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特集

西原理恵子氏のベストセラーから生まれた絵本 えがしらみちこ『あなたのことが だいすき』刊行記念!

撮影:後藤 利江  取材・文:加治佐 志津 

子育てに奮闘中のママに贈る、珠玉の一冊が誕生しました。タイトルは『あなたのことが だいすき』。絵本作家、イラストレーターとして活躍する、えがしらみちこさんが、自身の子育て経験も盛り込みながら、透明感あふれる水彩と優しくあたたかな言葉で紡いだメッセージ絵本です。刊行を記念して、えがしらさんに、この本を作ることになったきっかけや制作エピソード、絵本に込めた思いなどを伺いました。

西原理恵子さんのベストセラーがきっかけに

── : 『あなたのことが だいすき』は、西原理恵子さんのベストセラー『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』(KADOKAWA)を読んだことがきっかけとなって生まれたそうですね。

えがしら: そうなんです。『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』は、Instagramでいろんな方が紹介しているのを見て、読んでみたいなと思っていたんですね。そうしたら、講演会の帰りにふらっと立ち寄った本屋さんで、目立つところに置いてあって。すぐさま買って帰って読みました。 私は本を読むとき、「ここは!」と感じた箇所に線を引く習慣があるんです。この本にも、線を引きたくなるような文章がたくさんありました。たとえば「王子様を待たないで。社長の奥さんになるより、社長になろう」とか、「本当に覚えておかなきゃいけないのは、たぶん、転んだ時の立ち上がり方」とか。その中でも一番ぐっときたのが、今まさに巣立とうとしているお子さんを前に、小さかった頃のお子さんたちとの日々を思い出して書かれた文章です。

── : 昨年10月、その文章を抜粋して、絵とともにTwitterに投稿されていますね。

えがしら: もともとは自分のために、目のつくところに貼っておこうと思ってメモしたんです。この文章を読んで感じた気持ちを忘れないようにって。文字だけより絵が入った方がいいなと思って、今までやった仕事から合いそうな絵を探しました。組み合わせてみると我ながらいい感じだったので、Twitterに投稿してみたら、予想以上に反響があって。それで、これを絵本にできないかと思うようになりました。

えがしらみちこさんがTwitterに投稿された画像

── : そこから絵本化に向けて、話がとんとん拍子に進んだそうですね。

えがしら: 最初は、西原さんのベストセラーを私なんかが絵本にするなんておこがましいかなと心配もしたんです。でも熱意はあるんだから、思いを伝えるだけでもいいやと思って、少し前に知り合ったKADOKAWAの編集者さんに連絡をしました。そうしたら、思いのほか話が早く進んで、「やりましょう!」とすぐに返事がもらえたんです。その編集者さんも子育て真っ最中で、お母さんに向けた絵本を作りたかったそうで、とても喜んでくれました。快諾してくださった西原さんにも、すごく感謝しています。

自我が芽生えてきたわが子を前に「何の修行かと思った」

── : 『あなたのことが だいすき』の前半には、初めての子育てに右往左往するお母さんの様子が描かれています。えがしらさんご自身も、今5歳になる女の子のお母さんですが、SNSに投稿されているイラストエッセイ「今日の娘ちゃん日記」を拝見すると、とても大らかに子育てを楽しんでいらっしゃる印象を受けます。

えがしら: 絵に描いて整理すると客観的に見られるし、イラッとくるようなことも笑い話にできて、かわいいなぁって思えるんですよね。でも実際の子育てはというと、イライラして怒鳴ってしまうこともしょっちゅうあって……この絵本の中で、「なんど言ったらわかるの」「いいかげんにして!」という文章が出てくるんですけど、その二つはとくによく言ってますね(苦笑)。 雰囲気やおっとりしたしゃべり方のせいもあってか、「声を荒らげて怒ったりしないんでしょ」とよく言われるんですけど、そんな人いるわけないじゃん!って思うんですよ(笑)。 そんな風に言われるってことは、声を荒らげない、いつも笑顔のお母さんが世に存在すると思われているってことで、それはつまり、そんな風に怒るのはタブーというか、言っちゃいけないことだと思ってる人が多いんだろうなと。でも実際は、誰だってイラッとして怒鳴ってしまうことがあると思うんです。

── : 理想のお母さん像に縛られている部分は大いにありますよね。でも実際の子育ては、いつも笑顔ではいられない大変さがあります。えがしらさんがこれまでの子育てで大変だったのは、どんなことですか。

