2025年1月に刊行された伊藤朱里さんの『あなたが気づかなかった花』(PHP文芸文庫)と『※個人の感想です』(KADOKAWA)。小説家デビュー10周年のはじまりに、ファンには嬉しいダブル刊行! 担当編集者たちは、対照的に見えるこの二作のどんなところに魅力を感じ、どんな読者に薦めたいのか? 伊藤さんを交えた「合同戦略会議」のなかで、執筆の裏側もたっぷり伺うことができました。その模様の一部をお伝えします。
伊藤朱里『あなたが気づかなかった花』『※個人の感想です』担当編集者による合同戦略会議、という名の楽しい読書会(前編)
「あなたなんて」と追いやられてしまう人が気になる
編集K:『あなたが気づかなかった花』、可愛い装丁だから「これは“ホワイト伊藤”かな?」と思っていたんですが、読んでみるとそうでもなかったのが良かったです(笑)。
伊藤:Kさんから感想メールをもらったときも「ちゃんと性格悪くて嬉しいです」って言ってくれましたね(笑)。めちゃくちゃ笑いました。
編集P:綺麗なお話も多いですけど、しっかり棘もありますよね。たとえば不妊治療をテーマにした「四月 レンゲ」は、小さい子にキツいことを言ってしまう大人も登場していて。辛いときに子供の無垢さに救われる……という流れもありそうなところ、子供にドロッとした内面を見せてしまう大人が描かれていたのが印象的でした。だからこそ、大人の抱える切実さが強く見えたように思います。
伊藤:そうですね。あのお話はテーマも相まって、書くこと自体に覚悟が必要でした。展開を考えていたときに「私だったら、子供の無垢さに救われないな……」と思ったんですよね。「子供だから可愛い」じゃなくて、大人と同じように「この子だからいい」という部分を書かなくてはと思った覚えがあります。
編集K:私は、美人の描き方も良いなと思っていて。社内でも美人で有名な水瀬さんと仕事がデキる同期の北川さんが登場するお話(「三月 杏」)で、水瀬さんが「私になりたい?」と北川さんに訊くシーンが一番痺れたんですよね。
伊藤・編集P:あ~!
編集K:水瀬さんの描写を読んで、「美人問題」について考えたんですよ! つまり、美人の苦悩についてですね。たとえば彼女がすごく仕事ができたとしても「あの子は美人だから得してるね」って周りから言われるんだろうなとか。他人から様々な嫉妬を受けても、きっと「私は妬まれている」なんて周囲に相談できない。それがすごくシビアなんじゃないか、とか。
編集P:マウントを取っていると思われかねないですもんね。
編集K:「自分が“美人”って前提で話してます?」と思われるのも怖いから他人に絶対言えないと思うし。このくだり自体が“贅沢な悩み”であることが一番の悩みなんじゃないかと考えていました。
伊藤:この作品に限らず結構自分の作品に美人を出すんですけど、「美人が書きたい」というよりも、どんな悩みを持っていたとしても「だってあなたは美人だから」「でも美人なんだからいいじゃん」とまともに取り合ってもらえないことって辛いだろうなと思って、そういう様を書きたくなるんですよね。
編集K:まさにそれを感じました!
