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レビュー

【解説:有栖川有栖】北村薫の夢の家 『覆面作家の夢の家 新装版』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:有栖川有栖 / 作家)


 誰が最初に北村さんを「本格原理主義者」と呼んだのかよく覚えていないけれど(ご本人は綾辻行人さんではないか、とおっしゃっている)、それは今や斯界しかいの常識となってしまった。北村さんは、本格ミステリへの過激なまでの愛情をことあるごとに吐露し、「本格ものは時代遅れ」「幼稚で子供向け」「人間を描かない貧しいもの」「小説以前のゲームやパズル」「トリックなんて馬鹿らしい」「読んだらそれでおしまいの暇つぶし」(書いていて自虐的な快感を覚えてきた)などと揶揄されると本気で怒る。まるで「俺のことをどうなじろうとかまわないが、おふくろの悪口だけは許さねぇ」とすごむイタリア男(?)。その情熱と威勢のよさに、同じく本格ものに心酔する「本格者」の私は拍手を送りたくなる。
 本格ミステリに関する北村さんの名言は枚挙にいとまがない。エッセイ集『謎物語』から少し引用してみる。本格ファンとして「すべての登場人物を人形として謎に奉仕させ、よけいな要素を徹底的に排除したものこそ最も清潔なミステリだ」と思うことがある。「それなら小説ではなく推理問題を作れ」という古典的反論がある。そこで北村さんはこう書く。

小説という形式は、実に懐が深い。推理問題ぐらい簡単に呑み込める。そして謎物語の無機的な世界を作り上げるのに、この表現形態は、まことに適しているのだ。
こういうことさえ、想像出来る。謎以外の何物も付け加えまいという作者が、完璧な努力をした時、それゆえにこそ一つの魅力的な〈物語〉が立ち上がって来る。
わたしは本格派である。間違いなく――謎物語が好きなのだ。

 また、同書の別の箇所では、「種明かしをして!」と魔術師に懇願した子供が種を見るなり「なあんだ、馬鹿みてえだ!」と言い出すチャールズ・ボーモントの小説を引き合いに出して――

これは、本格推理作家の背に突き刺さるかもしれない矢だ。しかし、友よ、それは冒す値打ちのある冒険なのだ。
知りたいという〈泣かんばかり〉の〈懇願〉が本格推理を支えている。どう抗うことが出来よう。その願いに身を〈ゆすぶられ〉、秘義を語り出す者こそが本格推理作家なのだ。

 本格原理主義者の面目躍如たる文章である。ただし、前記の〈謎物語が好きなのだ〉の一文に続けて、〈だがしかし、実際に読むもの、そして感心するものは、といえば、決してそのフィールドに偏ってはいない。〉とあることを付記しておく。そして、別のインタビューでは、「人間なんかまったく描かず、すべてが謎に奉仕するようなものが純粋な本格ものだが、現実には難しい」として、そんな揺れ動く心情を自ら〈二重人格〉と称している。
 だがしかし――
 骨の髄から本格ミステリがお好きな方である。古今東西の謎物語について縦横無尽に語りつくした上、入手が難しいその実作をアンソロジーとして読めるようにした『謎のギャラリー』(全部で五冊)というシリーズもあることから窺えるとおり、北村さんは謎に目がないのだ。みんながうっかり見過ごしている事象に魅力的な謎を見つけだして「ほら、不思議でしょ。わくわくするでしょ」と指摘する才能に恵まれている。才能や志向という領域を超えて、業かもしれない。
 謎を発見してしまったら、人間たるもの「解きたい」とねがう。ここで「魅力的な物語を立ち上げる」ことができたなら、その人は魔術師になれる。そして、泣かんばかりの懇願に応えようと冒険を冒すことを引き受けたなら、その魔術師は本格推理作家になるわけである。
 北村さんは生粋の本格推理作家だ。謎のないところにも謎を掘り出して推理し、物語を召喚する。エッセイ集『ミステリは万華鏡』には、私が経験した北村マジックが「73の謎」と題されて紹介されている。某所で北村さんとご一緒した際、私は脱いだ靴を適当な靴箱に入れた。たまたま73番だった。すると、「どうして73番に靴を入れたんですか? 理由はない? それでは謎がなくてつまらない。推理してみましょう」ときた。そして、瞬時に名推理(=私に関する物語)を組み立ててしまったのである。私はそんな北村さんが大好きだし、北村さんもそんな自分を愛しく思っているようだ。この靴箱のエピソードについて語った後、北村さんはこう締め括っている。

〈そんなことはくだらん〉といわれると、子供の笑顔にも、道端の花にも、空の雲にも、気づかずに足早に行き過ぎる人を見るような気になる

 熱いぜ、本格原理主義者。

 本書『覆面作家の夢の家』は、北村さんらしさに満ちたとても楽しい本格ミステリだ。謎を愛する人なら、泣かんばかりの懇願をしたくなる問いかけが詰まった宝石箱の趣がある。密室殺人が起こる―トリックを崩す。アリバイに守られた容疑者が現われる―トリックを崩す。本格ものは、えてしてそんな直線的な構成に枝葉をつけたり、それを重層化させて出来上がるが、北村ミステリは成り立ち方が違っている。前菜か前座のような些細な謎がまず奏でられ、解けたと思うと別の謎が插入され、やがて泣かんばかりに懇願して答えを求めたくなるメインの謎が現われる。そして、その答えが鮮やかな物語に変身した途端、前の謎のどれかに思いがけない形で接続して謎物語の印象を際立たせる。謎が謎の伏線になっているとでも言うべきか。独特の味わいと興奮がある。
 三つの作品とも、野暮な解説など必要としていないが、私が「あ、北村さん、やってるやってる」と思った箇所を抜き出してみたい。
 まず「覆面作家と謎の写真」。ここでは、〈本格推理に並々ならぬ愛情を持つ尼口銃児先生〉の口を借りて本格原理主義者の基本スタンスが語られる。

