「怪談」と「妖怪」をかつてない形で融合させた『夜行奇談』の刊行記念対談【後編】です。東亮太さんと黒史郎さんによる「お化け愛」が溢れる対談の続きをお楽しみください。
『夜行奇談』刊行記念対談 東亮太×黒史郎
怪談と妖怪の境界を超えて!【後編】
妖怪も怪談も愛おしいもの
――妖怪が怖くない理由の一つとして、古いものというイメージもあります。『夜行奇談』では、現代の怪談に妖怪を当てはめていますね。
東亮太:そうです。それは元からあったコンセプトでした。怪談の「怖さ」って人それぞれですけど、究極的に言うと「自分が体験するかもしれない」と感じることじゃないかと。だから、あえて現代の怪談に昔の鳥山石燕の妖怪画を繋げるという、結構無茶な企画ではあるんです(笑)。石燕が描いた妖怪は、民間伝承に伝わるものばかりじゃなくて古典芸能に出るものや石燕自身が創作したものも紛れているので、全部ひっくるめて怪談に結び付けるのは強引な作業になる場合もある。それをあえてやったのは、妖怪好きとしてのチャレンジだったのかな。
ただ、怪談と妖怪って紙一重なところがあって、妖怪はモノで怪談はコトであると言われますよね。さっきの鍵の話もそうなんですけど、一つの体験に対して、怪談として出来事を語ることもできますし、逆に出来事を引き起こしたモノとして、ぬらりひょんを想像すればそこに妖怪が生まれる。
黒史郎:とっても面白いです。僕はずっと妖怪を集めているので、妖怪が載っていそうな資料を買うと、まず目次の「怪異」の項目をチェックする。すると「タヌキ」とか「キツネ」の項目が多かったりする。昔の僕ならまったく興味なかったんですよ。「なんだ、タヌキとキツネかよ。妖怪をくれよ。〇〇小僧とか、〇〇入道とかくれよ」と思ってたんだけど、怪談を書くようになってから意識が変わりました。タヌキのせいにされている現象から「タヌキ」という言葉や概念を抜いた途端に、なんだか気持ちの悪い出来事になると気づいて。それ以来、タヌキやキツネの話を集めるのが楽しくなってきたんですよね。
でも『夜行奇談』では「妖怪の仕業だったらよかったのに」という出来事の正体、その可能性として、妖怪を提示してくれている。大興奮ですよ。
東亮太:もともと僕は怖がりでした。小学生の頃は心霊ブームで、周囲の友人は宜保愛子さんや心霊写真に夢中になっているんだけど、僕は「この人達は呪われたいのかしら」と不思議に思ってたわけで。でも妖怪は好きでした。幽霊が苦手だったんです。だから怪談がなんでも幽霊のせいにされてしまうことに抵抗がありました。妖怪でもいいじゃん、と。最近では、それらも含めて妖怪であり怪談であり、全部等しく愛おしいものだという気持ちになっています。
黒史郎:愛しさで書いたんですね、この本は。
東亮太:愛しさですね。やっぱり怖い話って楽しいです。
黒史郎:そうですよね。妖怪が好きな人、怪談な好きな人、両方とも好きな人、全員に読んでもらいたい。どっちか一方だけが好きな人でも、読めばもう一方も好きになるって感じがしますね。
東亮太:『夜行奇談』をカクヨムに掲載し始めたとき、妖怪の話だというのは最後まで伏せておくことにしていたので、読者は普通の怪談集として楽しんでいたと思います。そこに妖怪を入れたら蛇足になるのかもっていう不安は、当時からあったんですけども、最終的には割り切りました。単行本では、怪談本でありながら妖怪の本でもあると分かるように、カバーにも石燕の絵を並べていきましょうということになって。
黒史郎:うらやましいです。こういう怪談本は初めてじゃないですか。ビジュアル的に妖怪に触れられるのがいいですね。妖怪のことをあんまり知らない怪談好きな人でも、この本で妖怪と接することができる。
近年いろいろな怪談本が出ていますけど、ここまで妖怪に寄せた怪談本ってあまりないので、ちょっと嬉しいですよ。
互いに侵蝕し合う面白さ
――いま「ご当地怪談」がたくさん出ていますね。黒さんも書いていらっしゃるけど、「土地」でくくっていくと妖怪っぽい話が増えてきませんか。
