小説第二作『ただ君に幸あらんことを』(KADOKAWA)を発表した、お笑いコンビ「ラランド」のニシダ。表題作は、大学受験を題材にした家族小説だ。この小説をぜひ読んでほしいと願った相手の一人が、「東大卒のクイズ王」として知られる伊沢拓司(QuizKnock)。1994年生まれと同い年の二人による、初めてのサシトークが実現した。
取材・文/吉田大助 撮影/橋本龍二
『ただ君に幸あらんことを』刊行記念 伊沢拓司×ニシダ(ラランド)対談
クズキャラのイメージとは全く違う
ニシダ:伊沢さんとは、『バイオグラフ』(2023年)というテレ東の番組でご一緒させてもらっていました。グラフを見て、誰の何の情報を表しているものかを当てるという一種のクイズバラエティで。なんで終わっちゃったんだろう? ……まあ、終わるか(笑)。
伊沢:本当にくだらなくて最高でしたよね。ビッグダディの元妻の美奈子さんの子供の数の推移とか、神田うのさんが盗まれた物の金額の円グラフとか(笑)。当時も、同い年ですよねって盛り上がりましたよね。共通点は他にもいっぱいあって、従来のテレビの出方とかメディアの出方みたいなものが壊れてきた時期に、いろんなメディアに出始めたので。横並びのタイミングでした。
ニシダ:お互い、会社ですし。
伊沢:そうそう。自分たちで会社をやっている……と言いつつ僕個人はナベプロにお世話になってるんですけど(笑)。半分はそっち、半分はQuizKnockですね。
ニシダ:僕、QuizKnockのYouTube、めっちゃ観てるんですよ。
伊沢:それ、いまだに信じられないんですよ。僕たちは言ってもいちYouTuberとして、「お、おもろい……?」みたいな不安がずっとある。
ニシダ:単純に、やってる企画が面白いじゃないですか。写真だけ出されて、その写真の場所に早押しクイズのボタンが置いてあるから、それで答えてください、みたいな。
伊沢:嬉しい。本当に観てもらっている(笑)。
ニシダ:僕らって「ヘキサゴン」(2005年から2011年にかけてフジテレビ系で放送された『クイズ!ヘキサゴンⅡ』)の世代じゃないですか。そこで早押しクイズとかイントロクイズとか、定型ばっかりを見て育ってきたんですが、QuizKnockのYouTubeは既存の枠みたいなものから外れるクイズが多いから、面白いし刺激的です。
伊沢:「ヘキサゴン」世代だと、クイズ番組はおバカいじりか、逆に天才ガチンコ型かの二択のイメージがありますよね。もうちょっと多様だよ、というのはクイズ好きからすると見せたかったところで。我々の世代ってみんなそうかもしれないですけど、枠を壊すことへの躊躇はないですね。特に若い世代の芸能活動の幅はここ数年で、グッと広がりましたし。
ニシダ:うちの相方(サーヤ)は、川谷絵音さんとバンドをやっています。あと、芸人でラップやってる人めっちゃ増えていますね。
伊沢:というところで、ニシダさんですよ。小説を書かれているわけじゃないですか。ラランドのYouTubeを観た後でこれを読むと……パンチをくらう(笑)。おお、そうくるんだって、予想外の角度からって感じがしました。
ニシダ:嬉しい。
伊沢:ニシダさんの映像での立ち位置ってもうちょっとダメな感じだと思うんですけど、書かれているものは全く印象が違う。一冊目の本(『不器用で』)もそうだったし今回の本も、なんて言うか、清らかなんですよ。
小説なんだけれども、裏取りが発生している
伊沢:こういう言い方をするとチープになるんですけど、二編とも読後感が気持ちよかったんです。「ここで終わるんだ」という感覚と「ここで終わってよかったな」という感覚が、両方湧いてきたんですよね。
ニシダ:ありがとうございます。終わり方って毎回わからなくて。どこで終わればいいんだろうといつも悩むんですが、純文学が好きでずっと読んできたので、その影響はあるのかなと思います。純文学って話にきっちりと結末を付けるよりも、「この先、どっちに行くんだろう?」という終わり方をすることが多いんです。
伊沢:僕はやっぱりクイズ王のサガとして、何事にも答えを求めてしまうところがあるんですが……。
ニシダ:サガなんですね(笑)。でも、確かにクイズって、答えが一つに絞りきれる文章ですよね。
伊沢:そうなんですよ。小説だから、答えがわからないことも良さだ、というのはわかっちゃいるんですけどね(笑)。お話も二転三転するタイプというよりは、主観の描写が静かに重ねられて進む、しかもディテールがものすごく細かい。
ニシダ:細部を書くのが好きなんです。
伊沢:それはどういったこだわりなんですか?
