全選考委員の圧倒的支持を受け、日本ファンタジーノベル大賞で華々しくデビューを飾った柿村将彦さん。
弱冠24歳の新鋭に、デビュー作『隣のずこずこ』(新潮社)についてお話をうかがいました。
── : いつから書き始めたのですか。
柿村: 大学の後半からですね。元々影響を受けやすいタイプなんですが、文学部で小説を読んで勉強しているうちに、「自分でも書いてみたい」と思うようになって。舞城王太郎さんの作品は特に好きで、学生時代からずっと追いかけています。本腰を入れて文学賞に応募し始めたのは、大学を卒業してからです。在学中は学業に専念したかったので、勉強しかしていませんでしたね。その後は就活もせず、「とりあえず三年は小説を書いてみよう」と。
── : 日本ファンタジーノベル大賞でデビューされました。
柿村: それまでも複数の文学賞に応募はしていました。舞城さんの作品が好きだったので、当初はメフィスト賞に応募するミステリ作品のつもりで書き始めたのですが、肝心のミステリ部分がどうしても思いつかず、結局完成したのはよくわからない長編小説でした(のちの「隣のずこずこ」)。書き終えたタイミングでファンタジーノベル大賞の募集を知り、応募しました。
── : 受賞作「隣のずこずこ」は、中学三年生の主人公・はじめが住む村に、村に伝わる生ける伝説〝権三郎狸〟と謎の美女が現れ、一カ月後には村を壊滅させると宣告される——という不条理な物語設定が印象的です。一体どのように生まれたのでしょうか。
柿村: 僕は関西出身なのですが、母は幼いころ、何か悪いことをすると曽祖母から「狸が来るで」と叱られたらしく、昔から「狸は怖い」と言っていたんです。実際に信楽焼の狸って、ちょっと不気味じゃないですか。そんなことを考えていたら「権三郎狸は私が通った後を粉々にするのが仕事」という一文が浮かびました。初めは作中に出てくるある人物が自殺する……という筋書きだったのですが、いざ書き始めてみるとその人が死んでくれないんですよ。何度考えても死に方が不自然になるというか。それで最終的に今の形に落ち着きました。
── : 執筆で最も苦労されたところ、また執筆のペースを教えてください。
柿村: 物語の中盤、ある人物が火付けをしている事実が発覚しますが、当初はそのシーンまでにあれほどの枚数を費やす予定ではなかったんです。しかし書くうちに結構なボリュームになってしまって、そうしたら元々構想していた方向へ話を進めるのが、どうも不自然に思えてきて。でもその役割を別の登場人物に差し替えることで、そこからは比較的スムーズに書き進めることができました。全体を書き終えるまで、一カ月半くらいかかりました。当時は週休五日のアルバイト生活だったので、調子の良いときは、一日四十枚くらいのペースで書けました。
── : 衝撃のラストは最初から決めていたのでしょうか。
柿村: 狸と女の人がいくつかの村を旅する物語、という大枠だけは決めていたのですが、細かい部分は書きながら固めていった感じです。水木しげるさんの作品の影響で妖怪が好きなんですが、今作では狸の化け物を書けて楽しかったです。
── : 主人公のはじめはどんな状況下でも冷静な性格の持ち主ですが、柿村さん自身と似ている部分はありますか。
柿村: キャラクター造形において、あえて極端なキャラクターばかり登場させたので、差別化には苦労しませんでした。僕から見て一番真っ当だと感じるのは、村があと一カ月でなくなると知っても田植えを続ける近所のおじさんですかね。僕だったら国外とまではいかなくても、一応逃げてみるかなあ……。でもぎりぎりまで逃げようともしなかった主人公を違和感なく描けたということは、自分の中にも、はじめ的な要素は多少あるのかもしれません。
── : 本作で最も読んでほしい部分は。
柿村: デビュー前に、自衛隊に向いていそうと言われたことがあったんです。自衛官の応募資格は26歳までなんですが、三年やってみて小説家としてデビューできなかったら、そっちに応募しようと決めていました。三年必死にやって駄目だったら、きっと僕は一生駄目だと思って。だから主人公が「一カ月でできないようなことは、一生できない」と考える部分には、わりと実感がこもっていますね。
── : 小説を書く時のモチベーションはどこにあるのでしょうか。
柿村: 自分で読んでも面白いと思えるものを書きたい。読書中、僕は長い物語の中でも、ちょっとした一文にはっとさせられたり、笑わせられることが多いんです。そんな文章を自分の作品でもちりばめられたらと思いますね。
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