黒史郎:土地に伝わる因縁話とかを調べていくと自ずと妖怪色が滲み出てきます。たとえば「〇〇婆」と呼ばれている人がいて、あまり近づいてはいけないと噂されている。ちょっと妖怪じみているけれど、妖怪事典には載っていないような、その地に伝わる気味悪い話として紹介される資料もあるんです。怪談を探しているのに妖怪を見つけたっていう。すると、妖怪好きの熱い血も騒ぐわけですね。僕は妖怪方面の仕事もやってるんで、こちらにも使えるぞ、となる。怪談と妖怪、両方の仕事で使えるぞ、という、ちょっとせこい気持ちも湧く(笑)。
――『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』ですね。WEBムーでも連載中です。黒さんのように怪談と妖怪の両方で活躍している方は、あまり多くない印象があります。
黒史郎:だんだんと増えてきているんですけどね。やっぱり丹念にフィールドワークをしたり土地の歴史を調べたりしていると、妖怪的な話も必ず出てくるんです。
東亮太:僕は、黒さんの『川崎怪談』や『横浜怪談』を読んで、怪談集なのに妖怪の話が普通に載るんだな、ってびっくりしたんですよ。自分の中では怪談実話にここまでちゃんと妖怪が出てくる、というイメージがなかったので、ちょっと感動しました。
黒史郎:書いちゃいます(笑)。『川崎怪談』を読んだ方から、「みかり婆」の話が怖かったと言ってもらえたんですよ。確かに、夜中に知らない婆さんがやって来るのは怖いなって。
だから、もっと妖怪を出しましょう。結局、妖怪を調べても怪談を調べても、どっちも見つかるんですよね。以前は、怪談を探しているときに妖怪の話が見つかって、「これ書けないな」ということがありました。逆に妖怪を探していたら幽霊の話しか見つからなくてガッカリする、ということも。けど最近はそこまで切り分けなくてもいいじゃんと。
その境界が曖昧なところが、ちょっと好きで。『夜行奇談』に載っている話は、妖怪話として読んでもいいし、純粋に怪談としても楽しめる、ハイブリッドな感じが肌にあった。これはいろんな人に読んでもらいたいですよね。
東亮太:ありがとうございます。楽しみ方は人それぞれ。ぜひとも『夜行奇談』をよろしくお願いいたします。はい。
プロフィール
東 亮太(あずま・りょうた)
東京都生まれ。第10回スニーカー大賞“奨励賞”を受賞した『マキゾエホリック』で2006年にデビュー。著書に「妄想少女」「異世界妖怪サモナー」各シリーズ等のラノベ作品の他、水木しげる原作/絵のノベライズ『ゲゲゲの鬼太郎おばけ塾 豆腐小僧の巻』等がある。
黒 史郎(くろ・しろう)
1974年、神奈川県生まれ。作家。2007年「夜は一緒に散歩しよ」で「幽」怪談文学賞長編部門大賞を受賞しデビュー。著書に『ムー民俗奇譚 妖怪補遺々々』『ボギー 怪異考察士の憶測』『川崎怪談』など多数。
作品紹介
夜行奇談
著者 東 亮太
発売日:2023年08月02日
得体の知れぬ51の怪異譚。妖しむも良し、“解く”も良し――。
怪談実話×妖怪画――かつてない融合で生まれた、二度読み必至のシン・百鬼夜行!
新婚夫婦が引っ越したマンションに、持ち主不明のライターが転がっていた。翌日も、色違いのライターが落ちている。夜中、異音に気づいた夫婦が見たものとは?(「ライター」)
犬が引きずる白いモノ。沼に誘われる少年。頬かむりで踊る白い集団。ロッカーに貼られた女のシール。紅蓮のハト。屋根裏のドールハウス。欠けてゆく地蔵――。
怪しい出来事に遭遇すると、昔から人は「解釈」を試みてきた。幽霊・狐狸・妖怪を想像して「正体」にしようとした。「解釈」や「正体」をすべて削ぎ落して生まれたものが「怪談」なら、そこに「得体」を添えると……。
著者が何年もかけて蒐集した「得体の知れない話」と「得体」を収録。
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