デビュー作『君の膵臓をたべたい』が250万部を突破し、一躍ベストセラー作家の仲間入りを果たした、住野よる。「青春の終わり」を描いた最新作にして最挑戦作『青くて痛くて脆い』の成功により、作家としてさらなる注目を集めているが、その魅力を語る言葉はまだまだ足りない。そこで、4社(双葉社、新潮社、KADOKAWA、幻冬舎)から6名の担当編集者が集まり、住野ワールドの魅力、住野よるという作家の個性をみっちり語り合った。
>>【前編】衝撃のデビュー作の秘密
◎第2作『また、同じ夢を見ていた』(双葉社)
小学生の小柳奈ノ花は頭が良すぎて生意気で、学校に友達がいない。お父さんとお母さんは仕事で忙しく、家でもひとり。でも、放課後は可愛い野良猫と一緒に、手首に傷がある“南さん”、不思議な名前の“アバズレさん”、一人暮らしの“おばあちゃん”の家を巡って遊ぶ。「人生」と「幸せ」についてお喋りをして、感じて、学ぶ。
http://www.futabasha.co.jp/introduction/2016/matayume/
住野よるという作家はものすごい!第2作を読んで確信させられた
——『膵臓』がベストセラー街道を爆走するなか、双葉社さんから第2作『また、同じ夢を見ていた』(16年2月刊)、第3作『よるのばけもの』(16年12月刊)が刊行されます。この2作はがらっと作風が異なるがゆえに、ペアで語られることが多いのかなと思うのですが。
新潮N:住野さんもツイートされていましたよね。「担当者人気ナンバーワンは、『また、同じ夢を見ていた』か『よるのばけもの』、だいたいどっちかです」と。私は『また、同じ夢を見ていた』が大好きなんですよ。
双葉A:女性の方からファンレターなどをいただくと、『また、同じ夢を見ていた』が一番好きです、と言っていただけることが多い印象はありますね。
幻冬H:私は『よるのばけもの』派です。
新潮T:私も「ばけもの」派ですね。Aさんは?
双葉A:あれだけ読むたびに泣いてますって言いながら、『膵臓』じゃなかったら「お前の涙はなんなんだよ!」ってなりますよ。
一同:(笑)。
双葉A:『また、同じ夢を見ていた』は、『膵臓』でデビューする前にほぼ書きあがっていたものなんです。原稿を読んで「これもすごい!」となり、2作目として出させていただきました。本人が「自分の好きなものを詰め込んだ」とおっしゃっている通り、ひとつひとつの要素が魅力的なのはもちろんなんですが、世界全体が優しいんですよね。世界がこういうようなものであったらなぁ、という書き手の思いを感じるんです。過去に何があったって今この瞬間から、世界はちょっとだけでも変えられるって伝えてくれる、そんな作品なんじゃないかなと思います。
角川F:分かります。『膵臓』がああいう作品だったからこそ、「2作目はどうくるんだろう?」という期待と少しの不安があったと思うんですね。そこへ来て「このキラキラ感!」と、衝撃を受けました。そして何より、主人公の奈ノ花が可愛いんですよ。
双葉A:「生意気な口をきく女の子が書きたい」というところが、このお話の出発点にあったみたいです。
角川F:奈ノ花が口癖みたいに「人生って○○みたいなものよね」って喋るじゃないですか。「○○」の中身とその理由付けが、全部面白いんですよね。「これ、どうやって考えてるんだろう?」って。
新潮N:パワーワードの連続ですよね。
双葉A:他の人が書いたら「これ、クサいんじゃない?」みたいな言葉も、住野さんが書くと「オシャレじゃん!」みたいな(笑)。さきほどの「セリフ回しの巧さ」に通じるのかもしれないですけど、言葉を選び出すセンスと伝え方が絶妙なんでしょうね。
