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レビュー

再び襲うサリンの悪夢を食い止めろ! 最凶JKヒロインが体を張って公安警察の陰謀に立ち向かう『高校事変 V』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:タカザワ ケンジ / 書評家)

『高校事変』シリーズを初めて手に取った方には、すぐに五冊まとめてお買い上げになることをおすすめする。この「Ⅴ」では、シリーズ最初の『高校事変』(以下「Ⅰ」)の登場人物が再び登場し、一つの区切りを迎えている。「Ⅰ」から始まる各巻で張られた伏線が、見事に回収される快感を「Ⅴ」で味わえるだろう。

 主人公はゆうという十七歳の女子高生。父は七つの半グレ集団を率い、たいの悪党と呼ばれた優莉きよう。デパートの地下にサリンをまき、多くの死傷者を出した「ぎんデパート事件」で仲間たちとともに逮捕され、すでに死刑が執行されている。結衣は九歳まで父のもとで育てられ、過酷な戦闘訓練を受けていた。その結果、常識では考えられないほどの高い身体能力と、こんせきを残さずに現場から去る完全犯罪の知識を身につけていた。

 凶悪犯罪の首謀者の娘というらくいんに世間の目は冷たい。表向きは施設でほかの子供たちと平等に扱われ、高校に進む教育の機会を得ているものの、国家権力からは危険人物と見なされ、公安警察の監視が続いていた。しかし、結衣はその目をかいくぐりながら、ひそかにトレーニングを怠らなかった。その成果が現れたのが、「Ⅰ」で描かれた武蔵むさしすぎ高校の〝高校事変〟だった。タワーマンションが建ち並ぶ新興ベッドタウンの高校で、首相が視察に来たタイミングを狙って起きた、武装勢力による校舎占拠事件である。結衣はここでたった一人で軍隊さながらの戦闘能力を見せる。

 続く「Ⅱ」では舞台が東京の東側、かつしかへと移る。葛飾東高校の生徒がJK専門の売春業者に絡め取られ、姿を消すという事件が起きる。結衣は消えたしまとその妹を助け出すため、単身、暴力団のアジトに向かう。「Ⅲ」は熱帯林の島が舞台。生徒児童たちがされ、チュオニアンという学校を模した場所で教育を受けていた。やはり拉致されてきた結衣は、ほかの学生たちとともに、脱出を試みる。「Ⅳ」は、東京の中学生たちがスキー教室で訪れた新潟で、バスの転落事故に巻き込まれるところから始まる。事件の裏に韓国系の半グレ集団パグェがいることを知った結衣は、彼らと戦うことになる。パグェは父の半グレ集団の宿敵でもあった。そしてパグェの背後に、本当の「敵」がいることが明らかになる。

 事変とは「事件」よりも規模が大きく、警察力では対処しきれない騒乱のことだ。軍隊が出動する事態、いってみれば「戦争」である。そこでは平時の常識は通用しない。登場する武器や格闘技はいずれも実在するものであり、世界各地で実戦で使われてきた。私たちが生きている世界には、たしかに大規模な暴力が存在している。『高校事変』を絵空事だと笑ってはいられないのだ。

 以上の四作を踏まえたこの「Ⅴ」では、冒頭でまず結衣の父が逮捕された「銀座デパート事件」が描かれる。二〇一一年、つまり東日本大震災が起きた年の夏、それは起きた。デパートの地下でバタバタと人が倒れ、防火シャッターが閉まり人々を閉じこめていくという悪夢のようなできごと。それが、九歳のもりの目を通して臨場感たっぷりに描かれる。のちにサリンが散布されたとわかるこの事件の被害は甚大だった。

「銀座デパート事件」が起きたとき、結衣もまた九歳だった。半グレ集団が経営するクラブのバックヤードで暮らしていた結衣と異母兄弟たちは、日常的にひどい暴力にさらされていた。大人でも命を落とす戦闘訓練に参加させ、ついてこられなければ激しい体罰を受ける。まるで消耗品のような扱いだ。

