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レビュー

タイBL『The Red Thread』甘く切ない恋模様と骨太なストーリーの魅力を読み解く

書評家・作家・専門家が新刊をご紹介! 本選びにお役立てください。

The Red Thread』書評

評者:堀あきこ

The Red Thread』は、タイBLドラマ「Until We Meet Again」の原作小説。ドラマは2019年から配信され、タイを含めた海外での人気は高く、YouTubeでのドラマの再生回数は2億回を超えている(現在、日本からのYouTubeは視聴できない)。IMDb やMyDramaList といったレビューサイトでは高評価を得ており、原作小説も、タイの電子書籍サイトのmeb では、2019年Yaoi(BL)小説のトップ・オブ・ザ・イヤーに選ばれている。

 日本でもたくさんのファンの心を摑んで、いち早くDVD-BOXが販売された。また、原作小説の日本語翻訳だけでなく、すでにコミカライズ版の連載が『電子版CIEL』で始まっている。タイで書かれたBL小説がドラマ化され、日本でも人気となって翻訳やコミカライズされるというのは、これまでにない多メディア展開といえる。

 日本語版の小説は、翻訳を、同じくタイBL小説である『Manner of Death』を手掛けた南知沙、表紙は野ノ宮いとによる(ぜひ、上下巻を並べてみてほしい)。


The Red Thread 上/下
著者 Lazysheep カバーイラスト 野ノ宮 いと 翻訳 南 知沙
定価:各 1,650円(本体1,500円+税)


 コミカライズは晴山日々子が手掛けている。連載が始まったばかりだが、ドラマや小説とは異なる魅力があり、テンポのよさと作品の要となる仲良し三人組(パーム、マナウ、ティーム)の雰囲気がとてもかわいい。


コミカライズ版『The Red Thread』より、(左)ディーン・パーム/(右)「仲良し三人組(パーム、マナウ、ティーム)」


 このように『The Red Thread』と「Until We Meet Again」は広く、深く愛されている作品といえるのだが、その魅力がどこにあるのかを、小説『The Red Thread』から考えてみたい。

物語をロマンティックにする、前世での記憶と約束

 この小説は、複雑なプロットと、込み入った伏線を持つ。なぜなら、30年前の1組の恋人(コーンとイン)のストーリーと現在のストーリーが、前世と現世――輪廻転生、生まれ変わり――として交差しながら進んでいくためだ。

 現世の主人公は、パームとディーン。大学に入学したパームは、すぐにティームとマナウという友達を得る。水泳部の選抜テストを受けるティームを応援しに行ったパームは、水泳部部長のディーンをひと目見ただけで、涙がひとりでにあふれるほど心惹かれてしまう。一方、ディーンもパームのことが頭から離れない。引き寄せられるように近づいていく二人の距離。しかし、思いの高まりと同時に、不安と恐怖を与える悪夢を二人は頻繁に見るようになる……。

 自分ではどうしようもないくらいに相手に心を奪われてしまうのは、運命の相手だからなのか。生まれ変わり、前世での記憶と約束、といったロマンティックな物語でしばしば見られるモチーフが登場するが、全体の謎はなかなか明らかにならない。二人の恋は、謎に包まれた不安な気持ちと、「死にそうなほど、息が止まりそうになるくらい、会いたかった」という激しい感情に揺れながら、進行していく。

 不安を生じさせるのは、二人の見る悪夢が、恋人同士が引き裂かれたことで起こった悲劇だからだ。悲しすぎる前世での恋の記憶は、ディーンの愛情を無条件に受け入れることをパームに躊躇わせる。誰も反対せず、恋する二人を阻むものは何もないのに、記憶がしこりとなって影を落とすのだ。ディーンの甘い言葉や態度と、二人の間に落とされる影との緩急のバランスが、読者の心を摑む。小説ではディーンとパームの恐怖、不安が何に起因しているかが、より詳細に書かれているため、さらに物語世界に奥行きが増していく。

複雑なパームとディーンの関係性

 もう1つの魅力は、パームとディーンの対照性だ。パームは小柄でかわいらしく、タイ料理クラブでお菓子作りに励み、友達や周囲の人への心遣いも細やかだ。対して、ディーンは高身長でクールな雰囲気を持つ。また、水泳部の真面目すぎる部長であり、口数は少なく、弟妹とも打ち解けていない。

