先日刊行された、三上延『百鬼園事件帖』には、作家と編集者、内田百閒好き同士の長い長い雑談の日々があった。
なぜ百閒の話、とりわけ悪口はそんなに盛り上がるのか。
たいへん小規模な百閒ファンの集いから、どうやって小説が誕生したのか。
三上延にしか書けない百閒の魅力とは?
などなど、ふんわりのんびり語りました。対談の模様を全4回にわけてお届けします。
構成・文=カドブン編集部
三上延×初代担当K 対談
『百鬼園事件帖』誕生秘話そのほか #1
百閒好き作家と百閒アンテナを立てた編集が出会ったら
司会:今日は『百鬼園事件帖』の著者、三上延さんと初代担当Kさんに、作品の誕生秘話というか、百閒好きのお二人が当時どう盛り上がってどうなったのか、ぜひ聞かせていただきたいなと思っております。
三上:Kさんはどこまで覚えてます?
編集K:初対面ですかね。立川で飲み会でいきなり二人きりで。
三上:そうそうそう、そうなんです。
編集K:その頃、私が多分人生で一番ぐらいの落ち込み時期で、見るからに死にそうだったんですね。そしたら親しい書店員さんが、三上延さんに会わせてあげるから元気出しなよって。
三上:そんな誘い方あります?(笑)
編集K:私が「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズが好きだというのを知っていたからなんです。ありがたい……が、当日行ってみたらなぜか三上さんと私しかいなくて。
三上:確か忙しくて、書店員のみなさんがなかなか来られなかったんですね。
編集K:「わーい三上延だ」ぐらいのつもりで行くわけですよ、私は。スタンスはただのファンです。たまたま編集者であるだけのファン。きっと書店員さんが良きように引き合わせてくれるかなと思って。そしたらいきなり二人っきり。
司会:困りましたね。
三上:最初は多分本の話をしたと思うんですよね。で、「ビブリアはどういうふうに始まった企画なんですか」とか、インタビューみたいな話を。
編集K:ファンが聞きたいことを聞いているだけの時間。
三上:途中で、「内田百閒好きじゃないですか?」って急に聞かれたような気がするんですよ。
編集K:聞いたような気がします。
三上:それに「なんでわかったんですか」って答えて。
司会:それは直感でそう思ったんですか?
編集K:そうですね。当時はまだ「王様の背中」は書かれてなかったですもんね。(注:『ビブリア古書堂の事件手帖 ~扉子と不思議な客人たち~』に収録された短編。内田百閒『王様の背中』を取り上げている)
三上:書いてないですよ。もっともっと後です。
三上 延『ビブリア古書堂の事件手帖 ~扉子と不思議な客人たち~』(メディアワークス文庫)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321805000216/
編集K:書かれているものから、何となく同胞の匂いがしたんじゃないかなって思います。
司会:Kさんの百閒アンテナが反応したんですね。
三上:他でも発揮されたことあるんですか?
編集K:森見登美彦さんと三上さんには割と出会い頭に「ひょっとして百閒お好きじゃないですか?」って言って当たりました――で、多分そのあたりで他の人も来て、やっと飲み会が始まったんです。
三上:そうでした。
編集K:その日に集まった人たちで、何回かご飯会とか飲み会があったんですが、三上さんに会うと、やっぱり百閒の話をしちゃって。
司会:会うと百閒の話をしちゃう状況ってすごいですね。
編集K:で、どっかで心置きなく百閒のことを喋るために二人で飲むっていうイベントが生じ始めた気がします。そんな飲み会を2年ちょっとぐらい。
三上:やってましたね。
編集K:2年経ったくらいで、仕事しなくていいのかって聞かれたんですよ。
三上:あまりに何回も、何年も飲み会が続くんで、さすがにこれはと思って。もしかして俺が言わないといけないのかと。
編集K:本当に飲んで百閒の小説の話をしてるだけだったので。
司会:そんなにも百閒についての話が尽きないというのが驚きです。
三上:もちろん他の話もしてるんですけど、なんだかんだ百閒の話に戻るんです。それで何やりましょうかみたいな話をいくつかして、あれやこれや言ってるうちにKさんがいいこと思いついたって。そう、百閒事件帖はどうかな的なことを言い出して。
編集K:なんかすごく悪い顔で言ったらしいです。なんでだ。
司会:お二人のそれまでの盛り上がり方からいったら、必然と言えば必然というか。事件帖にしようっていうのはどういう理由で?
