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特集

藤井邦夫『江戸の御庭番』×岡本さとる『恋道行~こいのみちゆき~』、2大新シリーズ同日刊行記念対談!

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:末國 善己 

「暴れん坊将軍」「水戸黄門」シリーズなど、誰もが一度は見たことのある人気時代劇の脚本家を手掛けていた藤井邦夫さんと岡本さとるさん。今や最も勢いのある時代小説家となられたお二人が、12月には角川文庫から同時に新シリーズを刊行します。脚本家時代の裏話から小説執筆秘話まで、とことん語り合っていただきました!

――お二人はお付き合いは長いのですか。

岡本: 長いですね。僕が「水戸黄門」の脚本を書いていた三〇代からです。

藤井: その頃、私たちは若手だったんです。まだ宮川一郎さんという大先輩がいて、櫻井康裕さんや大西信行さんもいましたが、皆さんお亡くなりになりました。

岡本: だから今や「水戸黄門」を語れるのは、僕と藤井さんだけだと思っています(笑)。

藤井: 私がかかわり始めた頃は「水戸黄門」はマンネリだといわれていましたが、「入ったばかりで新鮮ですよ」という感じでした(笑)。

岡本: 会議をした後に飲みに行くのですが、結局最後まで残るのが藤井さんと僕で、「じゃあ、岡本もう一軒行くか!」と、連れて行ってもらって、そこからまた二人で飲みましたね。

――小説家デビューは藤井さんが先ですが、それを岡本さんはどう見ていましたか。

岡本: 脚本家は皆んな一度は小説を書いてみたいと思っていますが、小説に踏み出すタイミングが難しいんです。レギュラーのシリーズを抱えていると、本当に時間がないんです。だから藤井さんは凄いと思っていました。

藤井: デビュー当時は脚本の仕事を抱えていたから、年に一冊か二冊しか出せなかった。東映生まれの東映育ちだから、東映のプロデューサーに頼まれたら断れない(笑)。二〇〇二年に出した『日暮左近事件帖 陽炎斬刃剣』が最初で、それから一〇年は脚本家と兼業でやっていました。

岡本: そうですよね。僕は今も脚本の仕事から足が洗えてないですから(笑)。

藤井: 私は先輩も同期も定年でいなくなったから、脚本の注文も少なくなったし、小説に専念できるようになったかな。

岡本: 小説家との兼業になると、脚本の打ち合わせが面倒になってきますね。藤井さんもフェードアウトしてきて、「あとは適当に」というようになりましたよね(笑)。

藤井: 逃げたわけじゃないけど、監督とかプロデューサーとかがバラバラに注文をつけてくる世界なので、億劫になったのはあるね(笑)。

――脚本を書かれていた経験は、時代小説にも活かされているのでしょうか。

藤井: 私は演出が最初だったので、先輩に「シーンに入る前に情景を二つ三つ入れろ」と教わりました。だから小説でも、本題の前に情景描写をするのが癖になっています。

岡本: それはありますね。僕も、愁嘆場があって次にシーンをがらっと変えると淡泊になるので、映像でいうと、釣瓶井戸を上げるシーンなどを一つはさまないと落ち着かないんです。それと章の頭を、舞台であれば何年経ちましたとか、主人公がやくざになっていました、などといった時間経過に強引にもっていくことがあります。これは幕で舞台を転換する劇作家の習慣で、まず観客に状況を突きつけて、その間に何が起きたのかを後で説明するんです。本当は、主人公の内面や葛藤を書いていかなければならないのでしょうが、ついついエンターテイメントに走ってしまって、このあたりでチャンバラを入れておこうかとか考えてしまいます(笑)。

藤井: 頭と真ん中とお尻には立ち回りを入れないと落ち着かないとか、CM前、小説でいえば章の終わりにハッとさせるシーンを入れるとか、その感覚は残っているよ。

岡本: そうですね。それと冒頭に掴みのシーンを入れたいんです。頭に何もないと、読者は退屈しているんじゃないかと思ってしまいます。それから脚本はまず配役表を作るので、小説でも同じようにまずキャラクターを作っています。

藤井: キャラクターの履歴書を書くってやつね。確かに、今も抜けないかな。

――脚本と小説に違いはありますか。

岡本: 物理的にきついのは小説ですね。一冊にするのに四〇〇字詰原稿用紙で、三五〇枚くらいは必要ですから。

藤井: そう考えると、脚本は楽だよな(笑)。

岡本: そうですよ。一時間もので五〇枚くらい書けばいいんですから(笑)。

藤井: 脚本は、原稿用紙一枚に換算すると原稿料は高いな。

岡本: 小説は、その七倍くらいは書かなければ、一冊分にならない。だから、いくらサラっと書いても時間はかかります。

藤井: 時代小説一冊に四話入っているとして、時代劇の脚本はその一話分でいい。逆に時代小説を時代劇一本分にすると、足りないことが多い。だからオリジナルのエピソードを加えないといけないんです。

――藤井さんが『江戸の御庭番』、岡本さんが『恋道行』という新たなシリーズをスタートさせますが、藤井さんは忍者が悪党と戦うアクションもの、岡本さんがわけあり男女の逃避行とお二人の作品の中でも異色作となっていました。

岡本: 僕は意図的にいつもと違うものを書きました。たまには武士の世界ではなく、若い男女の逃避行もいいかなと考えました。藤井さんの今回の御庭番は、出版社の依頼だったんですか。