新潮N:私がこの作品を大好きな理由は、自分のいる環境とも関係があって。今の会社に入ってすぐ、ジャーナリズム系の雑誌編集部に配属になったんです。そこで事件取材とか政治家取材をこなしていくうちに、世界ってこんなに汚いんだな、と(苦笑)。その感覚に染められつつあった頃に文芸の部署へ異動してきて、『また、同じ夢を見ていた』を読んだ時、「世界は美しいって信じていいんだ」と思えたんですよね。その衝撃が一番強いから、私にとってすごく大事な作品なんです。読者を引き込むエンタメ性とか、小説家としての基礎体力をお持ちの方なんだな、と思った本でもあります。
角川K:私は、読者に対するサービス精神がすごいなって思った作品なんですよ。住野作品すべてに言えると思うんですけれども、読者にページをめくらせるための工夫が、この作品はものすごくふんだんに入っている。出てくる女性たちは四者四様に全員キャラが立っているのに、地に足の着いたリアルな存在感を放っているところもすごいです。私もこの作品を読んで、「住野よるという作家はものすごい!」と確信しました。
◎第3作『よるのばけもの』(双葉社)
中学生のあっちーは、夜になると真っ黒な化け物になる。変幻自在のその姿で街へ繰り出し、自由に飛び回る。ある夜、たまたま顔を出した教室で、クラスメイトの矢野さつきとばったり出会う。驚かない彼女とあっちーは、毎晩夜になると教室で会話を楽しむようになる。ただし、昼間は一言も口をきかない。矢野は、クラス全員にシカトされている。その暗黙のルールを守るために――。ラスト一行の着地は、過去最高の爽快感!
http://www.futabasha.co.jp/introduction/2016/NightMonster/
キラキラから暗転した『よるのばけもの』が住野よるという作家の幅、読者の幅を広げた
——『よるのばけもの』派のお二人は、どんなところに魅力を感じていますか?
新潮T:私は基本的に、作家さんがその時自分のやりたいことをやりきっている作品が好きなんです。『よるのばけもの』は、自分の投げる球が読者に届くかどうか分からないけれど、自分が投げたいから振りかぶって思いっきりぶん投げた、という感じがします。
幻冬H:その感じが、私も一番好きな理由ですね。
新潮T:説明がすごく省かれていて、私も全部理解できていないかもしれないんですよね。書かれていないことがたくさんある、その余白の部分を含めて、こちらの想像力も刺激されます。その後の住野さんがお書きになるものに、すごく影響を与えた作品だと思うんですよ。これがなかったら、たぶん『青くて痛くて脆い』はお書きになっていなかったんじゃないかなって。
幻冬H:「ダーク住野」ですよね。人間なら誰しもが抱えるネガティブなドロドロを前面に出している。『よるのばけもの』でその方向性を試して、『青くて痛くて脆い』で爆発させたのかなって印象がありますね。あとは、ヒロインの矢野ちゃんが最高! セリフがめっちゃ読みにくいんですけど、思わず「声に出して読みたい日本語」なんです(笑)。
新潮T:住野さんのセリフって言葉の使い方としては必ずしも正しいものばかりではないかもしれませんが、小説内リアルとしては成立しているし、中毒性がありますよね。
——今日のキーワードのひとつである、「パワーワード」にも通じる話ですよね。読めば脳裡に焼き付いて離れなくなる、という。
新潮T:ご本人がおっしゃるには、「この人にこのセリフを言わせる!」というものを先に決めておいて、そこに到達するように物語を構築するそうです。
角川F:「この場面を書く!」とか。チェックポイントを通るように話を作る、とおっしゃっていますよね。
幻冬H:音楽がものすごくお好きな方じゃないですか。歌詞でいう「サビ」はこのセリフにする、という感覚で書いてらっしゃるのかなあと時々思うんです。
——ところで、3冊まではデビュー版元である双葉社から、というお約束だったんですか?