 だが、このような虐待が決して絵空事でないこともまた私たちは知っている。平成から令和にかけて次々に起きた虐待死事件の中には、子供たちに理不尽な命令を与えて、達成できない罰として暴力を加えるケースがあった。実際の事件は家庭で起きたが、こちらは集団生活の中で、法をものともしない連中が徹底して子供たちを追い詰める。濃縮された虐待とでもいうべき世界であり、同時に、反社会的な思想を成長期の脳に注入する洗脳のプロセスでもあった。

 少女期が描かれたことは、結衣というヒロイン像を理解するうえで大きな意味がある。彼女の孤高ともいえる生き方は、生まれてから九年間、異常な世界しか知らなかったことと関わりがあるとわかるからだ。半グレ集団から解き放たれ、辛い環境から救い出されたはずの結衣が、医師の前で取った行動をぜひ読んでほしい。この行為には、彼女の心の傷の深さが象徴されている。

 それから八年。現在の結衣は、ぐろ区の児童養護施設にいた。あいかわらず公安警察からマークされながらも、高校に通い、表面上は穏やかな生活を送っている。ただし、ときにはクズのような人間に容赦なくきばく。結衣は自身の中に暴力的な衝動があることを意識している。

「人殺しの衝動には逆らえない。そこにしか己れの存在意義を感じない。ただこんな生き方は自分ひとりだけでいい」

 父は半グレ集団をつくり、組織的な犯罪を行った。しかし結衣は父の影響下で育ったという自覚を持ちながらも、そこから抜け出ようともがいている。たった一人で。

 だが、その結衣が初めて心を許した人物がいる。武蔵小杉高校の同級生、はまばやしみおだ。そもそも澪と出会い、彼女を助けようとしたことが、結衣が能力を発揮するきっかけになった。二人はその後会っていなかったが、澪から一通のラインメッセージが届いたことが再会のきっかけになる。しかも、そのときに澪と一緒にいたのは、「銀座デパート事件」で両親を失った森沙津希だった。

「Ⅴ」に澪が登場し、銀座デパート事件の被害者と結衣が出会ったことは、物語が一つの環を閉じたことを示している。なぜ、結衣が戦いの中に身を投じていくのか。そこに「人殺しの衝動」以外の何かがあることが澪との再会で明らかになる場面は、このシリーズの重要な転回点である。

 結衣は孤独なヒロインとして読者の前に現れた。誰も信じず、誰にも頼らず、公安警察をはじめとする国家さえ欺いて、たった一人で危機に立ち向かってきた。しかし、その最初の戦いが、澪を守ることから始まったように、結衣はつねに「守る」側に立ってきたのである。「Ⅱ」では同じ施設にいた嘉島姉妹のために、「Ⅲ」ではチュオニアンで同じ境遇にある生徒たちのために。その中には久々に再会した異母妹のりんもいた。

 結衣は少しずつ他人と関わり、輪を広げつつある。しかし、皮肉なことに、その輪の広がりを大人たちは好ましいものだと見ていない。半グレ同盟の復活というがあるからだ。それどころか、その危惧を利用しようとするやからまでが現れる。「Ⅴ」ではその陰謀との戦いがシリーズ最大級のスケールで展開している。

 ところでこのシリーズの特徴は、刊行のタイミングでまだ生々しいできごとがさりげなく織り込まれていることだ。「Ⅴ」では、「桜を見る会」や、武蔵小杉の台風被害に触れている。古くはちかまつもんもんが起きたばかりの心中事件を人形じように仕上げたように、フィクションにリアリティを持たせるために有効な手段であり、作者も読者も同じ時代に生きているという実感が得られる。作者もまた、読者と併走しながらこの作品を書いているという証でもあるだろう。

 結衣はなぜ戦うのか。誰が本当の敵なのか。巻を追うごとにその答えが鮮明な輪郭を持ち始めている。同時にその戦いの困難さも。それでも彼女は戦うだろう。本当に大切なものを守るために。


書影

松岡圭祐『高校事変 V』(角川文庫)


松岡圭祐高校事変 V』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000277/


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