「怪談」と「妖怪」をかつてない形で融合させた『夜行奇談』が書籍化されました。著者の東亮太さんは長年ライトノベルで活躍してきた一方で、根っからの「お化け好き」でした。そんな東さんと二十年来の「お化け好き仲間」である小説家・黒史郎さんとの対談が実現。怪談と妖怪、双方への熱い想いが迸ります!
構成・文=「怪と幽」編集部
『夜行奇談』刊行記念対談 東亮太×黒史郎
怪談と妖怪の境界を超えて!【前編】
「分からないこと」の怖さ
――本日は、東亮太さんの『夜行奇談』の発売を記念して、本書の魅力を存分に語ってみよう、という趣旨の公開対談です。単行本版の『夜行奇談』は怪談集ですけども、全51話にそれぞれ妖怪の絵が配置されるという、これまでにない試みだと思います。よく「妖怪と怪談は相性が悪い」と言われますが、「妖怪」と「怪談」の両面で活躍中の黒さんに是非、感想を伺いたいと思っていました。
黒史郎:読ませていただきました。面白かったです。怖くて不思議な話が51話も入っていますもんね。とても満足しました。
まず、怪談の合間に鳥山石燕の妖怪画が「得体」として掲載されていることで、読みながら「次はどの妖怪だろう」と予想する楽しみがあるんですよ。そして、ひとつひとつの怪談もしっかり怖い。特に怖いと感じたのは、目的が分からないモノ。
妖怪って、何か目的をもって現れますよね。「道に迷わせる」とか「川で溺れさせる」とか。『夜行奇談』に入っている話は、そういう目的を持った妖怪がベロンと出るわけじゃなく、不可解な現象からはじまる、怪談なんです。その怪しい出来事が何故おきたのか、出来事をおこすモノが何をしたいのか、目的はなんなのかが分からない点が怖い。
「理解できないモノに対する怖さ」といっても、いろんな種類があるんだと、読んで感じました。もしかしたら昔の人もこうした「正体の分からない恐怖」から、妖怪みたいなものを生み出したのかもしれないと、つい想像してしまう一冊でした。
東亮太:「正体の分からない恐怖」というのは重要だと思うんですね。書籍の前書きにも「得体の知れない話」と書いておりますけれども、「分からないこと」は不安です。逆にそこにポンと答えを与えてみたら、不安が紛れるのかなと考えたわけです。
だから「妖怪と怪談は相性が悪い」と言われているんでしょうね。妖怪には「怖くないイメージ」があって、それは僕の中にもありますが、鳥山石燕が描いたようにキャラクターとして確立されているから、怖さが紛れてしまうのかもしれません。じゃあ怪談の後に、あえてキャラ化した妖怪を置いたら、ひと味違う読後感が生まれるのでは、と。妖怪によって怪談の怖さが紛れるかもしれないけど、逆に「妖怪ってちょっと怖いかも」と思ってもらえるかもしれない。
黒史郎:そうですよ、本当に。この本を読んで、「妖怪を舐めてました」って反省しましたね。「ある妖怪」なんて、自分の家の中に出てきても、邪魔だな、迷惑だな、とか、被害なんてせいぜいそんな程度で、どちらかといえば「陽気なヤツ」ってイメージを抱いていたんですが、『夜行奇談』を読んだら、その考えは思い切り覆されましたね。陽気どころか、不安だけを押し付けられるような厭な話でした。次から、その妖怪には敬語で喋ります。
怪異の「得体」として各話の最後に妖怪画が載っていても、妖怪のイメージは気づくと頭の中からいなくなっていて、怖い話だけが記憶に残るんですが、それでも改めて妖怪を、ちゃんと扱わなくてはならないと自省しました。
東亮太:もちろん「怪談の正体は、この妖怪です」と言いたいわけでもなくて、その辺は読者の想像にゆだねたいです。「妖怪と解釈することもできますよ」というご提示ですね、こちらとしては。
黒史郎:うん。でもその「怪異を起こす側」の不条理さがたまらない。人間には人間の道理ってあるじゃないですか。どんな行為にも多少は理由がある。『夜行奇談』に載っている51話分の「怪異側」にもなんらかの道理や理由があるとは思うんだけれど、それが人間は理解ができない。想像が及ばない。自分の想像していたものとまったく違う形で、襲い掛かってくる。読んでいると、次はどの妖怪が、どんなことをしてくるんだろう、って楽しみになってくる。楽しんじゃいけないのかもしれないですけど(笑)。