伊藤:「苦しい」って声が消えてしまう人こそ、本当に苦しいのではないかと思っていて。わかりやすく傷つけられている人はいるし、もちろんその人達にも個々の辛さがあるけど、「それに比べたらあなたなんて」と追いやられてしまう人が気になってしまう。そんな気持ちで美人を書いているのかも。
編集K:「傷ついた」「辛い思いをした」と周りにはっきり言えること自体が、実は強さなのかもしれないと思いました。
編集P:慰めてもらえる側になれる、とも言えますよね。
伊藤:それこそ一話では、「あの子は美人だから何でも上手くいってる」と周囲に思われているような典型的な“モブ美人”として水瀬を登場させていて、あれで良かったのかなと心残りがありました。だから三話で早めに回収できて嬉しかったです。
編集P:フィクションだと美人という特性だけ与えられた“モブ美人”がよく登場しますよね。でも人にはそれぞれ奥行きがあるはずで……それを蔑ろにしていた自分の傲慢さにも気づかされる思いでした。
伊藤:映画でも小説でも、モブの立場になっている人のことはよく考えます。でも、全員が全員分の人生を想像できると思うこともおこがましい。どの作品にも取りこぼしてしまったなと思う人は出てくるんですよね。でもこの作品は連作短編だから「あ、この話ならあの人を書けるな」と思ったときに、登場人物にまた会いに行ける感覚があって楽しかったです。
反面、チューリップの話(「四月 チューリップ」)あたりで水瀬のキャラクターも定まってきたときになって、「一月 椿(侘助)」の水瀬と整合性が取れない! どうしよう!って試行錯誤もしました(笑)。
編集K:確かに。月刊誌で24話分、二年にわたっての連載ですもんね。前半と後半のすり合わせが大変そうです……。
伊藤:今だから言えますけど、「五月 カーネーション」の回は締め切り前日まで話が浮かばず、「もう終わりかもしれない……」と絶望しました。
編集P:あのお話も大好きです。
伊藤:結果的には良い着地ができて安心しました。早めに相談すればよかったのに、連載のお仕事が初めてだったので「締め切りが守れない作家だと失望されたくない!」という気持ちが先行してしまって。
編集P:大丈夫ですよ! でも前日にポッと思い浮かんだんですか?
伊藤:思い浮かばないときはいろいろ試すんですけど、キャラクターのビジュアルを決めると上手くいくことが多くて。テレビ番組をぱらぱらっと見て「あ、この人の雰囲気はお話にハマりそう」と考えたり、知り合いの顔を頭の中で検索したりして、キャラと合致する人がいたら当てはめて書くんです。カーネーションの場合は、バーテンダーのルックスをある芸能人に重ねた瞬間に「いけるかもしれない!」と思いました。頭の中で彼を10歳老けさせて、眼鏡をかけさせて、カウンターに立ってもらったら、書けた。誰かまでは言えないですし、綱渡りすぎるのでもうやらないようにしたいですね……(笑)。
逆張り癖がある? 試行錯誤の執筆裏話
編集K:24話を執筆されるのは本当に大変だったと思うんですが、ほかに意識してインプットされたものってありましたか?
伊藤:その場によりけり……。
編集P:そもそも花と花言葉というお題は、掲載誌の編集部からの提案だったんですよね?
伊藤:そうですね。花と花言葉がテーマで、主人公は30~50代の大人の女性とご提案いただきました。たまにでしたら10代の主人公でも可ということだったので、一年に一回ずつ高校生のお話も書きました。
たとえば「六月 アマリリス」のお話は、まず6月だからジューンブライド、結婚式にしようと思って。それまで30代、40代の女性がメインのお話が多かったので、あえて結婚式に参加することが少なくなる世代を主人公にしました。この話では「あの子の結婚式、一応行ったけど別に仲良くないんだよな」みたいな間柄を描きたかったんです。そう考えたときに、50代になってからも学生時代のこじれた友情に支配されている女性のほうが、凄みが出るなぁと。
編集K・編集P:なるほど~!
伊藤:でもこのお話も、あらすじは決まっていたのになぜか全然書けなくて。主人公は友人である新婦のことが好きじゃない、そこまでは決まっていたのに進まない。
でも、アマリリスの花言葉は、タイトルになった「おしゃべり」以外にも、花が上を向いていると「虚栄心」、花が下を向いていると「臆病な心」という意味があると知り、そのイメージで登場する女性たちのキャラクターが作れた覚えがあります。
編集K:花の向きで花言葉が変わるんですか!
