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レビュー

シリーズ最恐! 巨大な洋館でひとり、またひとりと人が消える。大人気ホラー『ゴースト・ハント5 鮮血の迷宮』小野不由美【文庫巻末解説】

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

『ゴーストハント5 鮮血の迷宮』文庫巻末解説

解 説
せんがい あきゆき(ミステリ評論家)  

 小野不由美の「ゴーストハント」シリーズ中でも最恐の一冊、『ゴーストハント5 鮮血の迷宮』の登場である。
 本書は、「ゴーストハント」シリーズの原型である「悪霊」シリーズの第五巻『悪霊になりたくない!』として一九九一年三月に講談社X文庫ティーンズハートから刊行され、二○一一年七月、大幅にリライトされて現在のかたちでメディアファクトリーから単行本として刊行された。五巻目からいきなり読むひとは少ないと思われるので、シリーズの概要、および主要登場人物の紹介は省略する。ただ、所長のしぶかず(ナル)と助手のリン、調査員のたにやま(シリーズの語り手)という「渋谷サイキックリサーチ」の面々と、彼らに協力する個性豊かな霊能者たちから成るこのシリーズのレギュラーメンバーが、アルジャーノン・ブラックウッドの小説に登場するジョン・サイレンスやウィリアム・ホープ・ホジスンの小説に登場するトマス・カーナッキら超常的な現象を専門的に解明する「ゴーストハンター」と呼ばれる探偵役の伝統を継承していることには触れておきたい。通常のミステリにおける名探偵とは異なり、彼らは人間による犯罪ではなく怪奇現象の原因を、(そういう現象があることは前提とした上で)理詰めで解きほぐしてゆくプロフェッショナルなのである。
 先ほど、「シリーズ中でも最恐の一冊」と紹介したが、「ゴーストハント」編集委員会・編『小野不由美「ゴーストハント」読本』(二○一三年)に収録されたていだん「少女小説から生まれた『ゴーストハント』の革命」で、おぎわらのりつじむらづきいけざわはるが口を揃えて怖かったと述べていることからも、それは定評と言っていいだろう。では、本書はどのように怖いのか。
 物語の主な舞台となるのは、諏訪の山中にある一軒の別荘だ。山中の別荘というと普通はロッジのような建物をイメージするかも知れないが、元首相夫人の実家にあたるこのやま邸は、部屋数が百六にも及ぶ超巨大建築である。明治時代に建てられて以降、増築に次ぐ増築で迷宮のようになっているのだ。幽霊が出ると噂され、今は誰も住んでいないこの廃邸で、肝試しのため侵入した若者が姿を消し、彼を捜すために入った消防団の青年まで失踪するという事件が起きた。事態を憂えた元首相は、ナルや麻衣らをはじめとする二十人もの霊能者(助手も含む)に、怪奇現象の有無の確認とその解消を依頼したのだ。しかし、調査を開始した霊能者たちは、ひとり、またひとりと消えてゆく。


ゴーストハント5 鮮血の迷宮
著者 小野 不由美
定価: 836円(本体760円+税)


