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特集

タイBL『Grab a Bite』香り高いタイ料理に導かれた二人が摑む愛と未来

ブーム到来中!! タイBLドラマ「BITE ME」原作、待望の日本語訳版『Grab a Bite』発売!

日本のエンタメ界に彗星のごとく現れ、瞬く間に人気ジャンルとなった「タイBLドラマ」。
いまや地上派、BS、CS放送から動画配信サービスと、様々なところで見られるようになり、良作も続々登場しているこのジャンルから、新たに原作小説日本語訳版『Grab a Biteが発売されました。その魅力について、堀あきこ(大学非常勤講師)さんにご紹介いただきます。

タイBL『Grab a Bite』香り高いタイ料理に導かれた二人が摑む愛と未来

 『Grab a Bite』は、タイBLドラマ「BITE ME」の原作小説。ドラマは2021年に配信され(U-NEXTで配信中)、フードデリバリーのアルバイトをする大学生のエークと、エークに一目惚れした人気レストランのオーナーシェフであるウアとの恋の行方を、「飯テロドラマ」と言われるほど食欲をそそるタイ料理の映像を織り交ぜ描いた。
 エークを演じたのは、タイBLドラマの「Love By Chance」のケンクラ役として人気の高いマーク(Mark Siwat Jumlongkul)。ウアは、BLドラマは初出演となるズン(Zung Kidakarn Chatkaewmanee)が演じて話題となった。



 日本では2020年から人気に火がついたタイBLドラマ。眩いルックス、個性豊かな俳優たちが演じる男性同士の恋愛物語は、大学を舞台に、日本には馴染みのない学校イベントや、主人公を応援する友人たちとの関係に焦点をあてて進行するものが多い。
 こうした学園ジャンルが人気なのは日本のBLも同じだが、『Grab a Bite』の作者であるSammonは、独特の作風をタイBL界にもたらしている。Sammonは、2020年に配信され、見応えのあるクライムサスペンスBLとして話題となったドラマ「Manner of Death」(https://kadobun.jp/feature/readings/9a1p2c3m988w.html)の原作者であり、ミステリー仕立てや、社会問題を巧みにストーリーに組み込む点に特徴がある。タイ社会にある政治的腐敗や貧困、ゲイ差別や女性差別といったテーマが、BLのラブロマンスと入り組む作風で、多くの読者の信頼と人気を得ているのだ。
 ミステリーを得意とするSammonが、一転して、ポップで楽しいラブコメタッチの作品として書き上げたのが本作『Grab a Bite』だ。とはいえ、常に取り上げられるセクシュアリティやジェンダーに関する差別や経済格差は、今作でもきちんとストーリーやキャラクターに組み込まれており、そのうえで、全体として明るくハッピーな作品に仕上がっているのは、さすがSammon流といったところ。イケメンのゲイであるウアの台詞には、思わず笑ってしまうようなぶっ飛んだものも多く、ぜひ楽しんで欲しい。



 物語の舞台はバンコク。生活費の捻出のため、フードデリバリーのアルバイトに精を出す大学生エークは、ある日、商品を受け取りに行ったレストラン《イム・ウア》で大幅に待たされるハメに。退屈そうに品物を待っているエークを、レストランのオーナーシェフのウアはひと目見て、恋に落ちてしまう。
 ずいぶん年下の学生に惹かれていく自分自身に戸惑いながらも、マイペースで人からどう見られようが気にしない性格のウアは、《イム・ウア》のスタッフの応援を受けながら、エークとの距離を縮めていく。
 二人の間を取り持つのはタイ料理。エークは、瞬時に、自ら考案したレシピの香り、色、見た目を思い浮かべることができるという天才的な料理の才能を持っていた。ウアはそれに気づき、密かに料理の道に進みたいと思っていたエークを口説いて、《イム・ウア》の厨房でのアルバイトに誘う。
 料理の道を歩きはじめたエークに、ウアは料理対決番組への出場を勧める。すでにその番組で2位の座を得ていたウアは、自分のアドバイスによってエークの技術が向上することを確信していた。ウアには、料理を美しく盛り付ける技術や、最先端の調理テクニックがある。それをエークに伝授し、そして、ウアはエークから、ウアにはないエークの才能、味のバランスやさらに料理を高みに上らせるセンスを学ぶ……。