ニシダ:細部が整っていないと、全体を通して伝えたいことのノイズになるだろうな、と。それと、ディティールがはっきりしていると、こういう状況の時に主人公はどういう気持ちになるか、という部分が想像しやすくなるんです。
伊沢:面白い。ある種の論理性なんですね。
ニシダ:そうですね。「ただ君に幸あらんことを」で言えば、受験というテーマであったり、子供の進学先に対する母親の当たりの強さとか、そのことに対する子供の側の絶望感みたいなものを表現するためには、学校名などは全部固有名詞にした方がいいだろうな、と。主人公はどこの大学にしようか、東洋大学だとどうかな、妹は豊島岡(女子学園)かなとか。豊島岡の子が、どのへんの大学に進学するのかがいまいちわからなくて、「豊島岡に通ってた人いませんか?」ってファンの人にSNSで聞いたんですよ。
伊沢:取材手法が独自路線すぎますね!(笑)
ニシダ:「通ってました」という女の子に、「みんなどれぐらいのとこ行くの?」とか「制服ってどんな感じ?」とか、一歩間違えたら危うい質問をいっぱいしました(笑)。最後にスタバのギフトをLINEでペッと送って、「ありがとうございました!」って。
伊沢:芸人さんとしての普段の活動が、文筆にもめっちゃ活きてますね。
ニシダ:LINEをファンの人にばらまいておいて良かったです。お兄ちゃんのバンドの練習のところとかも、バンドをやってるファンの子に電話して聞いて。スタジオの借り方を聞いたら、「スタジオで椅子に座る人はいないです。みんな床ですよ」とか。真空管はあったまるのに時間がかかるから……とか、話を全部聞いてから書きました。
伊沢:小説なんだけれども、QuizKnockの動画みたいな裏取りが発生しているわけですね。それって、時間がめっちゃかかりません?
ニシダ:そうですね。だから、締め切りが七か月遅れたんです。
一同:(笑)
伊沢:ただ、ここはぼかす、ここはしっかり書くみたいな描写の濃淡もありますよね。例えば、もう一編の「国民的未亡人」で主人公がテレビ番組に出るシーンとか、精緻な描写だけど流れはさらっと終わったなと思ったんです。もちろん意図的なわけですよね。
ニシダ:普段テレビに出てない人がもしテレビに出たら、時間の流れがめっちゃ速く感じると思うんですよ。
伊沢:おおっ! 考えたことなかった。
ニシダ:体感時間と文字の量を合わせようというのが、今回ちょっと考えたところなんです。
伊沢:テレビの描写とか、我々からすると書こうと思ったらどこまででも書けちゃうところを、グッとコンパクトにする。そうすることで、テレビ慣れしていない人にとっての「あっという間」感を表現できる。まさにディテールが人間性の表現になっていますね。思ってもみませんでした。
受験の話であり、家族というチームの話でもある
ニシダ:『QuizKnock 学びのルーツ』(新潮社)という本がすごく面白くて……。
伊沢:書評を書いていただきましたよね! その節はありがとうございました。
ニシダ:いえいえ。あの本で、伊沢さんはご両親の教育の話をされてたじゃないですか。いいご家庭なんだなあって思ったんです。
伊沢:「ただ君に幸あらんことを」みたいな感じではないですね。うちの親は知的好奇心は強かったんですが、勉強を教えたい、教えるくらい得意だって感じではなくて、中学受験の時は多少やり取りもありましたが、それ以降は勉強についてあまり関与してくる感じではなかった。見守ってもらっていたなと思います。
ニシダ:うちは妹がいて、どっちも中学受験してるんですけど、自分は大したところには行けなかったんですが、妹はそれなりのところに行ったんですね。その結果を受けて「妹の方ができるやつだ」みたいな、親から順位を付けられているなって感覚があったんです。自分が一浪して上智大学に行ったら、「あっ、まあまあやるのかなコイツ」みたいになってきたりとか。
伊沢:そのリアリティは、小説にも反映されていますね。家の中での、自分の位置が変わっていくという。
