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特集

『どん底名人』刊行記念破天荒対談 <後編> 「『どん底名人』は男の聖書だ!」

撮影:奥西 淳二  取材・文:桝 由美 

“囲碁界最後の無頼派棋士”依田紀基九段自らが全文を執筆した壮絶なる自伝『どん底名人』。
オール1の劣等生だった少年時代。囲碁棋士として順調に昇りつめていた矢先に酒、女、ギャンブルに溺れ、成績を落とした青年時代。浪費生活の果てに一家離散となった『どん底』の現在までを赤裸々に描き、各界に衝撃を与えています。
自らも囲碁をたしなみ、「20代は遊びまくっていた」と自負する「花まる学習会」代表の高濱正伸氏を迎え、高濱氏が「男の聖書」「20年に一冊の名作」と絶賛する本書の魅力を語りつくします。
>>前編 「オール1の劣等生が名人になれた理由とは?」

借金でボロボロになるほど突き抜けてのめりこめ!

高濱: すごい本が出ちゃったなぁと思いました。文章がグッとくるんです。人間の根源的な喜びや、子どもへの思いなどが全て伝わってきます。だけど男ってバカだから、酒に溺れたり女性にのめりこんだり博打にハマったり、あっちこっち転げまわるんですよね。博打にハマる感じなんか、オスしかわからない。 女の人は意味わかんないと思いますよ。

――確かに、ギャンブルのお話は読んでいてもよくわかりませんでした(苦笑)

依田: 「なんで?」「それ貯めとけよ」と思うでしょ?(笑)

――はい。勝っているところでやめればいいのに、と。

高濱: そこでやめられるなら、博打なんかしません!(笑)

依田: 藤沢秀行(名誉棋聖)先生も、勝っていても最終レースに有り金全部賭けていましたね。

高濱: 大勝ちするか、ゼロかという。僕も借金だらけでボロボロでしたから、博打の話は「あるある!」と共感しっぱなしでした。

依田: そうだったんですか?!

高濱: 32で初めて就職するまでフリーランスで、「宵越しの金は持たない」なんてカッコつけちゃっていたので、常にお金がなかったんです。競馬や競輪って必ず負けるようにできていますからね。

依田: 競輪もよく行かれていたんですね。

高濱: はい。20代はとにかく競馬に競輪、音楽、囲碁、映画、落語…。「これ!」と思ったら突っ走るタイプです。

依田: 高濱先生が「こちら側」の人間だとは思いませんでした(笑)。僕も何でものめりこんでしまうタイプですね。

高濱: レベルが違います! 本を読んでいて「ここまではできねぇな」と思いました(笑)  

突き抜けた人物は大自然の中でこそ育つ

――『どん底名人』を読んで、特に印象に残っている話はありますか?

高濱: 本当にいい文章がいっぱい書いてあったのですが、やはりお子さんへの思いが書かれているところは、胸がギューッと締め付けられます。

依田: わけあって、今は別々に暮らしていますが、離れていても父親としてできることはありますか?

高濱: まさに今回の本がそうで、「自分の生きざまを見せる」ことだと思いますよ。お子さんが大人になったときに『どん底名人』を読んで、「親父はこんな風に生きてきたのか」と。男同士ってそんなにしゃべることはないですが、本はずっと残りますから、深い愛だと思います。

依田: バカなことばかりやってきたなと思って…。後悔はしていないのですが。

高濱: 僕も好きなことをやりたいだけやってきたから、悔いはないんですよね。

――意外にも共通点が多いという。お二人とも大自然の中で育った、という点も似ていますね。

高濱: 僕は生まれが熊本の山の中だったので、朝はカブトムシを捕りに行って、午後は川で泳いでもうクタクタでした。夏休みの宿題を8月30日になって焦ってやる、みたいな。ギリギリでも、やることはやるんですけどね。

――依田九段も、夏休みの宿題はギリギリに?

依田: まるでやっていなかった。

――8月31日になっても?

依田: うん。

高濱: ほら! ここが一般人とヒーローの違いですよ!(笑)

依田: うーん。そういえば、父親に言われて少しはやった…ような?(笑)

――高濱さんは、子どもたちに「外遊び」を推奨されていますね。

高濱: はい。ただ、今は都会だと公園はボール遊び禁止で、川も無いし、遊ぶところが少ないですよね。本来は子どもだけで自由に行ける野原や山にものすごく可能性があって、遊びの繰り返しでリーダーシップや主体性や集中力が身につくと思っているんです。たとえばノーベル賞やフィールズ賞などの歴代の学者は田舎育ちが多いというデータもあるので、外遊びは重要だと思うんですよね。

依田: 僕も、自然のなかで遊んでいた時期があって幸運だったなと思います。

高濱: 大物が育つんですよ。そこそこの人間は都会でもじゅうぶん育つと思うのですが、突き抜けた人は自然のなかで育つんでしょうね。僕は全然突き抜けていないので、「オール1でも平気」という人間になりたかったですよ! 本当に。  

母親は手堅い子を望みがち。小さく生きるな!

