俗説一蹴!
大ベストセラー『応仁の乱』の著者・呉座勇一さんの待望の新作『陰謀の日本中世史』が、3月10日(土)に遂に発売となります。
構想3年の書下ろし最新作は、史上有名な“陰謀”をたどりつつ、“陰謀論”を最新学説で徹底論破。さらに、世の中に溢れるトンデモ説やフェイクニュースに騙されないために、“陰謀論の法則”まで明らかにする画期的な歴史入門書です。
「源平合戦」に「頼朝と義経の相剋」、「観応の擾乱」に「応仁の乱」、そして「本能寺の変」に「関ヶ原の戦い」と、誰もが知っている事件の最新“事実”が明らかに。その“事実”を読み進めるうちに、自然と“陰謀論の法則”を見抜くことができるようになります。
発売まであと少し! 待ちきれない皆様のために、『カドブン』では「まえがき」と「目次」を先行公開します。ぜひご覧ください!!

まえがき

 
 私たちは陰謀が大好きである。正確に言うと、陰謀の存在を想像したり、陰謀の真相を解き明かそうとしたりすることが大好きである。たとえばケネディ暗殺は、没後半世紀を経た今でも、根強い人気を誇る。書店に足を運べば、雑誌や単行本などで、ありとあらゆる「陰謀」について知ることができる。陰謀の全貌を鮮やかに「解明」した本は、「まるで上質の推理小説のようだ」などという讃辞を受ける。
 日本中世史の分野における、陰謀の横綱は「本能寺の変」であろう。本能寺の変の「真相」を論じた本は枚挙に暇ない。出版された本の数だけで考えれば、本能寺の変こそが日本中世史の最大のテーマと言っても過言ではない。
 だが日本中世史学界において、本能寺の変はキワモノでしかない。日本中世史を専門とする大学教授が本能寺の変を主題として刊行した単著となると、藤田達生ふじたたつお氏の『謎とき本能寺の変』(講談社現代新書、二〇〇三年)ぐらいしか思い浮かばない。書店や図書館には本能寺の変の真相に迫っている(らしい)本があふれているが、実のところ、あれらの本の著者は、日本史学界の研究者ではなく、歴史作家や在野の歴史研究家なのである。
 誤解しないでいただきたいが、別に私は「大学などの研究機関に籍を置く研究者が偉く、それ以外の研究者は問題外である」と言いたいわけではない。在野にも優れた歴史研究者は大勢いる。そういう話ではなく、学界の興味関心は本能寺の変などの陰謀にはほとんど向けられていないということを強調したいのである。
 極端に言えば、学界の研究者の多くは、陰謀の研究を低級だと見下している。陰謀についてあれこれ考えるなどというのは、素人のやることであって、プロの研究者はもっと高尚な研究をやるべきだと思っているのだ。日本史学専攻の学生が、卒業論文では「織田信長の楽市政策」を扱いたいと申し出ても何の問題も起こらないが、「本能寺の変の黒幕は誰か」について書きたいなどと言おうものなら、指導教員に叱られるのがオチである。歴史上の陰謀をめぐる議論ほど、歴史学界と一般社会との温度差が顕著なものはあるまい。
 それも無理のないことである。本能寺の変の歴史的意義は、織田信長が死んだこと、そして明智光秀の討伐を通じて豊臣秀吉が台頭したことにある。つまり結果が大事なのであり、光秀の動機はどうでもいい。仮に明智光秀を操る黒幕がいたとしても、その事実は後世に何の影響も与えない。明智光秀の単独犯行か共犯者がいるのかといった議論は、謎解きとしては面白いかもしれないが、学問的にはあまり意味がない。前掲の藤田氏の著作にしても、織田信長の権力をどう評価するかという点に主眼が置かれていて、単なる興味本位で書かれた本ではない。
 しかしながら、人々が日本史の陰謀に心を惹かれている以上、学界の人間も研究対象として正面から取り上げる必要があるのではないだろうか。前述のように、優れた在野の研究者は確かに存在するが、悪貨が良貨を駆逐するというか、自称「歴史研究家」が妄想を綴ったものが大半を占めていることも、また事実である。それらの愚劣な本を読んで「歴史の真実」を知ったと勘違いしてしまう読者が生まれてしまうのは、憂慮すべき事態である。
 もちろん、「陰謀の〝真犯人〟探しは一種の〝遊び〟であって、そう目くじら立てることもないではないか」という意見もあろう。確かに、本能寺の変の「黒幕」が豊臣秀吉だろうと徳川家康だろうと、現代を生きる私たちには大した問題ではない。
 けれども、冒頭で述べた通り、私たちは数々の陰謀論に囲まれて生きている。たとえば東日本大震災に関しても、「アメリカの地震兵器によるもの」との陰謀論が流れた。この珍説を信じる人はさすがに少なかろうが、より巧妙な陰謀論は多数あり、騙されていると思しき人をしばしば見かける。陰謀論に引っかからないためにも、何が陰謀で何が陰謀でないかを見極める論理的思考力を身につける必要がある。
 そこで本書では、先行研究を押さえつつ、日本中世史における数々の陰謀・謀略を歴史学の手法にのっとって客観的・実証的に分析していきたい。なお、本書で扱う陰謀・謀略の中には、読者にとってなじみの薄いと思われるものも含まれている。これは、なるべく多くの陰謀を俎上そじょうに載せることで、陰謀の法則性を導き出したいからである。本能寺の変について明らかにしたければ、本能寺の変だけを見ていてもダメで、歴史上の陰謀との比較が必要なのである。
 とまあ、前置きはこのぐらいにして、陰謀渦巻く中世日本に皆様をご案内しよう──

