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レビュー

戦国の英傑達の“父”は息子に何を夢みたのか――信長、秀吉、信玄、家康らの父親を描く異色の6編『燕雀の夢』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:ほそ まさみつ / 文芸評論家)

 あますみは短篇作家である。──という認識は、完全に間違っている。それは作者の経歴を見れば明白だ。簡単に記しておこう。作者は、一九七九年、名古屋市に生まれる。愛知大学文学部卒。二〇〇七年、痛快な戦国青春小説『桃山ビート・トライブ』で、第二十回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビューを果たした。続いて二〇〇九年には、げんこうを題材にした歴史小説『青嵐の譜』を刊行。さらに二〇一〇年の『南海の翼 長宗我部元親正伝』から、積極的に戦国小説に取り組む。以後、『破天の剣』『信長 暁の魔王』『覇道の槍』『北天に楽土あり 最上義光伝』など、次々と戦国小説を発表。幕末を舞台にした作品もあるが、戦国武将を主人公にした長篇をメインにして、歴史小説の世界に、確固たる地位を築いたのである。この時点で私は、作者のことを完全に長篇作家だと思い込んでいた。

 ところが二〇一七年、その評価が覆る。二月に『燕雀の夢』、五月に『信長嫌い』、八月に『有楽斎の戦』と、戦国小説の短篇集が三冊刊行されたのである。しかもどれも、素晴らしい出来栄えだ。だから、天野純希の本領は短篇にあるのではないかと、ついつい思ってしまったのである。なかでも強い衝撃を受けたのが、一冊目の『燕雀の夢』。凄い凄いと心の中で叫びながら、ページをめくっていたことを、いまでもよく覚えている。それほどの作品の解説を書くことができるとは、こんなに嬉しいことはない。


書影

天野純希『燕雀の夢』(角川文庫)


 本書には六作が収録されている。「楽土の曙光」のみが「本の旅人」二〇一五年十月号掲載。それ以外の五作は、「小説 野性時代」二〇一五年一月号から一六年四月号にかけて、断続的に掲載された。すべての作品が、有名な戦国武将の父親を主人公にしているところに特色がある。冒頭の「下剋の鬼」の主人公は、うえすぎけんしんの父親のながためかげだ。

 越後守護の上杉ふさよしに仕えていた長尾家だが、当主のよしかげいつこういつとの戦いにより死亡。若くして為景が、新たな当主となった。長尾家を煙たがる房能により、益なき戦に駆り出される為景は、ついにこくじようを決意。房能を討ち、越後の国を手に入れようとする。だが、さまざまな火種を抱える越後は、数十年経っても治まることなく、為景の戦いの日々が続く。そして、いつしか房能のごとき存在になってしまった為景は、身内に殺されることになるのだった。

 戦国乱世は、多くの武将が野心をたぎらせていた。長尾為景も例外ではない。いや、戦に負けて為景にくみした国人が処刑されたときに為景が、

 もっと殺せ。もっと圧政を布(し)き、民を苦しめるがいい。武士や民の怒りが膨らめば膨らむほど、為景の再起を望む声は大きくなるのだ。
 男女の血が雪を赤く染めていくのを見つめながら、為景は笑い出しそうになる自分を何とか抑えていた。

 と思う部分を読めば分かるように、彼の野心は実に激烈かつ利己的なのだ。そうまでして越後を平定し、その先にある天下を渇望した為景は、しかし無情にも殺される。己の夢を息子のとら(後の謙信)に託すことを、わずかな慰めにして──。戦国武将の抱いた野心の、雄々しさとはかなさを浮き彫りにした秀作だ。

 続く「虎は死すとも」はたけしんげんの父親ののぶとらが、「決別の川」は伊達だてまさむねの父親のてるむねが、それぞれ息子との関係性を通じて語られていく。このあたりで収録作の共通テーマは、父親たちの潰えた夢が、いかにして息子に託されていくのかであることが理解できた。なるほど、それで本書のタイトルに『燕雀の夢』が選ばれたのか。

 あらためていうまでもないが、タイトルの燕雀は、『史記』由来の故事成語「燕雀いずくんぞこうこくの志を知らんや」を意識したものである。鳥に託して、小人物には大人物の志が分からないものだと、いっているのだ。なるほど、たしかに上杉謙信・武田信玄・伊達政宗に比べれば、その父親たちのスケールは小さかったかもしれない。だが彼らにも、戦国の世にせた野心や願いがあった。その燕雀の夢が、いかにして鴻鵠の志になっていったのかを、巧みに表現しているのである。

