北は北海道から南は沖縄まで、日本全国、怪談のない地域は存在しない。
今、そんな各地の怪異を蒐集した「ご当地怪談」がブームとなっている。
土地ごとの歴史、信仰、住人の気質などと密接に関連した、その場所でしか味わえない怪談の面白さとは。
「ご当地怪談」が愛されている理由の背景を探ってみた。
文=千街晶之
全国各地の恐怖をお届け。ご当地怪談で旅に出よう!
現在の怪談実話シーンにおいて、流行の二本柱と言えそうなのが「事故物件怪談」と「ご当地怪談」だろう。
「事故物件怪談」は、基本的には現在進行形で誰かが住んでいる(あるいは、比較的最近まで住んでいた)建物が舞台である。一軒家の場合ならば、住人や土地にまつわる古い因縁が絡むケースもないではないが、集合住宅の場合は「たまたまそこに住んでしまった」せいで怪異を体験してしまう話が大部分である。つまり、偶然性の高い「一期一会の怪談」が多いのだ。
ところが、「ご当地怪談」はその反対である。「その土地だからこそ」という点が重要であり、舞台となる都道府県や市町村それぞれの特色(歴史・信仰・住人の気質など)が色濃く滲み出るし、怪異の原因が数百年前などに遡るケースも少なくない。「事故物件怪談」は運が悪ければ誰でも遭遇してしまう怪異体験だが、「ご当地怪談」は基本的に、その土地に行かなければ体験できないものである。普通、出張が頻繁に続く仕事柄だったり、運転手や添乗員のような仕事をしていたりするケースは別として、誰でも年がら年中旅行ばかりしているわけではないから、まだ行ったことのない都道府県の怪異に関する本を読むことは、怪談好きにとっては、まだ見ぬ土地への旅情を掻き立てられる体験でもある。その意味では、まだ日本人が気軽に長い距離の旅など出来なかった1950年代に旅情の要素を作中に織り込むことで推理小説ブームを巻き起こした松本清張や、1970年代の「ディスカバージャパン」キャンペーンに乗って再評価された横溝正史のミステリー小説などと通ずる読まれ方をしていると言えそうだ。
特定の土地に結びついた怪談本はかなり昔から存在しており、かの柳田國男の『遠野物語』もその古典的著作と言えそうだが、近年の「ご当地怪談」の隆盛の土台には、2010年代の「ふるさと怪談」ムーヴメントがある。アンソロジスト・文芸評論家の東雅夫が、仙台の出版社「
また、自身の体験も交えて福岡の怪談を紹介する福澤徹三、『琉球怪談』をはじめとする沖縄怪談を専門とする小原猛、東北を舞台にした怪談が多い黒木あるじなど、自らの出身地・居住地を舞台にした怪談の書き手が注目されるようになった。更に、川奈まり子や吉田悠軌ら、怪異を紹介するだけでなくその背景まで掘り下げる、実証的怪談作家とも言うべき書き手も頭角を現してきたが、そのような執筆スタイルが、土地それぞれの歴史を背景とする「ご当地怪談」と相性がいいことは言うまでもない。
「ご当地怪談」ではしばしば、具体的な地名や建物名が、特定可能な書き方で紹介される。そこで起こった過去の悲惨な出来事が、かなり具体的に言及されたりもする。それは、実際にその土地に住む人々にとっては忌まわしく、一日も早く忘れたいことかも知れない。だが一方で、そのような負の側面も含めて、忘れられつつある土地の記憶を後世に伝えるのが怪談の役目でもある。
それにしても昨今は、竹書房怪談文庫やTOブックスを中心に、全都道府県を網羅せんばかりの勢いで「ご当地怪談」の本が刊行されている(ガイドで紹介した『タイぐるり怪談紀行』のように、海外を舞台にしたものまで出てきた)。これは、2020年から世界を覆ったコロナ禍のせいで、人々が旅行を控えるようになったことと無縁とは思えない。旅への渇きを怪談が癒すというと奇妙に聞こえるかも知れないが、そうした怪談の中に出てくる地名や風物には、かつて旅したことのある場所への懐かしい思いや、未知の土地を訪れてみたいという思いを呼びさます効果が確実に存在している。そして、そうした願望がコロナ禍によって無理矢理封じ込められてしまった2020年以降、その窮屈さの反動として、「ご当地怪談」が人々の旅情を掻き立てる効果は更にパワーアップしているのではないだろうか。
今回、著者や地域がなるべく重ならないようにしつつ、現在の「ご当地怪談」がどのように隆盛しているかを示す十冊を選んだ。怪談による旅を疑似体験していただければ幸いである。
怪奇名所には事欠かない地域
『八王子怪談 逢魔ヶ刻編』
川奈まり子
竹書房怪談文庫
「ご当地怪談」の中でもヒット作である『八王子怪談』の続篇にあたる一冊。凄惨な落城伝説が残る八王子城跡、心霊スポットとして名高い殺人現場・道了堂跡、天狗伝説がある高尾山など怪奇名所には事欠かない地域なので、二冊目になっても出涸らし感は全くない。中でも、病院裏にあったデパートの地下の非常階段に頻繁に現れた人影の話や、先祖代々大工の棟梁だった家に嫁いだ女性が見聞した数々の不思議な出来事の話は圧巻だ。
全国有数の怪談密集地帯!