 なお、資料の引用にあたっては、一般書としての読みやすさを考慮して一部を現代仮名遣いに変更している。また、固有名詞も正字は避けた。

 目次

 
まえがき
 
第一章 貴族の陰謀に武力が加わり中世が生まれた
第一節 保元の乱
保元の乱の政治的背景/藤原頼長の失脚/崇徳と頼長に謀反の意思はなかった/信西が崇徳・頼長を追いつめた/保元の乱は合戦というより「陰謀」
第二節 平治の乱
平治の乱の経過/平清盛の熊野参詣に裏はない/源義朝の怨恨/源義朝の野心/藤原信頼有能説には無理がある/常人は陰謀を用いない/後白河院政派と二条親政派の対立/後白河黒幕説は成り立たない/問題は権力を維持する工夫だった

第二章 陰謀を軸に『平家物語』を読みなおす
第一節 平氏一門と反平氏勢力の抗争
鹿ヶ谷の陰謀/鹿ヶ谷事件の政治的背景/清盛が陰謀をでっち上げた/治承三年の政変/以仁王の失敗は必然だった/治承・寿永の内乱の幕開け
第二節 源義経は陰謀の犠牲者か
検非違使任官問題の真相/腰越状は不自然な点が多い/兄弟決裂の真因/源義経、謀反へ/義経襲撃は現場の独断だった/後白河は頼朝の怒りを予想していなかった/源義経の権力は砂上の楼閣だった

第三章 鎌倉幕府の歴史は陰謀の連続だった
第一節 源氏将軍家断絶
源頼家暴君説は疑問/梶原景時の変/北条時政こそが「比企能員の変」の黒幕だった/策士・時政が策に溺れた「牧氏事件」/源実朝暗殺の黒幕
第二節 北条得宗家と陰謀
執権勢力と将軍勢力の対立/時頼の執権就任は危機的状況下だった/宮騒動/対立する三浦氏と安達氏/時頼黒幕説は穿ちすぎ/安達氏の挑発と時頼の決断/「安達氏主導」説が最も自然/敗因となった三浦兄弟の思惑の違い/「霜月騒動」の評価をめぐる論争/霜月騒動の経緯/霜月騒動は正規戦だった