伊藤:面白いですよね! 作中でもこの人が持っているアマリリスは上向き、この人が持っているものは下向き、とその要素を取り入れました。私だけが楽しいやつ。
編集P:それを知ると読み直したくなりますね。
伊藤:7月は夏休みに入る月だから学生を主人公にしよう、とか季節からイメージを膨らますことが多かったですね。でも何回もボツにして、ガラッと変えたものも……。結構肌感でやっていました。花言葉辞典は三冊くらい常備して、これはもう花ごと変えたほうがいいかな?とか思いながらパラパラめくっていましたね。
編集K:生活が変わってきそうですね、花と共にあるというか。
編集P:お花屋さんに行ったときの目線も変わりそう。
伊藤:そういえば案外お花屋さんは出さなかったですね。花がありすぎるからかな。
編集P:あと、花束もあまり出てこなかったですよね。
伊藤:確かに。出てきても、男性から女性に花束を贈る話はハッピーエンドにはしてなかったですね。振られるか、別れるか。
編集P:田中くんも、高遠くんも……
伊藤:逆張り癖があるのかも。花束でハッピーエンドになる小説を書かなくてもいいだろう、という……それはそれでちょっと嫌だな(笑)。
編集K:いやいや、逆張り必要ですよ。
伊藤:やっぱり掌編だから、自分の書きたいことを書くのももちろんだけど、読んでいる方にとっての意外性も大事にしたかったんですよね。
一方で、掲載したPHPスペシャルさんから「読者がホッとできるような雑誌を目指しています」というコンセプトを伺っていたので、読後感はあまり悪くせず、できるだけ前向きな終わり方にしようと思っていました。だからレンゲやアマリリスの章は結構不安で、原稿を送るときに「これで大丈夫ですか?」と何回も確認したんですが、ありがたいことに読者の方からの反響が良かったと聞き、味を占めてここから後は我を出していった覚えがあります。
編集K:後半にかけて、伊藤さん節が強まってきたなと読みながら感じていました(笑)。
伊藤:読者の方が受け入れてくださるなら、案外いけるじゃんって(笑)。アクセルを踏んでいきました。
編集P:なるほど……それでいうと「五月 月桂樹」はアクセル全開で好きです。
伊藤:月桂樹は、一回とことんネガティブな花言葉で書こう!と思って試行錯誤しました。花言葉の「裏切り」をポジティブな物語にできたら面白くない?という、これまた逆張り欲もありましたね。
この話の語り手である料理研究家のあっこ先生は、私の個人的な感情が一番のった人物かもしれないです。立場としても、芸能人ではないけれど名前と顔と業績を表に出さなければいけない職業についていて、その中で「あ?(怒)」と思うことにどう対処していくか……というところに、私の人格が出ているなと。
でも、このお話もかなり書き直しました。最初は本当に犯罪が起こるんじゃないかと読者に思われそうな、謎めいたテイストだったんです。連載担当の方と話し合って「裏切り」という言葉に込めたい意味を伝えたところ、それならこうしたほうがわかりやすいのではとアドバイスをもらって、今の形になりました。
編集P:「いつでも裏切れる」ことが心を守る武器というか、お守りになっているのが良かったです。
伊藤:嫌なことがあったときに「今に見てろよ」と思うだけでも自分を救えるよ、ということが書きたかった気がします。腹が立つことがあっても、「お前いつかネタにしてやっからな」という。実際にするかどうかは別として。
編集K:大事ですよね……。
伊藤:作家デビューした頃、周囲の反応がそれまでと変わって、とても疲れてしまったことがあったんです。当時は創作講座のようなものにも通っていたんですが、せっかくデビューしたのに全然いいことがないと落ち込んで、態度が変わらなかった数少ない先生に「やめようと思っている」と話したら「絶対やめるなよ。嫌な奴らを飯の種にできる仕事なんて作家ぐらいなんだから」と言われて。私にとって、その言葉は一番欲しかったものだなとしっくりきたんです。
捉え方によっては無責任と思われかねないし、その先生からすれば軽い気持ちでかけた言葉だったかもしれないけれど、そういう言葉に救われることってあるよなぁと印象に残っていました。相手の人生に責任を取らない立場だからこそ言える言葉が救いになることもある、というか。そんな思い出からできた話だったかもしれませんね。
わかり合えない、でもいつかは届くかもしれない
伊藤: Kさんはどの話が一番お好きですか?