えがしら: 初めての子育てだったので、とくに新生児の頃は、何をするにも恐る恐るといった感じで、踏みつぶさないだろうかって心配したりもしました。でも、以前『おかぁさん』(文・もっち、ナツメ社)という詩の絵本の絵を担当したことがあって、赤ちゃんの子育ての大変さは知ってはいたんです。 私が泣くのは、あなたを困らせるためではなくて、ただ愛してほしいからなんですよって、赤ちゃんからのメッセージを代弁するような詩なんですが、絵を描いた頃はまだ子どもがいなかったので、母親って大変なんだなと、すごく他人事みたいに思っていました。でも、絵を描くためにかなり読み込んだので、詩の内容は自分の中に沁み込んでいたんですね。そのおかげで、実際に赤ちゃんとの暮らしが始まったとき、赤ちゃんが泣いていても、そこまで追い詰められた気分にならなかったんです。その詩に助けられたのかなと思っています。 私の場合はどちらかというと、泣いてばかりの赤ちゃん時代よりも、自我が芽生えて、少しずつ言葉を習得しはじめてからの方が大変でした。

── : いわゆる“イヤイヤ期”ですね。自己主張はするものの、それを伝えるための語彙が足りなかったり、できることもまだ限られていたりして、癇癪を起こしがちな時期です。

えがしら: 毎日のように、衝突と自己嫌悪を繰り返していました。 たとえば、「結んで」と言われて髪の毛を結んであげたのに、思っていたのと違ったようで、うまく説明できないもどかしさと、思い通りに結んでくれない私への怒りで、「違う! 違う!」と泣き止まなくなったりとか。よかれと思って手を出したことに対して、「嫌だった!」「やめて!」と怒り出したりとか。そのたびに、こちらも思わずムッとしてしまうんですよね。 子どもがいなかった頃はそんなに怒らなかったのに、一日に何度も怒りポイントを突かれて、そのたびに心をかき乱されて……これって何の修行なんだろうって思いました。

「もったいないことしちゃった」という一文にハッとした

── : もうイヤイヤ期は脱したかと思うのですが、お子さんとの日々はその後、いかがですか。

えがしら: 言葉を使って気持ちを伝えるのは上手になってきたんですが、荒削りな言葉の塊をどんどん投げつけてくるので、そのひとつひとつにカチンときて、こちらも思わず感情的になってしまうんですよね。だから、衝突は今も絶えません。そんな中、西原理恵子さんの『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』を読んだら、すごく心に沁みてきて……。 よく、子育てをとうの昔に終えた年配の方から、「この時期が一番かわいいのよね」とか「大変なのは今だけよ」とか言われるじゃないですか。でもそんな風に言われても、全然響いてこなかったんです。私にもいつかそう思える時期がくるんだろうかと、漠然と思うくらいでした。 でも西原さんの本で、巣立ちのときを迎えた子を見守る方の心境を知ったことで、あぁ、きっと私もそういう道筋をたどっていくことになるんだ、と腑に落ちたんです。反抗期の様子とかもいろいろ書かれていて、自分の未来を垣間見ているような気分になりました。 とくにハッとさせられたのが、「もったいないことしちゃった」という一文。そんな感覚なのかって驚かされたんですよね。今その時点での大変さに翻弄されて、イライラしてしまって、抱きしめたり「大好き」って伝えたりといったことを後回しにしていたら、後悔することになるんだなって。

── : 『あなたのことが だいすき』の帯で、西原さんが「子供といられる時間はおどろくほど短い 抱きしめられるのは ほんの一瞬」と書かれていますね。

えがしら: そうなんだろうと思います。毎日やらなくちゃいけないことがたくさんあって、つい忘れてしまいがちですけど、そのことを忘れずにいたいなと。私自身、『あなたのことが だいすき』をときどき手に取って見返すことで、その都度思い出していきたいと思っています。

それぞれの子育てを思い返せるよう、余白を意識した構成に

── : 『あなたのことが だいすき』は、『女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと』が原案ではありますが、そのまま抜粋している文章はほんの一部で、あとはオリジナルの文章で構成されていますね。