これぞ謎解き物語だと思ったんだ。(中略)そうとしか見えなかったものが向きがかわることによって、どんでん返し。隠された正体が現れる。そこに妙があり、ドラマがあり、ロマンがある。

 尼口先生のスキューバダイビング中の体験は、読者にとっても鮮烈だ。人間とは、そういう形で真実に打たれるものなのではないだろうか? フロリダのディズニーワールドにいたはずの人物が東京ディズニーランドで撮った写真に写っていた、という飛び切りの謎が出てくるが、その答えが明らかになった時に「トリック」とともに「物語」が輝く。さすが、と言うしかない。
 また、作中で千秋さんが披露する「体いちめんに黄な粉をまぶされて死んだ男が遺した〈カー〉というダイイング・メッセージ」という謎とその珍妙な答えも楽しい。〈笑ってくれよ〉と自嘲する千秋さんに対して、良介は――

なるほど当たり前に考えたら話にならない。お嬢様が、アイデアのパロディとして述べたのも頷ける。しかし、である。これでも作品にできる人がいるのではないか。表現とは、そういうものだろう。

 真実で人の心を打とうとせずとも、トリックやアイデアそのものが輝くこともある、と作者は信じたいのである。
「覆面作家、目白を呼ぶ」には、本書中で最も「いわゆる本格ミステリ」っぽいトリックが出てくる。珍妙どころか、こんな手があったか、と本格ファンをうならせる出来だ。
 表題作「覆面作家の夢の家」の序盤、新幹線の車中で由井美佐子先生と良介が白鷺弁当に首を傾げる場面も面白い。その名が世界遺産にも登録された名城・姫路城の別名(白鷺城)から採られた名前であることは、作中の二人も理解している。ただ、あまりにも特徴のない弁当なので(実物を私は見ていないが)「どこが?」と納得できずにいるわけだ。北村さんご本人からこんな話を伺ったことがある。大阪のあるホテルの地下でノムさん弁当なるものを購入した。どこがノムさんなのかというと、阪神タイガースの野村監督の背番号にちなんでご飯の上に胡麻で82と書いてあるからだそうだ。北村さんは「ちょっと、ねぇ」。こういう安易な謎―解決は本格者にとっては不満なのだ。
 白鷺弁当の名前は推理のしようもないので放っておかれるが、続いて由井先生が醤油の容器を〈魚拓にするの〉と奇妙な謎をかけてくれる。これは考えなくてはならない。その答えはとても意外なものだった。そこで交わされる会話がまたいい。

そう。逆にいえば、〈これが、あれに使える!〉なんて閃いた時の喜びがいいの。醍醐味ね。

 本格ミステリについて語っているがごとし、である。北村さんにとって、謎を作り、謎を解く喜びとはそういうものなのだろう。この作品の中心になる謎は、ダイイング・メッセージだ。しかも、〈超絶技巧、人の死なないダイイング・メッセージもの〉。解読までの道行きが楽しく、解法も答えも美しい。解読のキーになるのは、ここでは書けないあるものだが、それに気づいた時の北村さんは「これがあれに使える!」と叫んだのだろう。うれしそうな顔が目に浮かぶようだ。
 天国的美貌のお嬢様探偵、覆面作家・新妻千秋さんのシリーズは本書をもってめでたく完結。まだまだ名残り惜しいような、拍手で送りたいような幕切れである。
 ところで、「どうして73番に靴を入れたんですか?」などと病的なことを質問してくる北村さんに問いたい。「どうして千秋さんは、あんなにけったいな二重人格になったんですか?」。人の靴箱の番号なんかより、そっちの方がよっぽど大きな謎でしょう。良介も執事の赤沼も既成事実として受け入れているが、この謎についてもっと真剣に考えるつもりはないのか?
 理由はない? それでは謎がなくてつまらない。推理してみましょう。
 それはね、北村さんがご自分でおっしゃるとおり〈二重人格〉だからですよ。「人間なんか描かなくていい」「馬鹿馬鹿しいトリックもまた楽し」という本格原理主義者でありながら、インタビューで〈評価するかどうかは別の問題になるわけですけど〉と語り、自作で馬鹿になりきったりはしない。そんな〈二重人格〉が千秋さんに反映しているのだ。根拠薄弱で牽強付会けんきょうふかい? まぁ、そうかな。けれども、本書の最後で、千秋さんがどこに夢の家を見いだしたかを思い出していただきたい。それは、彼女の人格の「あちら」でもなく、「こちら」でもないところだったではないか。分裂したものを統合してくれる「ここ」。夢の家はきっとある、と北村薫は希っているのに違いない。

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