双葉A:そうですね。デビュー直後からたくさん他の出版社の方からもお声がけをいただいたんですが、悪どい約束をさせていただきました(苦笑)。2冊目までの原稿は、住野さんがひとりで書き上げた状態のものを、お預かりして出版したかたちだったんですね。
新潮T:ただ単純に「売る」っていうことだけ考えたら、3冊目はまったく別の内容になったんじゃないかなと思うんですよ。住野さんとの約束の3冊目で、『よるのばけもの』にゴーサインを出された判断が素晴らしい。
双葉A:確かに出版社サイドとしては多少勇気のいる判断だったかもしれませんが、本人が一番書きたがっているものだったんですよね。今振り返ってみて思うことは、住野よるという作家の幅、読者の幅を広げるっていう面では、きっちり役目を果たしてくれたんじゃないかな、と。この作品、自分が中学生とかで読んでいたらまた受ける印象が違うんじゃないかなと思うんですよ。あの頃の教室って、自分がはっきり意識できていたかどうかは別として、このお話で描かれているのと近い状況があったのかもしれない。集団生活の暗黙のルールをだんだん理解し始めてしまって、正反対の感情のせめぎ合いで、悶々としたり。そんな息苦しさをほんの少し薄めたり、現実に向かっていくきっかけに、この作品がなれるんじゃないかなと思います。
◎第4作『か「」く「」し「」ご「」と「』(新潮社)
第一章「か、く。し!ご?と」の語り手・京は、人の気持ちが頭の上に、ビックリマークや句読点で見える。同じクラスの三木さんのことが好きで、隣の席の宮里さんが不登校になったことを気にかけている。相手の気持ちがマークで見えても、いや見えてしまっているからこそ、うまくいかない。文化祭、修学旅行、進路相談……。特別な能力を持った5人の高校生達の日常を、それぞれの視点から描いていく著者初の連作短編集。
http://www.shinchosha.co.jp/kakushigoto/
題材は、10代の子達の「心の中」「共感度No.1」のコピーに偽りなし!
——住野さんにとって初めての連載作品ですよね。住野さんの短編を目にするのも、多くの読者にとって初めてでした。
新潮T:「連載を始めるとしたらどんなに早くても、3、4ヶ月後ぐらいですかね」みたいな話をしたら、もっと早くあげてみせるぞとメラメラしてくださったらしく。1ヶ月後には「こんなの書けたんですけど、どうですか?」って、第一話に当たる短編(「か、く。し!ご?と」)を送ってきてくださったんです。しかも、直していただくところがほとんどなくて驚きました。その後も「2ヶ月に一篇」とお願いしたんですが、全部締め切りを前倒しであげてきてくださって。
一編目の時点では「か、く。し!ご?と」が作品の総タイトルだと思っていたんです。でも、二編目のタイトルを見たら、「か/く\し=ご*と」。各編の主人公の能力に合わせて、記号を全部変えていくんだ、と気付いた時は大興奮でした。
新潮N:とにかく5人のキャラクターが可愛くてしょうがないんですよ。読んだ人は、絶対に誰か一人には共感できると思います。
幻冬H:“いつか”さんのイラストも良かったですよね。真正面からキャラクターの顔が描かれているのは、『か「」く「」し「」ご「」と「』が初めてだと思うんですが、作品の内容にぴったりで。
双葉A:本のキャッチコピーは、「共感度No.1の青春小説」でしたよね。うちに来る10代の子達からのファンレターで、「住野さんはどうして私たちのことがこんなに分かるんですか」という言葉をよくいただくんですよ。
——刊行から一年以上経ったので“ネタバラシ”しても大丈夫かなと思うのですが、本に仕掛けがあるんですよね。
新潮N:タイトルにかけて、本に「かくしごと」を仕掛けたかったんです。本のオビを外してもらうと、隠し要素があるんです。
新潮T:打ち合わせでそのアイデアを話したら、すぐに書いてくださったんですよ。
幻冬H:こちらがポロッと話したことを、ちゃんと覚えてらっしゃるんですよね。記憶力がすごい。
一同:すごいです!!!!
新潮T:「Tさん、あの時こういうふうにおっしゃっていましたよね」って話を、私も覚えていなかったりする(笑)。でも、たぶん一言一句合っているんですよ。
角川K:恐いくらいですよね(笑)。あと、会った人のキャラクターを掴むのが早いし的確。類型化しないんですよね。ラベリングしてフォルダ分けするんじゃなくて、ひとりひとりのことを丸ごと全体で覚えている。
新潮T:確かに、すごい観察眼です。何を見られているか分からないから、ドキドキしますよね。
一同:(笑)。