天然ながらどこかにくめない昆虫オタクの青年が、あれよあれよという間に事件を解き明かす。
ミステリーズ! 新人賞受賞作が初の単行本となった櫻田智也さんに、ミステリー愛を語っていただきました。
── : 探偵役である昆虫好きのとぼけた青年・魞沢泉の人物像は、どのようにして作られていったのでしょうか。
櫻田: 一話目は新人賞の応募作なのですが、もともとは、死体のまわりに一風変わった人たちが集まり各々勝手な推理を繰りひろげる……みたいなストーリーを考えていました。ただ、それだとあまりに現実感がないので、推理する変人を減らした結果、残ったのが彼でした。舞台である夜の公園をうろうろし、いろんな場所を覗いてほしかったので、「虫をさがしている」という設定を与えました。
── : 神出鬼没な魞沢は公園、高原、バー等々、さまざまな場所で事件に出くわします。物語を作る際、何に着想を得て考えることが多いですか?
櫻田: まず事件と動機が漠然と浮かんで、だったら舞台はこういう場所かなと考えだして……構想の段階でいちばん悩むのは、どうやって魞沢をそこに登場させるかという問題です。三話目まではなんとか昆虫採集を絡めたのですが、四話目と五話目は、たしかにちょっと神出鬼没ですね。
── : 噛み合わない会話の中に事件の手がかりがちりばめられていて、さりげない隠し方、出し方が巧みでした。
櫻田: 伏線はできるだけ印象的に。推理のシーンでせっかく回収しているのに、「そんな情報あったっけ?」と思われたら悲しいですし、伏線と見抜かれたとして、それで物語の仕組みがぜんぶバレるわけでもないので。会話にヒントを入れるのは、そのほうが読み手の記憶に残ると思うからです。
── : 後半三篇では、ユーモラスなやり取りを活かしつつ、事件関係者の心情により焦点を合わせています。なぜこのような変化をつけたのでしょう。
櫻田: 魞沢は探偵役ですが、主人公ではないと思っています。各話の主役はあくまで語り手=視点人物で、描かれているのは彼らの物語です。魞沢はその絵に色をつけたり、新しい線を引いたりする役目に過ぎません。そういった気持ちが書きすすむほど強くなり、一冊の中で雰囲気にグラデーションが生じました。
── : 飄々とした可笑しみや謎解きの驚きがある一方、ほのかな哀しみや余韻を感じさせる終わり方が印象的です。物語の着地点はいつ頃決められるのでしょうか。また、こんな読後感の作品を書きたいという目標はありますか。
櫻田 : 一話目は、バカバカしい会話の末に、ちょっとしんみりするラストがあったらウケがいいのではないか? という姑息な考えで書いたものでして(笑)。二話目以降は、構想のはやい段階でラストシーンを決め、そこに向かって物語をつくっていきました。救われない話より、救われる話を書きたいと願っています。
── : 泡坂妻夫さんの亜愛一郎シリーズに影響を受けたそうですが、泡坂作品との出会いはいつ頃でしたか?
櫻田: はじめて読んだのは二十年以上前、大学生の頃です。創元推理文庫版の『亜愛一郎の狼狽』で、表紙のイラストは現在の松尾かおるさんではなく、渡辺東さんでした。渋くて好きでしたね。チェスタトンのブラウン神父シリーズを読み終えたばかりの頃で、書店で「狼狽」というタイトルにピンときて手にとりました。ブラウン神父シリーズの「童心」や「醜聞」といったタイトルに近いものを感じたんです。
── : 泡坂作品以外では、これまでの読書経験はどのようなものでしたか?
櫻田: 中島らもさん、清水義範さん、ナンシー関さんには、文章で笑うという素晴らしい体験をさせてもらいました。推理小説は国内の作品がほとんどで、海外ものは有名作品をつまみ食いする程度です。常にミステリーのフィールドの真ん中で挑戦をつづける島田荘司さんは憧れです。あそこまで堂々と書かれると、どんな奇蹟も低頭して受け入れるしかありません。最初の質問に戻りますが、魞沢の造形は亜愛一郎に加えて、御手洗潔のエキセントリックさにも影響を受けています。ただ、好きなのは御手洗よりも吉敷竹史ですが。
── : 小説の執筆を始められたのはいつ頃からですか?
櫻田: 推理小説にどっぷりはまった大学時代、五十枚ほどの短編を書いて「オール讀物推理小説新人賞」に応募しました。二次予選を通過して雑誌に名前が掲載され、小躍りしたことを憶えています。たしか1998年のことです。
── : 今後の目標は?
櫻田: 切ない詞を明るいメロディに乗せて歌うような物語を書いていきたいです。