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レビュー

皆川博子の幻の長編、待望の文庫化! 江戸時代に魂を削って名作を生み出した天才絵師の心震える生き様『写楽』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:日下 三蔵  / ミステリ評論家)

 本書『写楽』は、一九九四(平成六)年十二月に角川書店から刊行された皆川博子の書下し時代長篇の、実に発表から二十六年目にして初の文庫化である。
 二〇一三年から一七年にかけて、二期十巻を刊行した出版芸術社のは、文庫化されていない単行本を復活させる目的で編集したもので、長篇八冊、連作を含む短篇集八冊を復刊することが出来たが、それでも、まだ長篇二冊、短篇集二冊を収録しきれなかった。そのうちの一冊が、この『写楽』だから、今回の文庫化は本当にうれしい。
 コレクションに入らなかったのは、作品が不出来だったからでは、まったくなく、(後述するように)かなり複雑な成立過程を持った長篇であるため、同時収録すべき作品が見当らずに浮いてしまった、というのが唯一の理由である。

 ミステリ大作『死の泉』(97年10月/早川書房)が高い評価を得てからは、海外の歴史的な事件に材を採った骨太な大河ロマンを伸び伸びと発表している皆川博子だが、それ以前は国内を舞台にした推理小説・幻想小説と、歴史小説・時代小説が主なレパートリーであった。
 皆川時代小説を大まかに分類すると、三つの作品群に分けることができる。
 一つは史実や歴史上の人物に材を採った重厚なドラマで、単行本デビュー作の児童向け時代小説『海と十字架』(72年10月/偕成社)、そのテーマを深化させて直木賞候補となった『夏至祭の果て』(76年10月/講談社)、戊辰戦争の悲劇を描いた『会津恋い鷹』(86年9月/講談社)、浄土真宗の高僧・蓮如を巡る女たちのドラマ『乱世たまゆら』(91年1月/読売新聞社)などが、これに当たる。
 二つ目は歌舞伎、芝居、浮世絵など芸の世界に身を置く人にスポットを当てた作品で、直木賞を受賞した『恋紅』(86年3月/新潮社)とその続編『散りしきる花』(90年3月/新潮文庫)、女形・澤村田之助の鬼気迫る生涯を描いた『花闇』(87年8月/中央公論社)、出雲阿国に拾われた少女の数奇な運命を描く『二人阿国』(88年8月/新潮社)、浮世絵師・渓斎英泉を主人公にした『みだら英泉』(89年3月/新潮社)、さくしや・鶴屋南北と歌舞伎役者・尾上松助の若き日の姿を描いた『鶴屋南北冥府巡』(91年2月/新潮社)といった作品がある。
 三つ目は奔放な空想力を解き放った伝奇ロマンで、岡田嘉夫氏とコンビを組んだ幻想小説集『絵双紙妖綺譚 朱鱗うろこの家』(91年9月/角川書店)と中国古典を大胆にアレンジした『みだれ絵双紙 きんぺいばい』(95年3月/講談社)の二冊を筆頭に、南北朝時代を背景とした伝奇絵巻『妖櫻記』(93年3月/文藝春秋)、平将門と藤原純友の乱を描く『瀧夜叉』(93年12月/毎日新聞社)、今川一族の興亡を描いた大作『戦国幻野』(95年9月/講談社)、江戸、長崎、八丈島、小笠原諸島に展開する冒険活劇『笑い姫』(97年3月/朝日新聞社)などがある。
 現在、これらの時代小説のうち、『花闇』『みだら英泉』『妖櫻記』は河出文庫で、『二人阿国』『鶴屋南北冥府巡』『みだれ絵双紙 金瓶梅』は出版芸術社で、それぞれ読むことができる。