怪談の正体をクイズ形式で楽しめる
東亮太:いえ、楽しんでいただきたいです(笑)。でもそうですね。妖怪が好きな人にとっては、ちょっとしたクイズみたいな楽しみ方もできると思います。怪談を読んで、どの妖怪が出てくるか当てる、という。ただし、結構ひねくれた解釈でセレクトした妖怪も混じっているんで……、そこは楽しんでいただけると嬉しいですね。
黒史郎:ですよね。僕もクイズ形式で楽しみました。本作にはすべて石燕の妖怪画が載っていますけど、同じ妖怪でも地域によって伝承が違ったり、文献によって別の設定がついていたりしますよね。そうした自分なりの知識や思い込みが湧いてくるんです。すると途中から当てられなくなったんですよ。その妖怪に対して、自分が抱いていたイメージとは違う側面で登場したりする。だから、あれこれ考える楽しさがある。
――ちなみに先ほど黒さんが「敬語で喋ります」とおっしゃったのは、どの妖怪ですか?
黒史郎:ぬらりひょんです。この『夜行奇談』で起きたことを想像したら、もう嫌でしかないんですよ。ぬらりひょんは様々な作品で題材にされて、めちゃくちゃ擦られているし、キャラクターとしてのイメージも強いじゃないですか。
東亮太:はい。ぬらりひょんって結局のところなんだかよく分かんない妖怪ですよね。で、いろんな属性が後付けで付いていった。妖怪の総大将であるとか、家を訪ねて勝手に入り込むとか。後者の「勝手に入り込む」っていう要素は、怪談と結びつきやすいだろうと思いましたので、第44話「訪ねてきたもの」に割り振りました。
黒史郎:実は先日、この話と似たようなことが偶然あったんですよ。その体験を思い出しちゃいました。
――是非、教えてください。
いたるところに不安が潜んでいる
黒史郎:少し前にうちの妻が体調を崩したんです。食欲がないというので、栄養のあるものを買ってこようと思って、僕一人で外出しました。買い物を済ませて帰る途中、急に「早く帰らなきゃ」って、凄い不安に襲われたんですよ。しかも非常に具体的なイメージも湧いてきた。こんなこと、普段はないんですけど……。
頭に浮かんだイメージは、持って出たはずの鍵を家の前に落としてしまって、僕は気づかないまま買い物に行っている。そして、その鍵を拾った何者かが、鍵を使って家に入ってくる――。そういう想像を、何故かしてしまって。でも、実際には僕は鍵を持ってるんです。それでも不吉な感じが拭えないので、急いで家に帰りました。
東亮太:はい……。
黒史郎:家に着くと、妻が鉛筆削りを掴んで立っているんですよ。ハンドルを回すタイプの大きな鉛筆削りです。
「どうしたの?」って聞いたら、僕が帰ってくる数分前に家の鍵がガチャって開く音がしたらしいんです。最初は僕が忘れ物をしてすぐに帰ってきたと思ったけども、入ってくる様子もない。
最近、我が家の周囲で強盗が多くて。だから、もし強盗が入ってきたら鉛筆削りを投げつけようと思ったらしくて、ずっと掴んで待っていた。それから数分後に僕が帰ってきたという。
妻からその話を聞いた後、自分も変な侵入者を想像したんだよって、妻に伝えました。つまり二人とも同時刻に見えない侵入者をイメージしていたということです。そんな偶然もあるんだなっていう体験です。
怪談ってほどの話じゃないんだけど、『夜行奇談』の「訪ねてきたもの」を読んだら急に思い出して。
――気持ちの悪い体験ですね。せっかくなので未読の方のために、第44話の「訪ねてきたもの」がどんなお話か、東さんから説明してもらえますか。
東亮太:分かりました。「訪ねてきたもの」は、Nさんという方が中学生時代に体験した話です。Nさんは当時「引きこもり」で、家にずっといました。ある時、昼間に両親がいつも帰ってくる時間より早いタイミングで、家のドアをガチャンと開ける音がしたんです。Nさんは部屋に閉じこもって誰かが家の中に入ってくる音を聞いていました。「母親が早めに帰ってきたのかな?」と思っていたんだけど、それからしばらくして母親が帰ってきた音が聞こえて、じゃあ父親だったのかなと思ったんだけど、父親もその後で帰ってきた。