編集K:悩みますね~。
伊藤:逆に「こいつ嫌い!」という登場人物がいたら、それも教えてほしいです。
編集K:嫌い、ではないんですけど、私はるりさん(「八月 向日葵」)が強く印象に残っていますね。別のお話でも少し登場しているキャラクターですが、そこで抱いていたイメージとまったく違う一面が見えて。
伊藤:あ~。
編集K:読んでいくにつれて、るりさんと周りの関係性がわかってくると、友達が多いように見えて実はすごく孤独なんじゃないかとか、つらいだろうなと感じる場面もあって。
伊藤:大人になると「友達として集まるけど、大して好きじゃないんだよなぁ」みたいな関係性もできてしまって、集団の中にいるからこその孤独って面もあるかもしれませんね。
編集K:その孤独が、推しの高遠くんに対する激しい言葉や行動になっていくのがしんどかったです。
伊藤:るりさんのお話は、前後して発売された『※個人の感想です』にも通じる部分がありますね。アイドル本人から、過激なファンに向けて「『あなたのためを思って』と言うけれど、その言葉は本当ですか」と問いかけているところとか。この後彼は「応援してくれている人にそんなことを言うなんて、ファンの気持ちをわかっていない!」と叩かれてしまうかもしれないけれど、それでも人として対話しようとせずにはいられない、そんなアイドルを書きたかったんです。でも、このくだりも相当書き直させてもらいましたね。
編集P:丁寧に書いていただきました。
伊藤:作中に出てくるブログの文章は、初校でも再校でもかなり手を加えて、どうやったらこの子の本当の言葉になるかを徹底的に考えました。
編集K:アイドルである前に一人の人間だと発信する勇気にもグッときました。
伊藤:これもきっと、ネットとかでは「僕はアイドルである前に一人の人間」という部分だけが切り取られてしまうだろうとも思うんですよ。それでも彼は自分の言いたいことを言うし、誰かには届くといいなぁと、書きながらそんな感覚でいました。後は、アイドルが好きだからってその人の過去まで否定していいのか、読者に考えてほしいなとか。でも、そんな正論を言ったところで届かない、どうしようもなさも書きたかったところです。
実はるりさんは、雑誌に掲載される前の初稿ではもう少し物わかりが良くて。でも連載担当の方と相談しているときに「外から見て、そんなわけないだろ!と思う痛々しさが欲しい」という話になりました。
編集P:今の形で良かったと思います……! 私は高遠くんの誠実なブログを読んだときに「あ~彼にこんなことを思わせてしまって申し訳ない、がんばってほしい!」と勝手にファン目線の気持ちになっていたので、その後のるりさん視点で「あのブログはファンへの三行半だ」って言葉が出てくることにびっくりして。ファンダムの中で価値観の違いが出る様がリアルだ!と思いました。
伊藤:私もPさんと同じく「そんなこと言わせちゃってごめんね」と思うほうなんですけど(笑)。だからるりの反応には何なんだと思いつつ、どんなに言葉を尽くしても伝わらないこともあるけれど、どこかで響くこともあるかもしれないよね、くらいの塩梅にしました。即説得されて終わりではない、ファンの愚かしさというか。
編集K:ちゃんともどかしい気持ちにさせてもらえて、そこも良かったです。簡単には伝わらないのがリアルだと思うから。
編集P:るり、千佳、真弓、佐和子の四人は学生時代からの友人同士ですよね。でも先ほどからお話に挙がっている通り、決して仲が良いわけではない。ないけれど、連絡は取り合っていて何かあると話もする……という絶妙な関係だなと感じました。
編集K:実は仲が悪いということでもないんですよね。
伊藤:100%大好きって人と付き合い続けることだけが友情でもないんだろうと思っていて。昔読んだ江國香織さんの短編で、中年の女友達で集まってボーリングするお話があったんですよ。それぞれの細かな背景描写とボーリングのシーンが続いて、最後に「結局私たちはお互いのことがそんなに好きじゃないのだ。だけど私たちはこうして集まってしまう」というような言葉で終わるんです。
編集K:私も印象に残っています。
伊藤:私はそれを読んだときに10代だったので、「好きじゃないのに何で集まるんだろう」と思ったんですけど、大人になって感情の引き出しが増えていくにつれ、そういうことってあるんだろうなぁと考えが変わっていきました。そしてそんな温度感なのに結婚式に行って「わー、もうこの子の幸せ一生祈る」みたいに思うこともある(笑)。
編集K・編集P:わかります(笑)。
伊藤:この四人も千佳だけ早めに友情に対する価値観が落ち着いてるんですけど、それぞれ波はあって、でも友達ではある、みたいな関係を描けていたら良いなと思います。
編集P:最近「合わない人とは縁を切るのが良い」とか「人間関係の断捨離」みたいなことも言われますけど、仲が良いとは言えないのに影響を及ぼし合っている四人の関係を見ると、切ることが必ずしも良いわけではないのかも、と思いました。
伊藤:好きじゃない人とどう接するかに、人間の本質は出てくるのかもしれないですね。そう思うと千佳は優しいのかも。
自分なりの孤独を重ねて欲しかった
伊藤:連載があと一年続けられるなら、もっと深堀りして書いてみたかったなと思う子は結構いますね。
編集K:特にこの人、という人はいますか?