 さらに天下人の父親を扱った後半の三作は、前半のスタイルやテーマを踏襲しながらも、ちょっと読み味が変わっている。とくがわいえやすの父親を主人公にした「楽土の曙光」は、領土と妻子のために苦しい戦いを続けるまつだいらひろただの人間像に迫りながら、彼が殺された事件の裏側を明らかにした。のぶながの父親を主人公にした「黎明の覇王」では、有能な息子に複雑な思いを持ちながら、自分の限界を見極めたのぶひでの人生と、予想外の最期が綴られる。どちらの作品も、主人公の意外な死の真相が盛り込まれており、フィクション色が強まっているのだ。

 それはラストの「燕雀の夢」にもいえる。武士とは名ばかりで、百姓同然の生活をしているきのした右衛もん。出世を夢見る彼は、妻子を顧みず、戦にのめり込む。しかしせつした彼は、長年にわたり、酒浸りの日々を続ける。そこに織田信長に仕え、今や城持ちとなった息子のしばひでよしが現れるのだが……。

 ここで留意したいのが、後半三作の順番だ。普通に考えれば織田・とよとみ・徳川の順で「黎明の覇王」「燕雀の夢」「楽土の曙光」になるはずだ。それなのになぜ「楽土の曙光」「黎明の覇王」「燕雀の夢」の順なのか。これには明確な理由がある。特に「燕雀の夢」。この作品は、ラストに置かれなければならないのだ。

「燕雀の夢」の主人公は、木下弥右衛門である。豊臣秀吉の父親だ。武士だが百姓にも劣る生活をしていた弥右衛門は、侍として出世することを渇望。戦で手柄を挙げて織田家の足軽になるが、そこで打ち止めになる。老境に入ると酒浸りになり、周囲に疎まれている。そんな弥右衛門のもとに、城持ちになった秀吉が訪れる……。

 他の作品同様、本作も息子が父親の夢を受け継いでいる。だが、いままでの作品とはテイストが違う。弥右衛門も秀吉も、互いが血のつながりがあるかどうか疑っているのだ。そして秀吉は家臣の前で、弥右衛門を継父だという。ここがポイントだ。一冊を通して読むと分かるのだが、本書は下剋上の果てにあるものは何かを描いている(第一話のタイトルが「下剋の鬼」であることにより、それを最初から表明している)。

 それまでの五作は下剋上の時代といっても、父親から息子へ志が託されていた。形はさまざまだが、まだ人間の絆があったのだ。だが「燕雀の夢」で断ち切られる。自分がのし上がるためには、親子の血の繫がりさえ否定する、索漠とした世界が広がっていくのだ。それこそが下剋上の行き着く先であり、本書の着地点なのである。ゆえにラストの話は、木下弥右衛門になる。本作のストーリーは、継父と関係が悪くて家を飛び出したという説がある、秀吉なればこそ可能だからだ。各話の面白さは当然として、全体の構成も考え抜かれている。短篇集でありながら長篇と同等、いや、それ以上の読みごたえがある理由を、そこに求めることができよう。歴史時代作家のだれが十全に発揮された、瞠目すべき一冊なのである。

 ところで二〇一七年の短篇ラッシュ以降も、作者は順調に作品を上梓している。しかも昨年(二〇一九)は、ユニークな企画本が二冊出ている。ひとつは『もののふの国』。八作家九人が、古代から未来を貫く「海族」と「山族」の争いを題材にした作品を書く〝螺旋プロジェクト〟参加作品である。もうひとつは『信長、天が誅する』。きのしたまさと組んだ〝信長プロジェクト〟作品だ。木下が織田信長を主人公にした長篇、作者が信長にかかわった五人を主人公にした連作を、それぞれ執筆。互いに相手の作品を取り込んで、独自の戦国小説にしているのだ。

 こうした手間暇のかかる企画に、果敢に挑戦していく姿勢が、なんとも頼もしい。なればこそ期待せずにはいられない。常にチャレンジャーである作者が、次に戦国短篇集を出版するとき、どんな趣向を見せてくれるのかと。ワクワクしながら待っているのである。

天野純希燕雀の夢』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000286/


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