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レビュー

深町秋生、2年ぶりの単行本最新作は第1級のミステリーにして、最上の娯楽小説だ!『煉獄の獅子たち』

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(評者:杉江 松恋 / 書評家)

 深町秋生は暴力の本質を知る作家だ。

 暴力はすべてを燃やし尽くす。被害者だけではない。それを振るう者をもまた消し去るのである。意味を奪い去り、無を生み出す。忌まわしいその力を深町は新作『煉獄の獅子たち』で見事に描ききった。しかも読者に最上の興奮を味わわせる娯楽小説の形で。


書影

『煉獄の獅子たち』(KADOKAWA)


 物語の中である登場人物が言う。「煉獄ってやつだ。おれは罪を犯した。ここらで清めの火でしっかり焼かれとかねえと、神様の祝福を受けられねえのさ」と。煉獄とは、現世での生を終え、あの世への立ち入りを待つ者が留め置かれる場所であるという。すでに命は無いも同然であるが、まだ死を許されず悶え苦しみ続けている。本書に登場するのは、そうした呪われた人間たちばかりだ。行間から立ちのぼる呻き声に耳を傾けよ。

 我妻邦彦がシャブ中のヤクザを逮捕する場面から物語は始まる。相手は時代に取り残された食い詰め者だ。刃物を握って抵抗する男に我妻は容赦なく暴力を振るう。我妻は、警視庁組織犯罪対策第四課に属する刑事である。一歩間違えば取り締まる相手と同一視されかねないほどに剣呑な風貌の男だが、言葉が訛り丸出しであるため、どこか朴訥とした雰囲気も漂う。彼の故郷である山形は深町の出身地だが、主人公にお国言葉を喋らせるのは実は珍しいことである。気合いの入った人物造形であることがわかる。

 視点人物はもう一人準備されている。その織内鉄は、広域暴力団東鞘会ナンバー3、氏家勝一の秘書を務める男だ。護衛兼影武者の意味もあり、勝一が髪型を変えれば織内も倣う。会長として東鞘会を統べる、勝一の父親・氏家必勝が病のために亡くなるが、後継者に指名したのは息子ではなく、ナンバー2の神津太一だった。その人事に納得できない勝一は東鞘会を脱退して和鞘連合を創設する。その意を汲み、織内は神津暗殺に奔る。頭を潰せば神津派は雲散霧消し、東鞘会の跡目は勝一の手に戻るだろうという読みだった。

 古くは一九八四年に始まる山一抗争、最近では神戸山口組問題など、暴力団の分裂抗争が跡目問題から始まることは多い。そうした過去の事例を踏まえて現実感を出しつつ、深町は目的のためには手段を選ばない男たちの狂いぶりを畳みかけるような筆致で綴っていく。暴力によって引き起こされた波紋は消えることがなく、どこまでも広がっていくのだ。制御が利かなくなり、暴力のための暴力が繰り返されるようになってからが深町の真骨頂ともいえる。序盤から多数の登場人物が舞台には姿を現しているが、ある瞬間から彼らが理性のたがが外れたような動きを見せ始める。自らの暴力に身を焼かれているのだ。

 我妻と織内、二人の視点がどこで交わるのかがこうした複線の物語では最大の関心事となるが、今回の深町は溜めの作り方が半端ではない。小説の読者はこうやって引っ張るのだという見本のようだ。二人は初め、他の獣のような男たちよりははるかに親しみやすい態度で登場してくる。山形弁の刑事は、暴力団によって人身売買の犠牲になっていた女性を救出する。義侠の男である若いヤクザには、尊敬する兄貴分がいる。実の姉の夫でもある人なのだ。しかし彼らが安らかな時を過ごすことは許されず、瞬く間に紅蓮の炎にのみ込まれる。誰もが夢見るようなごく普通の幸せを登場人物から奪い去ることにかけて、深町の右に出る者はいないだろう。やがて暴力だけが支配する時間が訪れる。

 注意して読むと、過去に深町が手掛けた暴力小説に出現したモチーフが随所に描かれていることに気づかされる。これはネタばらしになるので書かないが、本書を第一級のミステリーとして成立させているある仕掛けは、十年以上前にも使われているものだ。熱心な深町読者ならすでにお気づきだろうが、東鞘会を巡る物語としては二〇一七年に『地獄の犬たち』が書かれている。同書と『煉獄の獅子たち』がどのような接点を持つのかもミステリーとしての興趣の一つである。独立した物語であって、前作を経由せずに楽しめる作品だが、東鞘会について予備知識があると別の感慨が湧いてくるかもしれない。先般『ヘルドッグス 地獄の犬たち』と改題されて角川文庫に収められたので、未読の方はぜひ。


ヘルドッグス書影

『ヘルドッグス 地獄の犬たち』(角川文庫)


 多くの深町作品がそうであるように、これは裏切りの物語である。自己のすべてを託せるほどに信じられる者はこの世にいるのだろうか。人間のエゴはそれを許さないのではないか、という苦悶に満ちた問いが深町作品には共通してある。信じられないが、同時に信じたい思いもある。相反する二つの感情に引き裂かれた状態をこの作者は好んで描くのだ。その瞬間だけは真実だが、すぐに嘘になるだろう思い。泡のように消えてしまう儚い感情が『煉獄の獅子たち』には描かれている。切なくて辛くて、だからページをめくり続ける。

深町秋生『煉獄の獅子たち』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000195/


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