ニシダ:この主人公はいい会社に就職することで評価を取り返したけど、豊島岡に通っている妹は受験がうまくいかなそうで、下がっている。家庭内での、家族から作られる順位が変動するところを書きたかったんです。
伊沢:お話が後半へ行くにしたがって、一人暮らしをしている主人公が、まだ実家の家庭内のカルマから抜け出せていない部分が露わになっていきますよね。そこからぐいっと怖さが出てくる。ただ単純に「囚われる妹、助ける兄」ではなくて、兄も同じような仕打ちを母親から受けていて、それが妹に再生産されてしまっていることへの罪悪感がある。そんな枷は外せばいいじゃん、簡単じゃんって周りからすれば思うんでしょうが、主人公にとっては絶対に外れない枷なんですよね。
ニシダ:母親が言っていることは、すべてが間違いではないんです。今の実力に見合う大学に行かせてあげなよって言うお兄ちゃんが正しいのか、10年後とか20年後に妹がこっちを選んで良かったと思うかもしれない選択を強要するお母さんが正しいのか。どっちが正しいかって言ったら、難しい話なんですよね。
伊沢:読み手にとっては、きっと母親が絶対悪に見えますよね。ムーブ自体が終始、いわゆる「毒親」だし。ただ、当事者からするとそうではない部分はある。育ててもらった恩もあるし、子供にとって親の存在なり影響力はでかいですからね。僕は親からの干渉は少ないタイプでしたが、塾のアルバイトをしていた時に、いろいろなご家庭と向き合うことはやっていたので、大変だった記憶をちょっと思い出したりはしました。「なんでそんな反抗しないんだよ」って状況で、反抗しない子もいっぱい見てきたんです。そのあたりのリアリティもあって、怖かったですね。
ニシダ:受験って、家族というチーム戦じゃないですか。書きながら、この小説は受験の話だけど、本質的には家族の話だなぁと思ったんです。
伊沢:目的意識が一致しているわけでもないのに、たまたま血縁があったから、チームになる。チームとしてはすごく不完全なのに、チームで様々な人生の障害に臨まなければいけないっていうのが、十代の子たちが抱える辛さだなぁとこの小説を読みながら感じましたね。さっきお話ししたように、小説全体としては、清らかなんですよ。ただ、清らかな中に、人間の汚さやままならなさも存在している。読んでいて、ちゃんとイヤな気持ちになりましたよ。見事にしてやられたというか。「国民的未亡人」も良かったですが、表題作は特に自信作なんじゃないですか。
ニシダ:そうですね。今まで書いた中では、一番良いものができたと思っています。
伊沢:読者さんからの反応が楽しみですね。ニシダさんのことを小説で初めて知った、という人もこれからたくさん出てくるわけじゃないですか。クズキャラでバラエティに出る時とか、やりづらくなりません?
ニシダ:文豪と呼ばれる人たちのエピソードって、意外とクズじゃないですか。クズと小説って案外、相性がいい気もするんです。
伊沢:なるほど!(笑)
書誌情報
書 名:ただ君に幸あらんことを
著 者:ニシダ
発売日:2025年01月31日
夫と妻、兄と妹、母と息子、そして受験。ラランド・ニシダ待望の第二作。
―――
【収録作品】
「国民的未亡人」
誰もが知るスター俳優であった夫を亡くした私は、一般人にして有名「未亡人」となった。
夫との美しい思い出とともに逗子で静かな暮らしを送っていたが、没後三年の追悼特番に出演するため都内のテレビ局へ向かう。
「ただ君に幸あらんことを」
大学受験期に僕が母から受けてきた酷い仕打ちを、今は六歳下の妹が受けている。
一人暮らしの家に妹を避難させ、母との間に入って守ろうとするが、僕自身の傷がうずき出していた。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322310001093/
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