えがしら: 担当してくださった編集者さんが3歳と1歳の男の子のママだったので、子育てで大変だったことやうれしかったことなど、一緒にいろんな話をしながら文章を考えていきました。絵に合わせて文章を変えたりもしましたね。 悩んだのは、「あなたが 生まれた日のこと いまでも はっきり おぼえてる」という最初の見開き。ラフの段階では、産院のベッドを描いていたんですけど、誰もがこういうベッドで過ごすわけでもないから、もっと違うものにしようということになったんですね。それで、窓から見上げた空の絵にしたんですが、窓の角度とか、窓枠の色とか、何度も描き直して調整したんです。絵本の冒頭なので、どんなシーンだったらスムーズに入れるのか、しっかり考えていきたくて。外の風景も、電信柱を入れるかどうかとか、木の色合いはどうするかとか、あれこれ考えました。 出産直後って、喜びももちろんあるけれど、不安もあって、ただただ晴れやかってわけでもないじゃないですか。喜びと不安の度合いも人それぞれなので、なるべく多くの方に共感してもらえるようにと思うと、なかなか難しかったですね。

試行錯誤の末に完成した絵がこちら

── : えがしらさんはすでに20作以上の絵本を出されていますが、今回は大人に向けた絵本ということで、普段の絵本作りとは違いましたか。

えがしら: 違いましたね。いつもの絵の感じだと少し圧が強いような気がしたので、鉛筆で描いた線画を中心にしつつ、水彩で色を足していくことで、穏やかな雰囲気になるよう心がけました。鉛筆のラインもあったりなかったりで、ほわっと溶けるような感じにしています。 余白がこんなに多いのも初めてですね。描いたものの、結局使わなかったラフスケッチがたくさんあるんですが、盛り込んでしまうと意味がないので、吟味に吟味を重ねて絞っていきました。描き込みすぎていない分、余韻に浸って、それぞれの子育てを思い返していただけるんじゃないかなと思います。

「かわいいなぁ」「かわいいねぇ」のページの赤ちゃんは、娘がつかまり立ちをした頃の写真を見ながら描きました。私自身、お気に入りのシーンです。

── : このふっくらとしたほっぺが、たまらないですね。

えがしら: ありがとうございます。私、ほっぺフェチなんですよ(笑)。

子育ての苦労を分かち合い、そこからまた一歩、前に進むために

── : この絵本を、どんな人にどんなときに読んでもらえたらと思いますか。

えがしら: 一番はやっぱり、子育て真っ最中のママですね。とくに、自我が芽生えてきた子どもに振り回されて、大変な思いをされている方たちは、いろいろと共感するシーンも多いんじゃないかと思います。出産してすぐの方、そろそろ子育てが終わりそうな方にも、読んでもらえたらうれしいですね。

── : 出産直後、乳児期、幼児期、児童期、そして、子どもが巣立つとき……読む時期によって、いろいろと感じ方が変わっていきそうですね。これからママになる方へのプレゼントにもよさそうです。

えがしら: 私も、娘がいつかお母さんになるときに、この絵本を手渡せたらいいなと思っています。

── : 最後に、えがしらさんがこの絵本で一番伝えたかった部分について、お話しいただけますか。

えがしら: 子育ての苦労って、わりと笑い話とかにして自虐的なかたちで消化しがちですけど、そうではなくて、もっと言いやすい環境を作っていくことが大事だと思うんですね。誰もが苦しんだり悩んだり葛藤したりしているんだから、「つらい」とか「悩んでます」とか、そんな一言でもぽろっと言えれば、じゃあどうしたらいいのかって、そこから考えられるじゃないですか。 この絵本では、実際にどうしたらいいのかという具体的な解決策は提示していないんですが、それを考える最初の一歩になればいいなと思っています。そして、子どものことを大好きだっていう気持ちを思い出して、言葉と愛情いっぱいのハグで伝えてほしいですね。

えがしら みちこ(江頭 路子)
1978年、福岡県生まれ。熊本大学教育学部卒業。絵本作家、イラストレーター。主な作品に『なきごえバス』(MOE絵本屋さん大賞2016パパママ賞第1位)、『なきごえたくはいびん』(白泉社)、『あめふりさんぽ』『ゆきみちさんぽ』『ねんねのうた』(講談社)、『いろいろおてがみ』『いろいろおしたく』(小学館)、『おたんじょうケーキをつくりましょ』(教育画劇)などがある。子どもが見せる一瞬の表情をみずみずしいタッチで描く作風にファンが急増中。一児の母。
http://www.tenkiame.com/


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