 この第五巻までの時点で、シリーズの舞台となる建物は二種類に分類される。学校と洋館だ。しかし、洋館といっても、『ゴーストハント2 人形の檻』の舞台だったもりした邸が常識の範囲内のスケールなのに対し、本書の美山邸は桁違いの大きさである。
 美山邸のモデルとなった実在の建物については、作中でも言及されている。ウィンチェスター館――最近はウィンチェスター・ミステリー・ハウスと呼ばれることが多い、アメリカのカリフォルニア州サンノゼにある大建築だ。ウィンチェスター銃で財を成した実業家ウィリアム・ワート・ウィンチェスターの妻サラの住居だが、彼女は娘と夫の死後、ウィンチェスター銃で死んだ人々の呪いから逃れるため、霊媒師の助言に従って三十八年間、二十四時間ずっと屋敷の増築を続けさせたという。部屋数は百六十、悪霊を迷わせるためか封印するためか、邸内は開けると壁しかないドアや天井に突き当たって上階へ行けない階段、異様に段差の低い階段や上下が逆さまの柱などの奇妙な仕掛けで満ち溢れている。二○一八年には、この屋敷の由来をフィクションを交えて描いた『ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷』(マイケル&ピーター・スピエリッグ監督)というホラー映画が公開された。
 この建物は、ホラー小説の歴史にも大きな影響を及ぼしている。例えばシャーリイ・ジャクスンの『丘の屋敷』(一九五九年。他に『山荘綺談』『たたり』といった邦題もある)の舞台はあらゆる角度が少しずつ狂って設計された屋敷であり、「これは私見なのだが、おそらくヒュー・クレインは、いずれ〈丘の屋敷〉が名所になればいいと考えていたんだろう。カリフォルニアの〈ウィンチェスター・ハウス〉や、あまたあるオクタゴンハウスのようにね」(わたなべよう・訳)というくだりもある。この『丘の屋敷』は、呪われた屋敷で起こる現象の謎に心霊学者らが挑む物語だが、類似した設定のホラー小説としては、物理学者や霊媒らが幽霊屋敷を調査するリチャード・マシスンの『地獄の家』(一九七一年)なども有名だ。これらの作品では、幽霊屋敷で怪異を起こす元凶的存在は極めて邪悪かつ強力であり、霊能力や科学を武器として怪奇現象に挑む生者の側は苦戦を強いられるのである。
 本書には、それらのホラー小説群へのオマージュという面もある。ウィンチェスター館を彷彿させる屋敷を舞台に選んだ理由としては、ホラー作家たるもの、一度はこれくらいの巨大幽霊屋敷を描いてみたいという野心もあっただろうが、同時に、そうした歴代の名作のテイストを少女小説の枠内で可能な限り再現したいという思いもあった筈だ。
 先に触れた鼎談「少女小説から生まれた『ゴーストハント』の革命」で、池澤春菜は本書とシリーズ次巻『ゴーストハント6 海からくるもの』を対比して、「『鮮血の迷宮』は物理的に怖い。それが西洋的な怖さだとしたら、『海からくるもの』は湿った、日本的な怖さ」と述べている。この指摘通り、「ゴーストハント」シリーズ中でも本書は最も西洋的な要素が濃厚な小説だ。欧米の名作ホラーへのオマージュである以上、そうなるのは当然だろう。最後に正体を暴かれる怪異の元凶も、源流を辿れば西洋的な存在と言える。クライマックスの恐怖は相当なもので、本書がもともと少女小説として執筆されたことを考え合わせると、まさに手加減なしという印象である。
 過去のさまざまなホラー小説のエッセンスを凝縮させた本書は、その後の作品にも大きな影響を与えている。例えば、著者自身の代表作『』(一九九八年)もそのひとつだ。どこが共通しているかを記すとネタばらしになるので、実際に読んで確認してほしいとしか言いようがないのだが、『屍鬼』は著者の中で本書のモチーフの発展形にあたるのではないだろうか。
 そして、もう一作――著者の夫君にあたるあやつじゆきの『暗黒館の殺人』(二○○四年)も忘れてはならない。「館」シリーズ中、最もゴシック・ホラーの色彩が濃いこの大作には、本書の登場人物と漢字こそ異なるものの発音が共通する人物が登場しており、本書(というか、原型の『悪霊になりたくない!』)へのアンサーとして読むことも可能だ。
 それにしても、「ゴーストハント」シリーズに盛り込まれた本格的なオカルト知識は、今になって読み返すとますます凄みを感じさせる。例えば、本書では登場人物の口から、かつて一世をふうした超能力者ユリ・ゲラーとともにウォーレン夫妻の名が言及されるけれども、アメリカの心霊研究家エド&ロレイン・ウォーレン夫妻が日本でも広く知られるようになったのは、彼らを主人公とするホラー映画『死霊館』(ジェームズ・ワン監督、二○一三年)がヒットしてからだろう。それよりずっと早い時期に、彼らの名前をさりげなく作中に忍び込ませていたことには舌を巻くしかない。
 本書でひとつのクライマックスを迎えた感がある「ゴーストハント」シリーズだが、残り二巻、ますます驚愕の展開が待っていることは保証する。シリーズを通してのおびただしい伏線が最終巻で回収される雄大にして緻密な構想を、是非見届けてほしい。

作品紹介



ゴーストハント5 鮮血の迷宮
著者 小野 不由美
定価: 836円(本体760円+税)

血の匂いがするーー。複雑怪奇な洋館に隠された恐るべき秘密とは。
増改築を繰り返した結果、迷宮のような構造を持つにいたった巨大な洋館。長年放置されていたその館の周辺で行方不明者が相次ぐ。突然現れたナルの師匠という女性。彼女が持ってきた依頼は、長野県の山中にある広大な屋敷の調査だった。だが調査隊はSPRだけではない。日本中から名だたる霊能者や心霊研究家も集められていたのだ。尋常でないのはそれだけではない。館の内部や外部の構造を調べるうち、麻衣たちは建物のあちこちに不審な空洞があることに気づいた――。そして、事件は起こった。館にいる人間が姿を消し始めたのだ。徐々に明かされていく血塗られた館の過去。ゴシック趣味溢れるシリーズ5作。SPR史上最凶最悪の怪物が潜んでいる!?【解説:千街晶之 ミステリ評論家】
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000148/
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