしすぎたあまり、サボってないで人間のことを学んで来い、と人間界へ降りてきたのだ。かたや黒い犬のポチは、「成績不良」で地獄からたたき出された悪魔。たまたま同じところにくわせ、以来、なんとなく一緒にあちこちを旅するようになった二人である。
 いくら天使と悪魔といえども、生身の人間および犬に変身したからには、お腹はくし、寝る場所も確保しなくてはならず、そのためには無一文ではどうしようもない。ちょうど前作『天使にかける橋』のなかに「天使は労働する」という短編があったとおり、天使でさえ働いて稼がなくてはならないのだ。ファンタジーなのに、そこだけはあくまで現実的というのが、いかにも赤川ミステリらしい設定なのである。

 これまで〈天使と悪魔〉シリーズを読んできた方ならごぞんじのとおり、「空腹を満たす」ためにマリは新しい仕事をはじめる、というのが作品プロローグのひとつの形となっている。第二弾『天使よ盗むなかれ』では、車の前にわざと飛び込む「当たり屋」をしたり、第三弾『天使は神にあらず』では、ある新興宗教団体の総本山にて教祖様の代役を務めたり、第四弾『天使に似た人』では二十四時間営業のコンビニで働いたりと、マリは食べるためなら職業を選ばない。短編集となった『天使にかける橋』のなかでは、遊園地のハンバーガーショップの店員や、新聞社のメッセンジャーとして働いたり、ある高校二年生の女の子や富豪の孫娘の代役になったりしていた。すなわちマリは天使から女の子へと変身しただけでなく、さらに何かの職業や役割につくことが多いのだ。それが事件と遭遇するきっかけでもある。シリーズにおける大きな読みどころだろう。
 ときおり仕事にありつけないまま、親切な人からごちそうになり、暮らす場所まで提供されることがあるものの、かならず何かしら事件に関わってしまう。もちろん天使の本分は、人を幸せにすることだ。だから困った人たちや事件の被害者を救おうと身を投げだしてまで行動するのは当然とはいえ、災難としかいえない目にあうこともしばしばだ。一方、悪魔のポチは、ちた天使を一人召使にして連れて帰れば地獄に戻れるため、マリが人間を信じられなくなるようにしむけることがある。こうした動機がかさなって、思いもよらない数々の怪事件にぶつかり、マリとポチの活躍が続いていくのである。
 さて、まずは第一話「ヴィーナスは天使にあらず」。マリが美術館の前で有名な画家と出会ったことから、〈ヴィーナス〉像のモデルにならないかと頼まれて、引き受けたものの、背後にはライバル画家との争いが絡み……という話だ。これまでも教祖様や富豪の孫娘などの代わりを務めてきたマリが、こんどは絵のモデル、しかもヴィーナスとして生まれたままの姿になるという本作は、シリーズの王道といえる展開にちがいない。いわばシンデレラ型変身たん。しかしそこから画家の妻と娘をめぐり、話がオカルトめいていくあたりが恐ろしくもユニークなところだ。
 第二話「別れ話は黄昏たそがれに」は、マリとポチが高級マンションのロビーにもぐりこんだところから物語は始まる。マリとポチの目のまえに、全裸の女性がドアから出てきて「殺される!」と助けを求めてきたばかりか、エレベーターから上半身裸でナイフをもった男が襲いかかってきた。ポチが男の足にみつき、さらにマリが男に体当たりして事なきを得た、……というのが冒頭の展開。じつは、その夫婦が暮らし始めた部屋は、かつて殺人のあった〈呪われた部屋〉だという。それを知ったテレビ局がワイドショーで取り上げ、マリとポチのふたりは取材に応じることになる。ところがまた新たな事件が巻き起こって……。今回は、とくにポチの活躍ぶりが目立つため、彼(?)のファンにはうれしいところだろう。