第四章 足利尊氏は陰謀家か
第一節 打倒鎌倉幕府の陰謀
後醍醐天皇の倒幕計画/通説には数々の疑問符がつく/後醍醐天皇は黒幕でなく被害者だった!?/後醍醐の倒幕計画は二回ではなく一回/反証文書「吉田定房奏状」への疑問/足利尊氏は源氏嫡流ではなかった/尊氏、北条氏裏切りの真相/護良親王失脚は尊氏の謀略ではない/後醍醐天皇と護良親王の対立の核心/足利尊氏は北条時行を恐れていた/尊氏は後醍醐の下で満足していた
第二節 観応の擾乱
足利直義と高師直の対立/「高師直暗殺計画」の真相/高師直のクーデター/足利直義、反撃に転じる/直義の勝利と師直の死/尊氏・直義会談/尊氏がつくった北朝は尊氏の手で葬られた/足利尊氏=陰謀家説は疑わしい

第五章 日野富子は悪女か
第一節 応仁の乱と日野富子
将軍家の家督争いに注目した通説/日野富子は足利義視に接近していた/細川勝元と山名宗全は盟友だった/義視は勝元より宗全を頼みにしていた/足利義政は後継者問題を解決していた/文正の政変/山名宗全のクーデター/御霊合戦/応仁の乱の原因は将軍家の御家騒動ではない
第二節 『応仁記』が生んだ富子悪女説
史実は『応仁記』と正反対/『応仁記』の作者を考える/明応の政変/細川高国と畠山尚順の提携/富子はスケープゴートにされた/富子悪女説が浸透した三つの理由

第六章 本能寺の変に黒幕はいたか
第一節 単独犯行説の紹介
動機不明の陰謀/江戸時代から存在する怨恨説/野望説は戦後に本格的に現れた/ドラマで好まれる光秀勤王家説と光秀幕臣説
第二節 黒幕説の紹介
一九九〇年代に登場した朝廷黒幕説/朝廷黒幕説は説得力を失った/三職推任問題/「足利義昭黒幕説」は衝撃を与えた/義昭黒幕説の問題点/陰謀の事前連絡は危険すぎる/実は乏しい共同謀議のメリット/荒唐無稽すぎるイエズス会黒幕説/後知恵の秀吉黒幕説
第三節 黒幕説は陰謀論
黒幕説の特徴/近年主流化しつつある四国政策転換説/明智憲三郎氏の奇説/机上の空論/陰謀は「完全犯罪」ではできない/共謀しなくても足止めは可能だ/騙されやすかった信長

第七章 徳川家康は石田三成を嵌めたのか
第一節 秀次事件
秀次事件の概要/豊臣秀次は冤罪だった/新説「秀吉は秀次の命を奪う気はなかった」/秀次事件は家康を利した
第二節 七将襲撃事件
家康私婚問題/「三成が家康の伏見屋敷に逃げ込んだ」は俗説/徳川家康、「天下殿」に
第三節 関ヶ原への道
会津征伐/石田三成らの挙兵/大坂三奉行は途中から参加した/「内府ちがいの条々」で家康は窮地に陥った/「小山評定」は架空の会議/家康は大規模決起を想定していなかった/慢心していた徳川家康/転換点は岐阜城攻略戦/石田三成と上杉景勝に密約はなかった

終章 陰謀論はなぜ人気があるのか?
第一節 陰謀論の特徴
因果関係の単純明快すぎる説明/論理の飛躍/結果から逆行して原因を引きだす/挙証責任の転嫁
第二節 人はなぜ陰謀論を信じるのか
単純明快で分かりやすい/「歴史の真実」を知っているという優越感/インテリ、高学歴者ほど騙されやすい/疑似科学との類似性/専門家の問題点

あとがき
参考文献

(このつづきは本編でお楽しみください)
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書籍

『陰謀の日本中世史』

呉座 勇一

定価 950円(本体880円+税)

発売日:2018年03月09日

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