『新宿怪談』
吉田悠軌
竹書房怪談文庫
東京23 区のうちの一つに過ぎない地域ながら、日本最大の歓楽街・歌舞伎町、大量の人骨が発掘された戸山公園、お岩さんで有名な四谷などを含むカオスな街・新宿が舞台だけあって、本書で紹介される怪談の濃度は日本トップクラス。特に歌舞伎町に出没する正体不明の“オレンジのやつ”の怖さは筆舌に尽くし難いし、写真つきで紹介される新宿の地下空間には「本当にそんなものが存在したのか」と驚かされること必至である。
工業地帯の歴史に怪異が潜む
『川崎怪談』
黒 史郎
竹書房怪談文庫
神奈川県で横浜市に次ぐ人口を誇る川崎市。その「裏のガイドブックのような本」として書かれた本書は、古い言い伝えから現代の出来事まで、バラエティ豊かな怪談が集められている読み応え抜群の一冊である。工業地帯だけに工場を舞台にした怪談が多いし、「第六天」の祟り、陸軍登戸研究所の跡地で目撃される幽霊、一つ目の子供や老婆の出現など、川崎特有の信仰や歴史や伝承が現代まで尾を引いている事実も浮かび上がる。
凄惨な歴史に塗り込められた怨念
『鎌倉怪談』
神沼三平太
竹書房怪談文庫
武士の都だっただけに、鎌倉の歴史は合戦や謀殺と切り離せない。そのような土地柄なので「風呂トイレ鎧武者付き」と言われるほど武者の霊が出るというが、本書を読むとそれも誇張ではなさそうだ。北条一族が滅亡したという「腹切りやぐら」では特に怪奇現象が頻発しているようだし、由比ヶ浜や鎌倉の大仏といった名所にも亡者が出る。極楽寺や東慶寺には徳の高そうな僧や尼僧の幻が現れるあたり、仏教都市の面目躍如でもある。
切なさを漂わせる人情都市の怪談
『大阪怪談 人斬り』
田辺青蛙
竹書房怪談文庫
大阪生まれの著者による『大阪怪談』の続篇。「人斬り」というサブタイトルは生々しいし、実際に起きた殺人事件などが絡む恐ろしい話も多いけれども、その一方で、寿命を分け与えてくれた傷痍軍人、願いを叶える地蔵、空襲の中で舞っているのを目撃された歌舞伎の女形、望み通りに夢で死期を教えられた友人……等々、怖いというよりはどこか切ないエピソードが多いのが本書の特色であり、人情の街ならではの味わいと言えそうだ。
民話も新聞記事も奇談の宝庫
『信州怪談 鬼哭編』
丸山政也
竹書房怪談文庫
海外を舞台にした怪談実話で独自の世界を拓いた著者だが、出身地である長野県が舞台の怪談でも実力を発揮している。『信州怪談』に続く二冊目の本書では、長野各地に伝わる民話や、明治から昭和初期にかけて新聞に掲載された怪談記事も収録して地方色を強調。恋人から死相を指摘されたことで松本サリン事件に巻き込まれずに済んだ話や、東京大空襲の死者たちを乗せた列車の目撃談のような、歴史的事件絡みの貴重な話も多い。
水辺に近づけば怪異が現れる!