 マナウが「守ってあげたい感じ」と言うくらいパームは華奢で、大柄なディーンが騎士のように、常にパームの側にいる。一見すると二人の関係は、守る「攻め」と守られる「受け」のようだが、その関係性はもっと複雑だ。パームへの熱情で暴走しかけるディーンをたしなめたり、重くなってしまった空気をやわらげたり、不安にかられたディーンの背中を撫でて落ち着かせたりするのはパームである。壊滅的に見えた弟妹との関係の修復にもパームは寄り添い、一方的に守られるだけでなく、ディーンを励まし、守っているのだ。BLにおける攻めと受けの力関係は複雑で、見た目の対照性がそのまま力関係を表しているとは限らない。かわいらしくも強いパームに守られるディーン、という二人の関係性に注目してほしい。

 身長差と雰囲気の対照性から、パームは女性的な役割を与えられたキャラクターに見えるかもしれないが、そのような一面的な関係ではない。また、ディーンのむっつりスケベなところだけでなく、パームの欲望が描かれていることも、小説の魅力となっている。

30年という時間の経過に込められた意味

 最後にあげたい本作の魅力は、30年という時間とその間に起こった変化を、二者関係に閉じずに描いている点だ。『The Red Thread』は、前世で孤独と絶望に打ちのめされた恋人たちの記憶を、誰も同性愛を咎めない環境にいる恋人たちが追体験する。コーンとインが自分で命を絶たなければならなかった原因は、当時強かった同性愛嫌悪であり、苦悩を分かち合える人がいないという孤独だった。

 同性愛に対する社会的な意識は、日本でも30年前に比べると変化している。しかし、その変化は、自然に起こったものではなく、ホモフォビアと闘った人びとや、悲しい選択を取るほかなかった人びとの歴史の上にあるものだ。

 30年前、コーンとインの恋を表立って支えてくれる人はいなかった。しかし、ディーンとパームの恋は、親や兄弟、親戚、友人たちから応援を受けるものへと変化している。この変化をもたらしたのは、コーンとインの死の遠因や近因となった人たちだ。彼らは悔い、苦悩し、謝罪を続けた。命を失わせてしまったことへの贖い、30年間の後悔は、ホモフォビアに立ち向かう力となる。コーンとインの情熱的な愛は二人の関係の中で行き詰まってしまったが、周囲の人たちの贖罪によって、現世で、温かく見守られるものへと変化したのだ。

 そして、祝福を受けたディーンとパームの愛情も、お互いだけでなく、二人の周囲にいる人たちへも向けられるものへと変化している。家族や友人、すでにこの世にはいない人たちを赦し、愛する気持ち。彼らは、過去の記憶と向き合うことで自分の気持ちと向き合う経験をし、そこから強さを得た。その強さによって、愛情が二人の間だけに収まらないものになったのだ。

 情熱的な激しい恋愛から、自分たちを支えてくれている人たちへの愛情も含めた恋愛へ。30年の変化を、ロマンティックな恋人同士のストーリーとしてだけ描くのではなく、悔いを抱きしめながら生きてきた人たちの存在を描くことで、甘さを備えた骨太の作品となっている。

書誌情報



The Red Thread 上/下
著者 Lazysheep カバーイラスト 野ノ宮 いと 翻訳 南 知沙
定価:各 1,650円(本体1,500円+税)

前世の記憶を持つ青年たちが紡ぐ感動の純愛ラブストーリー!
コーンの生まれ変わりであるディーンとインの生まれ変わりであるパーム。
ふたりは運命の赤い糸に導かれるように出会い、急速に惹かれあう。

クリスマス、新年の初詣、水泳部の旅行……
一緒に過ごす時間が増えるほどに絆は深まるが、前世の苦しい記憶にパームは苛まれていた。
それでもディーンが傍にいてくれるなら、過去に縛られずに前に向かって歩き続けると誓う。
しかし、お互いの血筋にコーンとインの存在が見え始めて――。

前世から続く赤い糸。今世での成就を願うが――…?

タイ発、人気BLドラマ『Until We Meet Again』の原作、待望の日本語版!
詳細:(上)https://www.kadokawa.co.jp/product/322009000668/ (下)https://www.kadokawa.co.jp/product/322101000629/

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