藤井: そうです。忍者ものは『日暮左近事件帖』以来やっていないので、久々にやってみてもいいかなと。

――『恋道行』の主人公・千七は富田流小太刀を遣いますが、これは珍しい設定でした。

岡本: 千七は町人なので、リアリズムを求めるなら小太刀になります。ただ武士を出す方が、立ち回りを書くのは楽ですね。

――これからは武士の長刀と戦うなど、バリエーションも期待できますね。

岡本: そうですね。ただ千七をスーパーマンにすると面白くないので、あくまで情熱と度胸で逃げ切る展開にしたいです。

――藤井さんの作品は、最初から凶悪な事件が連続する派手な展開でした。

藤井: 今回は第一弾なので、読者の興味を引くためにも冒頭から凶悪な事件を出しました。ただ忍者といわれても困ってしまうんです。昔、「世界忍者戦ジライヤ」という戦隊ものの脚本を書いたんです。その時、戸隠流忍術の初見良昭さんに、考証と出演をお願いしました。初見さんとお話ししたこともあるのですが、その時「本物の忍者って何だろう」と思ったんです。私は「隠密剣士」を見て育ったので、リアルな忍者を書くべきか、人間の能力を超えた忍者にするか判断が難しいです。

岡本: 物語の舞台が吉宗の時代、享保の頃なので時代考証が大変じゃないですか。

藤井: 資料が多いのは元禄時代と文化・文政以降。吉宗の時代はその間なので、面倒はあります。文化・文政にあわせながら、時代色を出していく感じかな。値段も時代によって違うけど、どこかにあわせて書くしかないから。

岡本: 忍者ものだと、読者も天井裏に潜んでいるシーンを期待しますよね。藤井さんは、新作でもそれをきちんと書いているのが凄いです。太平の世に忍者を活躍させるのも、難しかったのではないですか。

藤井: そうですね。御庭番は遠国廻りで江戸にはいないけど、江戸にいたらという想定で書いています。そうなると時代劇の「暴れん坊将軍」や「大岡越前」のように、旗本と戦う物語になっていくかもしれません(笑)。

岡本: 尾張徳川家がからんでくるというのが、パターンですよね(笑)。

藤井: でも読者の期待は裏切りたい(笑)。主人公の喬四郎(きょうしろう)は、婿養子として御庭番の倉沢家に入ります。だから婿養子としての肩身の狭さなどを描く家庭のドラマと、悪人と戦う非情の世界の落差を書いていきたいというのはあります。

――喬四郎と結婚する佐奈は武術の達人であることが暗示されているので、喬四郎との夫婦関係にも波乱がありそうでした。

藤井: まだ佐奈をどうするかは考えていませんが、喬四郎の義父・佐内はユニークな人物にしたので、この義理の父子は巧く使っていきたいです。

岡本: 藤井さんは、シリーズをどのくらい先まで考えていますか。

藤井: それほど先まで考えてませんね。

岡本: 僕は主役と脇役を考えて、一冊目はこんな感じかなというところまでです。今回は、千七と恋人のおゆき、二人を見守る山下官兵衛あたりの関係は考えましたが後は流れですね。

藤井: 私もそうです。「秋山久蔵御用控」シリーズは三〇冊も続くと思っていなかったから、主人公は年をとっているのに周りの人はとっていないなど矛盾が出てきたので、一度シリーズを終わらせました(笑)。

岡本: そこなんですよ。季節感を入れようと思うと、矛盾が大きくなりますよね(笑)。

――『恋道行』は物語が進むにつれて人物の意外な繋がりが分かり、『江戸の御庭番』はアクションシーンが続き、その先に巨悪の存在も浮かび上がるので、どちらも続きが気になるスリリングな展開でした。

岡本: 藤井さんは刑事ドラマの「特捜最前線」にかかわっておられましたから、事件ものが得意ですよね。二人で「水戸黄門」の脚本を書いていた時も、僕は人情もので、藤井さんはミステリー要素が強かったです。

藤井: 確かに、武士が謎を解きながら悪と戦う話は多かったけど、よくあるパターンですよ。今回の主人公は忍者なので、武士とは違った活躍がさせられるかですね。

岡本: 今回、僕は章立てを多くしてみました。登場人物が十人出てきて、それぞれの背景を説明しています。千七とおゆきが逃げるというのは、クエンティン・タランティーノ脚本、トニー・スコット監督の「トゥルー・ロマンス」を意識しています(笑)。映画ではそのシーンでメインになる人物の名前が、テロップで出ることがあるじゃないですか。各章に登場人物の名前を付けたのは、それをやってみたかったからです。

――最後に今後の展開を教えてください。

岡本: 僕の場合は、ひたすら逃げます。本人たちも事情がよく分かっていないまま逃げ続け、そこに助けてくれる人が現れたり、妨害しようとする人が現れたりして、最後は四つくらいの勢力が入り乱れて派手なチャンバラになる。こんな感じの中に、千七とおゆきの愛を織り込んでいこうと思っています。

藤井: ホームドラマの要素と非情な部分を入れ、面白おかしくしていく感じかな。エンターテイメントなので、こだわりを持たず、御庭番というよりも、忍者ものとして書いていこうと考えています。主人公は将軍直々に殺しのライセンスをもらっているようなものなので、危険な任務に挑みながら、家に帰ったら奥さんに怒られてというギャップを際立たせていきたいです。


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