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特集

ただ百閒のことを喋りながら呑んでいた2年間について ~『百鬼園事件帖』誕生秘話そのほか~ #2

先日刊行された、三上延『百鬼園事件帖』には、作家と編集者、内田百閒好き同士の長い長い雑談の日々があった。
なぜ百閒の話、とりわけ悪口はそんなに盛り上がるのか。
たいへん小規模な百閒ファンの集いから、どうやって小説が誕生したのか。
三上延にしか書けない百閒の魅力とは?
などなど、ふんわりのんびり語りました。対談の模様を全4回にわけてお届けします。
前回はこちら

構成・文=カドブン編集部

三上延×初代担当K 対談
『百鬼園事件帖』誕生秘話そのほか #2

甘やかされと意地汚さと借金とチャーム

司会:三上さんは『百鬼園事件帖』を書くにあたって、百閒自身が書いたものよりも、他の方が書いた百閒についての資料をかなり読み込まれたとおっしゃってましたね。

三上:そうですね。百閒の本ばっかり読んでると、百閒が他人からどんなふうに見られていたのかを忘れちゃうので。


参考資料のごく一部。


編集K:やっぱり百閒自身が作った百閒に取り込まれますよね。百閒の本ばっかり読んでると。多分二次創作みたいになっちゃうと思うんですよ、だから、外側から攻略されたっていうのは本当に正解だなと。

三上:お弟子さんだとやっぱりどうしても先生を仰ぎ見るみたいな感じになっちゃうんだけど、ちょっと距離がある人だといいですね。高峰秀子が百閒についてエッセイ書いてて、めちゃくちゃ面白いんですよ。
百閒に他の女優と間違えられて、「あいつはむかつく」みたいなことを対談で言われちゃって、それが結構ショックだったみたいなんですけど、戦後になってどうしても百閒に会いたくてファンレターを送るんですよね。

編集K:会いたいっていうのは、会って文句を言いたい?

三上:いやそうじゃなくて、ファンなんで。普通に会いたいってだけなんですよ。で、百閒からね、ちゃんと返事が来るんですよ。「私もあなたにお目にかかりたいと思いますが、しかし私の机の上にはまだ未整理の手紙が山積みになっており、また、果たしていない約束があります。これらを整理しているうちに、まもなく春になり、春の次に夏が来て、夏の次には秋が来て、あなたと何月何日にお目にかかるということを今から決めることはできません。どうしましょうか」。

司会:どうしましょうか。

三上:どうしましょうかって。相手に投げて終わるのかいって。

編集K:ここでどうしましょうかっていうのも、ずるいですよね。

三上:そうそうそう。これのね、ずるいというか、機微が普通の人じゃないなと思いますね、いろんな意味で。

編集K:なんか、甘やかしてくれる人アンテナみたいなものがあったんじゃないかなって。

三上:それはあったでしょうね。漱石に対しても結構、金の借り方とかすごいしな。

編集K:そう。普通、なんていうか、師匠みたいな人にお金借りるのって結構ためらわれますよね。その人だけは避けようとかいうのはないのかな。

三上:なかったんでしょうね、きっと。

編集K:しょうがないなあ、って言ってくれる人をのべつまくなし募集している感じというか。学生たちもそうだったと思うんですよね。もう先生しょうがないなあ、っていう。

三上:学生たちにお金を貸すことももちろんあったけど、学生から金を借りることもあったみたいですよ。

編集K:すごいな。

三上:多分法政騒動の頃だと思うけど、ある食事会に百閒が参加するんです。終わった後に、会費50銭を全員から集めるんですが、「すまん今日僕は持ち合わせがないのでここから3円貸してくれ」って言って、会費に手を突っ込んで、3円持っていったらしいですよ。「いけね、でもちゃんと会費は払うよ」って言って50銭返して去っていくっていう。

司会:とんち話のようですね(笑)。

三上:すごいですよ。百閒って大学教授だったし、『百鬼園随筆』が売れて大学辞めてからも印税生活なんですよね。金回りは割といいはずなのにそんなことして、そのお金も返したのかどうか。

司会:お金がないけど食道楽なんですよね。先程、百閒先生の食卓を再現した資料を見せていただきましたけど。

三上:これです。昔の雑誌の企画で、百閒が詳細に書き残した献立を再現したらどうなるかっていうのをやっているんです。

編集K:(記事を見ながら)こんなことしてたらお金残らないよな。

三上:どれだけこの献立を再現するのが大変だったかっていう。

編集K:借金までして何にお金を使ったかっていうと、ご飯と列車なんですかね。

三上:ご飯かな。毎日これだから。しかも人を招いていることもあるから。

編集K:たまの贅沢をする人よりも、日々の家計管理がなってない人が一番貧乏になるって聞いたことがあります。まさにそういう感じなんですね。

三上:そうですよね。要するに水道の蛇口開けっ放しってことですから、それはお金かかるわっていう。他にも鰻を29日連続で食べたりとか。
本人は美味いものはそんなに好きじゃないみたいなことを言ってて。とにかく食べ慣れたものがいいんだって主張してましたが。

編集K:たまに食べる蕎麦が美味すぎると良くないみたいなことも言ってましたね、いちいちうるさいんだけど。

三上:そうそうそうそう。鯛の刺身もね、なんか東京のは、美味すぎて駄目だって。それではいかんって。いかんって何だ。

編集K:いちいちうるさい。

司会:本当にこだわりの多い方だったんですね。食べ物といい。

三上:もし自分が会いに行ったらどうなるかなっていう想像するんですけど、絶対5分もしたら口もきいてくれなくなるだろうなと思って。5分持つかどうかもちょっと自信ないな。

編集K:私も担当編集者になったら3分ぐらいで切られそうですね。

つづき(第3回)はこちら

作品紹介



百鬼園事件帖
著者 三上 延

〈ビブリア古書堂〉シリーズ著者がおくる文豪×怪異×ミステリー!

舞台は昭和初頭の神楽坂。影の薄さに悩む大学生・甘木は、行きつけのカフェーで偏屈教授の内田榮造先生と親しくなる。何事にも妙なこだわりを持ち、屁理屈と借金の大名人である先生は、内田百間という作家でもあり、夏目漱石や芥川龍之介とも交流があったらしい。
先生と行動をともにするうち、甘木は徐々に常識では説明のつかない怪現象に巻き込まれるようになる。持ち前の観察眼で軽やかに事件を解決していく先生だが、それには何か切実な目的があるようで……。
偏屈作家と平凡学生のコンビが、怪異と謎を解き明かす。

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プロフィール

三上延(みかみ・えん)
1971年神奈川県生まれ。2002年に『ダーク・バイオレッツ』でデビュー。11年に発表した古書をめぐるミステリー「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズが大ヒットし、12年には文庫初の本屋大賞ノミネートを果たすなど大きな話題に。同シリーズは第1シリーズ「栞子編」完結後、18年より第2シリーズの「扉子編」が刊行されている。他の著作に、『江ノ島西浦写真館』『同潤会代官山アパートメント』などがある。


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