伊藤:おもに「七月 紅花」と「十二月 カネノナルキ」に出てくる、藍と菜摘のペアとか。
編集P:藍のほうがちょっと強くて、権力勾配がある二人ですよね。
伊藤:THE高校生の関係というか、ヒエラルキーがある二人なんですよね。藍は「整形してまで可愛くなりたいなんて引くかも」「私はそんなことしなくてもいいもんね」と声高に言えるような、自分の優位性を自覚している子。明らかな自己顕示欲が見える子は書いていて楽しかったから、もっといけた!って思います。
編集K:楽しかったんですか(笑)。
伊藤:楽しかったです(笑)。たぶん菜摘のほうも藍ちゃんのことが大好きってわけではなかったと思うけれど、嫌いではないだろうなと……。この二人はどっちも、もっと書けただろうな。
後は、「八月 ハイビスカス」の篠原主査が、職場でどんな感じなのかはもっと書きたかったです。
編集K:篠原主査、好きです。とっつきにくいと思われているけど、実直な人なんですよね。
伊藤:海外で体調が悪くなる、という話は私が以前、バリ島に行ったときの実体験です。しかも最終日の夜中で、本当に困って……。日本語ができるスタッフの方がホテルにいなかったのもあって、芸人さんのポッドキャストから聞こえる日本語で心を落ち着かせていました。
編集P:海外だと本当に不安になりますよね。
伊藤:あんなに不安になっていたのは、自分が「計画どおりに帰れない」ことをなにより怖いと感じていたからかな……と思ったのがこの話の着想の原点かもしれません。旅行の計画を立てる、立てないって、人によってすごく差が出るところでもありますよね。
編集K:私は本当に計画を立てられないので、友達に全部任せたい……。
伊藤:誰かと行くときは私もそうかもしれません。一人で行くときは自分で決めるけど。ディズニーランドに行ったときに、詳しい友達が「パレード派? アトラクション派?」って訊いてくれたときも「あなたが見せてくれる景色なら何でも!」って言っちゃう(笑)。
編集P:自分の立てた計画を相手が楽しんでくれるかに自信が持てないので、相手に任せちゃいたい派です。むしろ篠原主査の立てた計画に随行したい(笑)。
伊藤:私も付いていきたいな~ハワイ。
編集P:このお話のハイビスカスティーの描写がとても素敵ですよね、影響されて買いました。
伊藤:そういうのめっちゃ嬉しいです! ハイビスカスティーで具合が良くなることなんて実際はないんだけれど、おまじないみたいなものに救われることもありますよね。
このお話に出てくるホテリエの女性は、茶道教室に通っている奈留の実の母親なんですけど、それをどのくらい匂わせるかは苦心しました。最後まで、これでわかるのかな~って。
編集P:これくらいでちょうど良かったと思います! 読者の方の感想を見てもわかっている方はしっかりいらっしゃったので。
編集K:連作のつながりでいうと、「一月 バンクシア」に出てくる女性客は誰なんだろうと気になっていて、このお話以外では出てきていますか?