じゃあ、さっきのはいったい誰だったのか。そんなことが毎日のように続いてしまう。そのうちに、入ってくる何者かがNさんに目をつけたようで、閉じこもっている部屋に入ってこようとドアのノブをガチャガチャとやってくるんですよ。
そんなことが何日か続いたある日。その日は休日だったので、Nさんの両親も家にいました。だから安心して過ごしていたら、家族が寝静まった夜中になって、何者かが家に入ってきたわけです。そのときNさんは一人でお風呂場にいました。気づいたNさんが脱衣所に隠れていたら、その何者かが廊下をうろうろした後で、Nさんの部屋にスッと入っていった。それをNさんは脱衣所から様子をうかがっていたんです。怖くて部屋に戻れず、脱衣所で朝を迎えました。Nさんは両親に泣きつき、三人で自分の部屋を覗いてみました。そこには、誰もいなかった。
というお話でございます。
――黒さんの話と似ていますね。黒さんの家には誰も入ってこなかったけど。
黒史郎:もちろん誰も入ってきてないですけど、この「訪ねてきたもの」を読んでゾッとしましたね。妻にはまだ読ませていませんよ。正直この話を読んでいる最中は、正体の妖怪を考えるクイズのことも忘れちゃって、読み終えて、「ぬらりひょん、おまえか!」って。ぬらりひょんのこと、舐めてました……。
日常にはこうした不安な要素が、いっぱい潜んでいるんですよ。僕の場合は何も起きずに終わったけど、あそこから発展したらどうなるだろうと想像してしまう。
ほかにも『夜行奇談』は結構きわどい話が載っている。体験者が一歩前に踏み出したり、何らかの行動を起こしていたらどうなっちゃうんだろう、という。取り返しのつかない展開になるギリギリ手前のきわどいところで止まっているところがね、いいんですよ。
東亮太:ありがとうございます。
黒史郎:この本を読んだら「そういえばこんなことあったな」って過去の記憶に繋がっちゃう人も結構いるんじゃないかな。それくらい、リアルな日常の話なんです、どれも。そういう日常の中に突然生まれる違和感を切り取って、それが怖い、という一冊です。
(後編につづく)
プロフィール
東 亮太(あずま・りょうた)
東京都生まれ。第10回スニーカー大賞“奨励賞”を受賞した『マキゾエホリック』で2006年にデビュー。著書に「妄想少女」「異世界妖怪サモナー」各シリーズ等のラノベ作品の他、水木しげる原作/絵のノベライズ『ゲゲゲの鬼太郎おばけ塾 豆腐小僧の巻』等がある。
黒 史郎(くろ・しろう)
1974年、神奈川県生まれ。作家。2007年「夜は一緒に散歩しよ」で「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞しデビュー。著書に『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』『ボギー 怪異考察士の憶測』『川崎怪談』など多数。
作品紹介
夜行奇談
著者 東 亮太
発売日:2023年08月02日
得体の知れぬ51の怪異譚。妖しむも良し、“解く”も良し――。
怪談実話×妖怪画――かつてない融合で生まれた、二度読み必至のシン・百鬼夜行!
新婚夫婦が引っ越したマンションに、持ち主不明のライターが転がっていた。翌日も、色違いのライターが落ちている。夜中、異音に気づいた夫婦が見たものとは?(「ライター」)
犬が引きずる白いモノ。沼に誘われる少年。頬かむりで踊る白い集団。ロッカーに貼られた女のシール。紅蓮のハト。屋根裏のドールハウス。欠けてゆく地蔵――。
怪しい出来事に遭遇すると、昔から人は「解釈」を試みてきた。幽霊・狐狸・妖怪を想像して「正体」にしようとした。「解釈」や「正体」をすべて削ぎ落して生まれたものが「怪談」なら、そこに「得体」を添えると……。
著者が何年もかけて蒐集した「得体の知れない話」と「得体」を収録。
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