 第三話「天使の身替りをさがして」は、またしても人の代役を請けおう展開ながら、なんとマリが死体になるという話だ。じつは刑事物のTVドラマのロケ中、スタント役の女性が怪我をして来られず、急いでその代役が必要となったことからマリにその役がふられたのだ。ところが、いざ死体として川岸に浮かんでいたマリが目にしたのは思いもよらないものだった。そこから、あるギャング組織の会計係をしていた男をめぐる事件が明るみに出て、マリはその男の隠し子だという疑いばかりか、犯罪者扱いまでされることになった。いささか残念な役ばかりがまわってくるマリだが、すべて事件を解決した後は美味おいしい食事にありつけ、すべてめでたしといったところである。
 第四話「長いライバル」は、何ごとも競い合うご近所サラリーマンたちの物語だ。マリとポチとは動物病院で知り合った縁で、かんくりやまという二人の家にそれぞれやっかいになることになった。神田の娘かなえに誘われ、〈モーターショー〉のイベントにやってきたマリとポチは、そこで神田と栗山の二人が互いにライバル視して競い合う理由を知ることになる。さらにCMに出ているスター、パティ・すずが危機一髪となる出来事が起きるのに加え、秘密にされていた家庭の問題が暴かれていく。今回、第一話からライバル同士の争いにマリとポチが巻き込まれることが多いようだ。
 第五話「失われた王者」は、男子百メートル競走の日本代表選手が登場する話だ。これまたライバル同士の戦いが繰りひろげられるものの、マリもまたうな重をめぐって日本一の選手と競走するという、とんでもない事態が冒頭から展開していく。こういう突拍子もない話が語られていくのは赤川次郎作品ならではの面白さである。また広告代理店の男が登場し、スポーツ選手とCMの関係が語られたり、政治家のスキャンダルが絡んでくるなど、物語のなかに現代的な社会問題が取り上げられているところにも注目だ。作中、〈それでも、マリにはスポーツがあまりに「商売」になり過ぎていると思えてならない〉という言葉が書かれており、とても印象に残った。作者はオリンピックで巨額の金が動くことへの批判をしっかりとこの物語のなかで指摘していたのだ。
 最後に収録の第六話は「悪魔が夜来る」。無賃乗車で車掌から追い出されたマリとポチは、親切な町長に助けられた。だが、山奥深くへ行ったところにある古びた山小屋で待ち受けていたのは、悪魔よりも性質たちの悪い連中だった……。地方の狭い村社会における大がかりな悪だくみが題材になっている。
 以上、全六作、それぞれに作者らしい世界観とユーモア精神によるミステリが愉しめたことだろう。
 さて、〈天使と悪魔〉のシリーズは、本作が第九弾だが、すでに最新作、第十弾『天使に賭けた命』が刊行されている。「小説野性時代」二〇一九年十二月号から二〇二〇年十一月号までに掲載された、六編の短編を収録した単行本だ。湖の底に眠る金塊をめぐる話、ある〈小箱〉を運ぶことになったマリたちが、人相の悪い男たちに追いかけられる話、しつそうした父親を探そうとする少女を助けたことから始まる話、マリが病院で受けた検査の結果を聞きに行くまでの二時間をたどるらんばんじような話、ギャング映画に毎日通い詰める女の子と知り合った話、マリがある女優の代役を務めることになった話、……と本作に劣らずバラエティに富んだ六作が並んでいる。マリとポチの魅力をあらためて感じさせる物語ばかりだ。ぜひこちらも愉しんでいただきたい。

作品紹介



ヴィーナスは天使にあらず
著者 赤川 次郎
定価: 770円(本体700円+税)

天使のマリと悪魔のポチ。正反対の2人が贈る、冒険ロマンミステリ!
地上で研修中の天使マリと、成績不良で地獄から叩き出された悪魔ポチ。2人は訪れた美術館で1人の老画家と出会い、ヴィーナスを題材にした絵のモデルを依頼される。引き受けるマリだが、そこにライバルの画家が現れ老画家の娘をモデルにすると宣言!どこか様子のおかしい娘と、彼らの間のただならぬ雰囲気を感じたマリとポチは、ライバル画家の秘密を探るため、家への侵入を試みるが……? 国民的人気シリーズ第9弾!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322101000252/
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