――高濱さんは、囲碁はいつから?

高濱: 小さいころに親父がやっていたので、「面白いんだろうな」とは思っていました。本格的に始めたのは、20代の時の「遊び人仲間」の一人が、急に「囲碁だ!」と言い出して、僕も「やっぱ次の時代は囲碁でしょ」なんて知ったかぶって(笑)、質屋に碁盤を買いに行ったんです。ルールは誰も知らないので、適当にやっていたら、(こう)>/rp>を誰にも教わらないうちに「おかしいじゃない。続くじゃない」と気づいたりして。

依田: すごいですね!

高濱: けっこうな時間やりました。「囲碁の人ってみんなカッコいいけど、やっぱり秀行(故・藤沢秀行名誉棋聖)だよね。カッケー!」みたいな。あの姿は男の憧れで、ロマンなんです。依田先生の本にも秀行さんの話がたくさん出てきますね。

依田: 僕はまだ入段したばかりの頃で、秀行先生が55歳の時に初めてお会いしました。その頃もカッコよくて、完全にイッちゃってましたね。

――依田九段は、お父さんから「囲碁をやりなさい」と言われた、と本にありましたね。

依田: 父親が行っていた碁会所に、小学二年生で二段ぐらいの雄平君という子を連れてくるお父さんが居て、それが羨ましくて仕方なかったそうです。僕に碁を覚えさせて、自分の相手をさせたかったと。たまたまその時は僕の中で「クワガタ」が熱かったので、一緒に捕りに行くんだったら碁をやってもいいよと。

高濱: クワガタ! その話も、男心にグッとくるんですよ。

依田: クワガタの幼虫をひたすら、たくさん集めて…。

高濱: 腐葉土とか、かんな屑を溜めた所に居ますよね。

依田: あと、腐っている木にも。少し乾いた木には、カミキリムシの幼虫とか居るんですよね。

高濱: 居ますね。ドンっと蹴って、ポトポトっと落としたり。ドスッと落ちる音が、宝物が落ちた音なんですよ。

依田: そう、宝物ですよね。

――クワガタは、捕まえて飼うんですか?

依田: 成虫じゃなくて幼虫が多かったのですが、灯油の缶に木の屑とかを入れて、幼虫を大量に集めていました。でも母親からするとウジムシかどうか区別がつかないので気味悪がっていたのですが、僕から見ると宝物なんですよね。

――成虫になるんですか?

依田: ならない。

高濱: あれ、難しいんですよね。条件がいろいろあって。

依田: 捕まえたことに一種の達成感があるので、育て方を調べるといったことはなかったですね。何が面白かったのか、今になってみるとわからない…。

高濱: あれは男子ワールドだと思います。クワガタの話も、博打の話もそうですが、この感じをオスたちで分かり合えるのが楽しいんですよね。これはもう「男の聖書」が出たなと思っています。

――男の聖書!?

高濱: 本当に感動したんですよ。20年に一冊くらいじゃないかな? 名人を獲って頂点を極めた男が、醜い部分も含めて、すべてを正直にさらけ出す。しかも自分で書いているわけですから、こんな本は他にないですよ!

依田: 嬉しいです。高濱先生は学校の勉強だけではなく、「生命力の強い人間を育てる」というところに重きを置いている方ですから、「男の聖書」と言っていただけたことは最高の誉め言葉です。

高濱: 長年、教育の現場に携わっていて思うのは、息子に対して、公務員や医者など手堅い職業についてほしいと思う母親が多い、ということです。自分が恋をする時は「悪い男が好き♡」と言っていたかもしれないけれど、我が子に対しては守りにまわってしまうのです。今は女性が強くて優秀ですが、僕は男たちに「もっと好きなことしろよ」「ちっちゃくまとまるな」と言いたいんです。手堅い仕事に就くのも厳しい戦いはあるし甘くはないけれど、心の中にこの本の世界を持っていてほしい。「男ってもっと『コッチ』だろ!?」と。すべての男たちに「『どん底名人』を読んでこい!」と勧めたいです。


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