編集K:やっぱり、百閒って我々は好きだけど、ほっとくと「我々は好きだけど……」みたいな人じゃないですか。
三上:そうですね。うん。
編集K:何で三上さんとの呑み会でずっと百閒の話をしていた(主に悪口を言ってた)かというと、普通の人に百閒の悪口を言っても「それが何? ていうか誰?」みたいなところはちょっとありますよね、百閒って。良さが伝えづらいというか。なのでクラスタ化するという。だから、百閒でエンタメということでご一緒するんだったら、何か誰にでもわかりやすい取っ手みたいなものは必要かなと思ったんです。それでミステリーはありじゃないかなって思ったのかもしれないですね。
三上:うん。まさにそういう意味だと解釈しました。
編集K:何で伝えづらいんでしょうね、百閒。
三上:ああ、あの作家っていうふうにわかる人が、めちゃくちゃ多いわけではないので。
編集K:有名な長編の大名作とかがあるわけではないですからね。でもって、話せば話すほどその人のどこがいいのみたいな人じゃないですか。親戚のおじさんの悪口言ってるみたいな感じ。
三上:そうですよね。
編集K:それこそね、金を返さなくて偏屈でろくでもないおじさんというのは、物書きでたくさんいるわけじゃないですか。なんで百閒が特別なんでしょうね。
三上:何ていうのかな、ただだらしないっていうだけだったら多分面白みがないんですけど、やっぱり文章の力なのかな。文章の中の百閒も、かなりキャラクター化されてるんですよね。そのキャラクターにやっぱりすごくチャームがあるように書いてる。それって完全に百閒の元々の人格ではないんですけれども、やっぱりある程度百閒の中にもあったものだから。やっぱり憎めない部分というか、愛される部分はあったんじゃないかなと思うんですよ。
編集K:そういう意味ではその憎めない部分を選択的に取り出してエンタメにしてるずるい人でもあるかもしれないですね。
三上:それで怒ってる同時代の人もいっぱいいたと思うんですよ。
編集K:いるいるいる。
三上:野上弥生子とか。
作品紹介
百鬼園事件帖
著者 三上 延
〈ビブリア古書堂〉シリーズ著者がおくる文豪×怪異×ミステリー!
舞台は昭和初頭の神楽坂。影の薄さに悩む大学生・甘木は、行きつけのカフェーで偏屈教授の内田榮造先生と親しくなる。何事にも妙なこだわりを持ち、屁理屈と借金の大名人である先生は、内田百間という作家でもあり、夏目漱石や芥川龍之介とも交流があったらしい。
先生と行動をともにするうち、甘木は徐々に常識では説明のつかない怪現象に巻き込まれるようになる。持ち前の観察眼で軽やかに事件を解決していく先生だが、それには何か切実な目的があるようで……。
偏屈作家と平凡学生のコンビが、怪異と謎を解き明かす。
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プロフィール
三上延(みかみ・えん)
1971年神奈川県生まれ。2002年に『ダーク・バイオレッツ』でデビュー。11年に発表した古書をめぐるミステリー「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズが大ヒットし、12年には文庫初の本屋大賞ノミネートを果たすなど大きな話題に。同シリーズは第1シリーズ「栞子編」完結後、18年より第2シリーズの「扉子編」が刊行されている。他の著作に、『江ノ島西浦写真館』『同潤会代官山アパートメント』などがある。