料理と恋愛。仕事でも恋愛でもパートナー

 『Grab a Bite』の魅力は、タイ料理によって出会ったエークとウアが、料理を通して接近し、独自の方法で愛と二人の未来を育んでいくという、料理と恋愛の融合にある。
 ドラマでは軽めの描写だった料理バトルのエピソードも、小説ではかなりのボリュームがあり、緊張感のあるシェフ同士の対決シーンが、物語のスピード感を高めている。料理の腕で勝負がつくシビアな世界だが、エークが諦めかけていた夢にチャレンジする場所、自分の殻を破り成長していく舞台として生き生きと描かれている。
 興味深いのが、エークの料理とウアの料理の対比だ。エークは、今は亡き祖母から伝統的なタイ料理のノウハウとエッセンスを引き継いだ。エークにとって料理は記憶とつながるものであり、料理を通してさまざまな感情を共有するものである。エークは年若いが、彼の料理には受け継がれてきた歴史や時間が込められ、奥行きがある。
 一方、ウアの料理は「見た目はいいが、味は普通」と本人も認めるものだ。モダンで美しい盛り付けは写真映えするため、人気が高い。だが、「飽きずに何度でも食べたいと思わせることができない」料理であり、見かけ倒しといえる。
 母が一人で切り盛りする田舎の食堂、レシピは祖母譲りの伝統的なタイ料理というバックボーンを持つエーク。たくさんのスタッフを抱えた都会の人気レストランで、SNS映えする華やかな盛り付けを得意とするウア。

「君は僕に欠けている部分を埋めてくれるパズルのピースなんだ」

 これはウアがエークに告げた愛の言葉だが、まさに、彼らが互いに、それぞれに欠けている料理のテクニックを埋め合わせることのできる、かけがえのないパートナーであることも示している。一生、エークと並んで厨房に立ちたいというウアの夢は、仕事上の夢であり、人生をともにしたいという夢でもある。ここに恋愛と職業がともに描かれる社会人BLの醍醐味がある。また、食とエロスの繋がりーーエロティックな行為を料理になぞらえたセクシーな表現なども、大人の魅力がある。

素直でないシンデレラ

 本作のもう1つの魅力として、料理だけでなく、コントラストがはっきりしているエークとウアの関係性があげられる。エークは感情を表に出さないが、自分の考えをはっきりと持っているクールなタイプ。対するウアはクレイジーでおちゃらけた顔と、腕が立って頼りがいのあるオーナーシェフの顔の2つの面を持つ。
 性格の違いだけでなく、経済力、年齢、キャリアと、あらゆる面でウアとエークには大きな差がある。何もかも持っているセレブのウアに見初められ、惜しげない援助を約束されたエークは、まるでシンデレラだ。しかし、エークは与えられたチャンスを前にしても、頑なともいえる態度で、ウアに甘えようとしない。まったく素直でないシンデレラなのだ。
 そんな自分の心情をエークは親友のウィットに語っている。

「もし今、[ウアと]つきあったら、僕は多くを失うだろう」
「今の僕はまだ何も成し遂げていないから、ピー・ウアとは釣り合わない。だから、チャンピオンになることで(……)栄誉を手に入れたあと、彼ともう一度話し合いたいと思っている」

 男性同士という対等性、その関係に再び持ち込まれる格差。片方が庇護され、甘やかされ、全面的な愛情を注がれるという物語も楽しいが、本作のように、格差を乗り越えていこうとするストーリーは、キャラクターの成長と二人が慎重に関係を築いていく過程を楽しむことができる。二人の間に横たわる格差を、お互いを尊重しあいながらゆっくりと打ち破っていく様子に、読者は応援の声を送りたくなるのではないだろうか。
 そして、二人の関係で主導権を握っているのはエークであることもポイントとなる。地位も金も名声も料理の技術も、すべてを持っているウアが、料理の才能以外、何も持っていないエークに振り回されるというギャップは、本作の要となっている。

*****

 ドラマ版ではスローテンポだったエークとウアのラブストーリーだが、小説ではそれぞれの心情や経緯が丁寧に書き込まれているため、二人の言葉や行動に寄り添いながら読み進めることができる。また、エークの親友ウィットと、ウアの同僚であるプレームとの間のラブストーリーはボリュームとスピード感があり、なかなか進まないエークとウアの関係と好対照となっている。
 そして、タイBLでおなじみの、エークを励ます大学の愉快な仲間たちも物語を楽しく盛り上げてくれる。ウアの周りにも辛い出来事を一緒に乗り越えてきた相棒の女性・ヌーナーや、幼馴染でもあるプレーム、因縁のあるライバルの存在などがある。それぞれの人間関係が、二人のラブストーリーにさらに奥行きと広がりを与えている点にも注目してほしい。

(画像提供/U-NEXT) 

作品紹介



Grab a Bite
著者 Sammon 訳者 リリー
定価: 924円(本体840円+税)
発売日:2022年01月21日

ブーム到来中のタイBLドラマ「BITE ME」原作、待望の日本語訳版!
大学生のエークは、食事の宅配サービスでバイト中。
シェフになるのが夢だが、故郷の母のため、卒業後は企業に就職するつもりだ。
ある日、人気レストランの料理を注文されたエークは、
手違いで長時間待たされる。
責任を感じたオーナーシェフのウアは、エークに謝ろうと彼を見て、一目で恋に落ちてしまう。
そうとは知らず後日店に呼び出されたエークは、ウアに才能を認められ、
料理を教わることになり……!?
シンデレラ的ラブストーリー!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322105000254/
amazonページはこちら

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