かつて神童と呼ばれたお笑い芸人は、なぜ突然引きこもりになったのか? 渾身のルポ『一発屋芸人列伝』も話題の髭男爵・山田ルイ53世の半生を赤裸々につづった衝撃のエッセイ『ヒキコモリ漂流記 完全版』の電子書籍化(10/25より配信開始)を記念し、序章と第1章を試し読み全文公開! ヒキコモリ……その暗黒に足を踏み入れる序曲それはまさに“恐怖の胎動”! 
なお、電子版には特典として、ヒキコモリ問題を分かりやすく分析した精神科医・斎藤環さんとの対談も収録。この機会に是非お読みください!



序章 引きこもりの朝

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  中学二年の夏

 
 もしこれから「引きこもろう」と思っている人がいたらぜひ忠告しておきたい。
 夏は、引きこもりを始めるのに適したシーズンとは言えない。もう少し頑張れそうなら、秋まで様子を見た方が断然良い。
 なぜなら夏には、こちらの精神状態などお構いなく、それこそ否応(いやおう)なしに、楽しいイベントが盛り沢山だからである。
 海に山に花火大会。キャンプにバーベキュー……枚挙にいとまがない。
 男女関係の進展がのぞめそうな何かしらのキッカケも、充実の品揃え。
 人類に繁殖期があるとすれば、それは夏だろう。そういう人間の動物的な部分、本能にダイレクトに訴えかけてくる「ワクワク」に事欠かない季節でもある。
 そんな中、引きこもってしまった日には、自分以外の地球上の全ての人間が、人生を謳歌(おうか)し、楽しい思い出をどんどん増やしていくような錯覚に陥り、焦燥感に(さいな)まれることになる。
 それは、味のなくなったガムを永遠にしがみ続けているような惨めな気分。なんとか「思い出の貯金」をやり繰りし「記憶の自転車操業」で、気を紛らわそうとしても無駄。
 そもそも、十年ちょっとしか生きていない、ガキの思い出の蓄えなどすぐに底を突く。
 ほどなく、焦り、不安、絶望、これらの負の感情が、それこそ毎秒押し寄せて来て、大変しんどい思いをすることになるのである。
 とにかく、夏に始めるのは、冷やし中華だけでいい。
 中学二年の夏休み。
 競技場を埋めつくす大観衆からの拍手の(あお)りこそなかったが、六年間という引きこもりの大記録に向かって、まさに僕が「助走」を始めたころ。
 と言っても、まさか自分が二十歳(はたち)まで引きこもるなんて思ってもみなかった。
 そう、「あの事件」による心の傷は浅くはなかったが、それでも、この時はまだ、「登校拒否」とか、「学校自体をやめる」とか、そんな選択肢は僕の頭にはまったくなかった。
 この夏休みが終われば、通学や勉強や部活で大変ではあるが、あの普通の毎日、「優秀な山田(やまだ)君」に「復帰」できる……そう思っていたのである。
 結局のところ、「あの事件」は引き金に過ぎなかったのかもしれない。壊れたパソコンの画面のように、僕の人生が固まって動かなくなった原因は他にあったのである。
 友達との経済的格差、それを埋めるための猛勉強、長距離通学の負担、睡眠不足。それらのことが積もりに積もって、ボディブローのように僕の心にダメージを与えていたのだろう。そして「ああいうこと」になった。
 とにかく、「あの事件」が起こってから夏休みに入るまでの、数日か、数週間か、今となってはもう記憶も断片的で定かではないが、なんとかかんとか学校には通っていた……気がする。
 一体どういう気持ちで電車に乗り、教室で過ごしていたのかは、分からないが、そもそもよほどの高熱でも出ないかぎり、学校を休むなんて発想は、自分の頭にも、我が家の、それはつまり、「父の」ということだが、その父の頭にもなかった。「学校を休む」、それはもうイコール「悪」であった。「あの事件」のことで気まずいとか、恥ずかしいとか、みっともないとかそんな僕の感情よりも、父の絶対のルールが勝っていたのだろう。
 夏休み最終日、学校の宿題は大量に出ていたが、ふと気がつくと僕は一切手を付けていなかった。
 毎日やろうやろうとは思っていた。ちゃんと自覚があった。
 本来の自分は、夏休みの宿題なんてものは、休みが始まって一週間で終わらせるのを良しとする、そういう性格だった。なるべく先に先に、前倒しで終わらせてしまうタイプだった。
 しかし、その時は何もしなかった。というより、何も出来なかったのである。
 

  無駄な段取り

 
 中学に入る少し前から、つまり、中学受験に臨んでいる最中から、僕はある種の儀式めいた「段取り」にこだわるようになっていた。
 実際その「段取り」を守って、実行することで、中学受験の勉強もしっかりと集中して出来たし、結果として合格したのだから、それはそれで成功、正解だったと言っていいと思う。
 しかし、この頃になると、その段取りが悪い方向に進化し、増大し、宿題とかテスト勉強などの、「本当にやらないと駄目なこと」に辿り着く前に、僕を疲れさせてしまう……そんなことがよく起こった。
 例えば、勉強を始めようとする。
 すると、その前に、部屋の掃除をキチッとしなければならない。そうしないと気が済まないからである。
 まず掃除機をかける。ありとあらゆる(ほこり)やゴミ、自分の体毛の(たぐい)、とにかく「すべて」を吸いとらなければならない。そうしないと、気になって勉強が手につかないので仕方がない。
 まあしかし、これくらいは、「普通」の範疇(はんちゅう)だろう。お寺さんなんかでも、修行の一環として、清掃が行われる。いわゆる「作務」と言うヤツだが、あれと同じような発想だ。
 勉強に臨む前に掃除をして、心穏やかにペンを走らせる。全然大丈夫だ。
 次に、床や机、家具などを雑巾で|拭く。拭き掃除である。これも大丈夫。普通だ。
 大きなものを拭き終わったら、今度は、目覚まし時計とか、そろばんとか水泳の大会で貰ったトロフィーとか、筆箱、さらにはその中の鉛筆、シャーペン、ものさし、コンパスなどの文房具……とにかく、ありとあらゆるものを拭く。拭かなければならない。
 そうしないと、気が済まない。手につかない。集中できない……のだからしょうがない。大丈夫。

書籍

『ヒキコモリ漂流記  完全版』

山田ルイ53世

定価 734円(本体680円+税)

発売日:2018年08月24日

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