 本書『写楽』は、第二の系統に属する作品と言えるだろう。初刊本の「あとがき」にあるように、もともとは劇場用映画の脚本として依頼されたものを、著者が改めて小説化した、という成り立ちを持っている。いわゆるノベライズではなく、シナリオ版と小説版が互いに独立した双子のような関係なのだ。
 そもそも脚本を書く作家自体が少ないので、こうした特殊な作例は、ほとんど聞いたことがない。連続テレビドラマ「スパイキャッチャーJ3」のためのシナリオをベースに都筑道夫が大人向けに連載したスパイ小説『暗殺教程』が、わずかに思い浮かぶ程度だ。
 ちなみに、あとがきに(シナリオを)書いたことは一度もなかった、とあるのは映画の脚本に限った話で、実際には児童劇の脚本をいくつか手がけている。確認できた限りでは、最初の単行本『海と十字架』の刊行に先駆けて、一九七二年一月に「風の王子とツンドラ魔女」(劇団新児童)が朝日生命ホールで上演されている。これは同劇団のシナリオコンテストに投じて入選したもの。
 九一年一月には「妖精パックの冒険」(劇団新児童こども劇場)が、やはり朝日生命ホールで上演されており、こちらは依頼を受けて執筆したものだろう。九二年に映画「写楽」のシナリオを引き受けたのは、これらの経験あってのことと思われる。それにしても、『みだら英泉』を読んで、この人はシナリオが書ける、と見抜いた篠田正浩監督の慧眼、恐るべしである。
 フランキー堺の企画総指揮による映画「写楽」は、九五年二月四日に公開された。キャストは、とんぼ(東洲斎写楽)に真田広之、蔦屋重三郎にフランキー堺、おかんに岩下志麻、花里に葉月里緒菜、幾五郎(十返舎一九)に片岡鶴太郎、喜多川歌麿に佐野史郎、鉄蔵(葛飾北斎)に永澤俊矢、松平定信に坂東八十助、大田南畝に竹中直人、市川團十郎に中村富十郎という布陣であった。
 スタッフとして、衣装デザインと時代考証で舞台美術家の朝倉摂が参加している。皆川博子は、後に朝倉摂の舞台を扱ったノンフィクション『摂 美術、舞台そして明日』(00年9月/毎日新聞社)を書いており、この映画に両者の接点が垣間見えるのも興味深いところだ。
 この作品は、大竹直子によってマンガ化されている。角川書店の少女マンガ誌「ミステリーDX増刊 歴史ロマンDX」の九五年春の号、初夏の号、初秋の号に三回にわたって掲載され、九六年三月に角川書店から「ASUKA COMICS DX」として刊行された。同レーベルとしては珍しく、ハードカバーの単行本である。これは大竹直子の初めての単行本でもあった。また、二〇〇七年十一月には大竹直子のオリジナル短篇「元禄蝶々伝」を併録して、小池書院からA5判ソフトカバーで再刊された。
 マンガ版に寄せられた皆川博子の「あとがき」の全文は以下の通り。この文章は小池書院版にも「あとがき(角川版の出版によせて)」として収録されている。

『写楽』が、大竹直子さんの手で、まんがになりました。わァ、写楽も歌麿も美形だ!
『写楽』は、最初、映画のシナリオとして書きました。生まれて初めてです。シナリオは。楽しい仕事でした。小説を書くのに、視覚型の人とそうじゃない人があるそうですが、私は視覚型で、まず、情景が絵のように浮かび、それを文章にしていきます。だから、シナリオも書きやすかった。
 決定稿は、篠田監督やフランキーさんのお考えも入り、初稿とはだいぶ違ったものになりました。小説『写楽』は、初稿をもとにしています。
 大竹さんは、映画と小説の両方をたくみにまぜあわせて、まんがとして再構成し、とてもおもしろい作品にしてくださいました。
 歌舞伎って、興味のない世界ですか?
 綺麗ですよ、すごく。
『花組芝居』という劇団が、歌舞伎に現代のテンポをとりいれて、ミュージカルみたいな楽しいおもしろい舞台をつくっています。そう、歌舞伎って、歌あり、踊りありの、ミュージカルなんです。
 映画『写楽』も、歌舞伎に興味のない方でも十分に楽しめるように作られました。
 まんが『写楽』は、歌舞伎独特の言葉などには注をつけ、たいそうわかりやすくなっています。まんが『写楽』を読んだ後なら、本物の歌舞伎の舞台もわかっちゃう……だろうと、思います。

 大竹直子氏の「あとがき」はさらに長いので、皆川作品との関わりを述べた箇所だけご紹介しておくと、「三世澤村田之助の物語『花闇』で先生のファンになった私は、先生の『こわい・妖しい・美しい』世界に、どっぷりつかっていました。映画『写楽』も美しいですが、原作『写楽』は、その上禁忌な匂いが加わって、また素晴らしいですので小説をお読みになってない方は是非御覧下さい。漫画『写楽』では掲載誌が少女漫画誌ということもあって、内容を少女漫画風にアレンジしてあります。原作及び映画のイメージをくずされてしまった方は本当にゴメンなさい」とのこと。

 皆川博子のシナリオから、小説版、映画版、マンガ版と、三つの『写楽』が生まれた訳だ。写楽の正体については諸家が様々な説を提唱しており、ミステリの世界に限っても、高橋克彦の江戸川乱歩賞受賞作『写楽殺人事件』(83年)を筆頭に、泡坂妻夫『写楽百面相』(93年)、島田荘司『写楽 閉じた国の幻』(10年)といった作品があるが、皆川写楽では、正体探しに眼目は置かれていない。
 後に写楽と名乗る若者を含めて、芝居と浮世絵に取り憑かれた人々が、この物語の主人公である。彼らの姿を生き生きと描き出していく手捌きは、皆川時代小説ではおなじみのアプローチだ。作者の語りに身をまかせれば、たちまち戯作者、役者、絵師、花魁たちが生きる爛熟期の江戸の世界に引き込まれてしまうことは間違いない。
 映画版のファンやマンガ版のファンの皆さんはもちろん、この文庫で初めて皆川写楽の存在を知ったという時代小説ファンの皆さんにも、自信を持ってお勧めする一冊である。

皆川博子『写楽』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322003000417/


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