伊藤:この人はこのお話だけなんです。このお話はお正月を一人で過ごす寄る辺なさみたいなものを書きたかったんですが、いろんな人に共感してほしかったので敢えてバックボーンも年齢も設定があるけれどつけなかったですね。自分なりの孤独を重ねて欲しかったんです。
編集K:なるほど! お正月って賑やかな分、孤独を感じやすいですよね。
伊藤:家族と過ごしてもわかり合えない孤独を感じることもあるし、一人でお笑い番組を見ているときのほうが満たされることもありますよね。
「九月 リンドウ」のすずと祖母はそれで、自分に優しく接してくれる家族とわかり合えないまま相手がいなくなってしまう辛さや罪悪感ってあるだろうなと。「母親を受け入れられない」は今の時代、他者からの理解を得やすい側面もありますけど、「おばあちゃんを受け入れられない」はまたしんどさが変わってきそう。
編集P:すずとおばあちゃんも優しい思い出がたくさんある分辛いですよね。
伊藤:振り返ってみると、祖母という存在のネガティブな側面を結構書いた作品かもしれませんね。「七月 ホウセンカ」も、老いた祖母を気持ち悪いと思うなんて本当は外に出してはいけない感情だけれど、抱えているよりは進むこともあるよね、という気持ちで書きました。
二年かけてこの母娘に辿り着けた
伊藤:物語の縦軸的な存在は茶道教室を営む橘家だったと思うんですけど、彼女たちがどんなふうに見えていたのかは気になりました。
編集K:そうですね……この茶道教室の三世代のうち、先生である祖母と、孫娘の心情は見えやすいですけど、間に挟まれている母・真砂さんがなかなか見えなくて。それは真砂さん自身の苦悩や身の置き所のなさの表れなのかもしれないと想像していました。
伊藤:私自身も橘先生と真砂の母娘関係は最初の一年ではつかみ切れなくて、連載終盤になってようやく「この二人はこうなんだ」とわかった感覚がありました。「十一月 ホトトギス」も癒し系の話ではないし、わかり合えてもいない。
編集P:三世代の中でまだ若くて箱入り娘の未咲は祖母と母の折り合いが悪くなると真っ直ぐ批判しちゃうんですけど、孫の立場からは見えていない祖母と母の関係があるのも絶妙でした。
伊藤:未咲はピュアだしSNSが身近にある分、正論を芯だと思ってしまうところがあるんですよね。でも祖母と母はそれだけじゃないんだよ、という……。このお話が書いていて一番手ごたえを感じたというか、濃度が密な、深い土を掘っているような感覚がありました。
編集K:あ~、大人の母娘関係という感じがしました。
伊藤:二年かけて、ようやくこの母娘に辿り着けたという達成感がありました。最初に大風呂敷を広げて、登場人物を線でつなげていく仕事は大変だったけど本当に楽しかったです。
編集P:24話の登場人物の相関図を頭に描きながら楽しんでほしいですね!
書誌情報
書 名:あなたが気づかなかった花
著 者:伊藤朱里
発売日:2025年01月06日
椿のように終わってしまった恋、亡き母に贈る黄色いカーネーション……生きづらい世の中で咲く女性たちと花を描く連作短編。
詳細:https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-90456-6
書 名:※個人の感想です
著 者:伊藤朱里
発売日:2025年01月31日
借り物の言葉で、安全な場所から投げつけられる悪意になんか、負けない。
無責任な言葉とわかっていても、振り回されずにいられないのが私たち。切れ味抜群、なのに愉快でクセになる全4編。
―――
not for me(is myself)
フィットネス系YouTubeチャンネル「かなめジム」を運営するインフルエンサー・かなめは、読者モデル時代の同期の穂乃花から、信者のような熱量のおかしい人がコメント欄にいるから気をつけた方がいい、と忠告を受ける。いつでも正直に、ただ、伝え方に気を配って、優しく明るく発信をしてきたのに……。
純粋に疑問なんだけど
大好きな小説の編集部から「ノンフィクション部門 ネットメディア班」に異動し、インフルエンサーの書籍を担当するようになった若手編集者の野村。異動後はじめて出版のオファーをしたYouTuber・はしゆりは破天荒で、彼女のやることなすことすべて、野村にはわけがわからない。
「なんで怒らないんですか?」
「世間ずれしていない関さんの新鮮な感覚が必要」。衛星放送の番組制作も手がけるNPOで契約職員として働く関は、いまの職場環境に満足している。四十にもなって専門技術もない「平凡な主婦」を重宝して、新たな仕事まで任せてくれるのだ。ところがインターンに来ている大学生の小田嶋さんは、まったく異なる思いを抱いているらしい。
人の整形にとやかく言う奴ら
アイドルオーディション番組に参加して、ファイナル一歩手前で落ち、韓国の事務所を辞めて日本に戻ってきて五年。「ダンスクイーン」由良すみれは今、地元の学習塾で事務職をしている。普通の生活を取り戻せて本当に良かったし、同時に応援してくれたファンの人たち全員を今も愛している。愛と感謝を伝えるために残しているSNSアカウントに、この頃不穏な空気が漂い始めた。
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前編 https://note.com/kadobun_note/n/nde19a774dc47
後編 https://note.com/kadobun_note/n/n40bb676d0464
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https://note.com/kadobun_note/n/n51b703b96107
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