『東北怪談 水辺で魔物が交差する』
寺井広樹、正木信太郎
TOブックス
東北といえば「ご当地怪談」の宝庫だが、これは東北怪談の中でも、水に関係する怪談ばかりで揃えた珍しい例だ(タイトルも「浅」「氾」「濡」など水に関する一文字で統一)。水たまりから顔を出す子供、井戸の工事中に出てきた人の髪や歯、露天風呂に現れた透明な何者か、使ってはいけない離れのトイレの恐るべき秘密、ある夫婦を写真に撮った人間は必ず死ぬという連鎖……等々、不可解かつ恐怖度の高いエピソードが多い。
神秘と共存する地の百の怪談
『七つ橋を渡って 琉球怪談 闇と癒しの百物語』
小原 猛
ボーダーインク
女性シャーマンのユタ、ウタキ(御嶽)と呼ばれる祭祀の場など、琉球と呼ばれていた頃からの独自の信仰・民俗が今も息づいている沖縄。その沖縄を舞台にした「ご当地怪談」の第一人者である著者が、聖なる沼を埋め立てた者たちを襲う祟り、沖縄戦の最中に現れた巨大な片脚、脳に障碍がある兄が予言で家族を救った話など、全百話の沖縄怪談を紹介するのが本書だ。通して読むと、何かあればユタに頼る人が多いことに驚かされる。
日本全国、津々浦々に怪談あり
『全国怪談 オトリヨセ』
黒木あるじ
角川ホラー文庫
これは北海道から沖縄まで全都道府県を網羅、しかも各土地ごとの固有の事象が関係する怪談のみを収録した稀有な試みだ。東北怪談を得意とする著者だけに、鰹節をめぐる数奇な物語(宮城県)など東北各県の話は特に印象的。他にも、華厳滝で撮られた心霊写真(栃木県)、その場所から見える筈がない裏富士の幻(静岡県)、仏像の前で駄洒落を飛ばした生徒に下った罰(奈良県)など、短いながらもインパクトの強い話が満載だ。
書誌ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/301404002402/
「微笑みの国」の生々しい怪談
『タイぐるり怪談紀行』
バンナー星人
アプレミディ
海外が舞台の「ご当地怪談」も紹介しよう。バンコクの高校で日本語を教えている著者の見聞を蒐集した一冊である。「霊交信大使」と呼ばれるタイ最強の霊能者、日本人客だけが怪異を体験するホテル、タイで最も有名な幽霊「メーナーク」等々、日本では馴染みが薄いぶん新鮮でインパクトが強い怪異譚が多い一方、心霊スポットで不謹慎な振る舞いをして祟られる話など、世界共通と言えるパターンの怪談もあるのが興味深い。
※「ダ・ヴィンチ」2023年2月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
プロフィール
せんがい・あきゆき●1970年、北海道生まれ。ミステリー評論家。著書に『水面の星座 水底の宝石』『幻視者のリアル 幻想ミステリの世界観』など、編著に『21世紀本格ミステリ映像大全』『歪んだ名画』『伝染る恐怖』『魍魎回廊』などがある。
怪異と幻想の壮大な集積場「鎌倉」を特集!
『怪と幽』vol.012
●特集1「鎌倉」
澤田瞳子×米澤穂信
赤澤春彦、荒俣 宏、千街晶之、武川 佑、中野晴行、東 雅夫、山田雄司、吉田悠軌
●特集2 濱地健三郎の事件簿
有栖川有栖×山崎ハルタ
一穂ミチ、今村昌弘、織守きょうや、佳多山大地、千街晶之、マギー
●小説 京極夏彦、小野不由美、有栖川有栖、山白朝子、恒川光太郎、澤村伊智、織守きょうや、新名 智
●漫画 諸星大二郎、高橋葉介、押切蓮介 ほか
書誌ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000145/