刊行記念イベント開催! 新刊『ニュー・エリートの時代』抜粋掲載
新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延は、日常生活はもちろん、ビジネスに大きな影響を与えた。いま起こっている大きな変化をとらえ、その波に飲み込まれないためにどうしたらいいでしょうか。
Windows95/98のチーフアーキテクトを担うなど“伝説のプログラマー”として著名な中島聡さんの新刊『ニュー・エリートの時代』から、一部を抜粋掲載します(本記事の最後には刊行記念イベントの情報もあります。是非ご確認ください)。
『ニュー・エリートの時代』著 中島聡 (一部抜粋)
本当のDXは「業界の外」から起こる
ここ数年、DX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉を目にすることが増えました。
もともとの意味は、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という汎用的なものでしたが、最近は「企業がテクノロジーを利用して事業の業績や対象範囲を根底から変化させる」という意味で使われることが増えてきています。
特に日本では、私が普段〝ITゼネコン〞と呼ぶSIer(エスアイヤー/システムインテグレーションを業務とする人・会社)が、DXをキーワードとして、新たなビジネスの受注に結びつけようとしています。
多くの企業がDXビジネスを追求しているなかで、例えば富士通は、自社の最大の強みであるテクノロジーと、強固な顧客基盤に支えられた業種業務ノウハウを活かすことで、「お客様、社会が求める価値を実現するDXを追求していく」として「企業のDX」を担う会社になろうとしています(富士通のサイトより)。
また、NECの自社サイトでは、「めまぐるしく変わる社会や顧客のニーズに合わせて、新たな価値をスピーディーに生みだしていくためには、ビジネスのやり方や組織の振る舞いそのものの変革が求められる。DXの実現は、企業が将来にわたって競争力を維持し続けるための必要条件であり、重要な経営課題の一つとなっている」といった趣旨の説明をしています。
経団連が数年前にようやくパソコンを導入したことからもわかるように(参照:「経団連会長の執務室、ついにPC導入。中西会長『正直、無いのは驚いた』 事務方『対面が基本だから…』」ハフポスト日本版、2018年10月24日)、日本企業のIT化は、欧米と比べて大幅に遅れています。その意味では、そんな企業から「DX予算」をもらうことを狙う戦略は、SIerの商売としては正しい選択だと思います。
しかし、私は本当のDXは、「業界の外」から起こると考えています。
たとえば多くの書店が、IT技術を駆使したAmazon に淘汰されつつあるように、過去のしがらみを一切持たない企業が、IT技術を最大限活用し、業界のあり方そのものを変えてしまうのです。つまり、「テクノロジーを活用した企業の新規参入により業界のビジネスのやり方が根底から変わる」のがDXなのです。
とはいえ、業種によっては、既存の企業の圧倒的なブランド力や規制により、新規参入が簡単ではない(つまり、DXには時間がかかる)産業があります。典型的な例が銀行です。
技術的・経済的に見れば、インターネットを最大限に活用した、店舗をもたない「ネット銀行」が圧倒的な勝利を収めてもしかるべきなのに、消費者による「信用」が重要で、かつ、数多くの規制がかかったこの業界で、フィンテック・ベンチャーがシェアを奪うのは簡単ではありません。
新型コロナウィルスがもたらす「進化圧」
しかし、そんななかで起こった、新型コロナウィルス騒動は、様々な業界に大きなストレスを与えており、それが「進化圧」となって、DXが加速しつつあります。
最も顕著なのが、小売業界です。コロナ騒動前から、小売業界はオンラインに客を奪われ、苦しい戦いを強いられていましたが、コロナウィルスによるロックダウンとshelter-in-place(在宅避難)が、「ラクダの背を折った最後の一本の藁」となり、彼らに壊滅的なまでのダメージを与えています。
CNBCで報道された「Over 50% of department stores in malls predicted to close by 2021, real estate services fi rm says」(2020年4月29日)によると、米国のデパートの50%以上が2021年の末までには閉じられ、これが(有名デパートを広告塔として集客している)ショッピング・モール・ビジネスに大きなダメージを与えることになると予想されています。
コロナ騒動がどのくらい続くのかを予測するのはまだ難しい状況ですが、その後の人々のライフスタイルが以前のものとは大きく変わることを想定すれば、デパートどころか、ショッピング・モールの存在すら危ぶまれる状況になります。
とはいえ、今のオンライン・ショッピングがすべての小売を代替することはできないので、今後は、「通常の小売にあって、オンライン・ショッピングにないもの」を補うテクノロジーやビジネスが伸びることは予想できます。
すぐに思いつくところでは、
・VR(バーチャルリアリティ)やAR(拡張現実)を活用したショピング体験の提供
・ 映像体験とショッピング体験の融合(例:映画の中で、俳優が着ているドレスをすぐに購入できる機能など)
・ 試着サービス(試したい服が、サイズのバラエティも含めて自宅まで届き、気に入ったものだけを購入し、残りは返品できるサービス)
などがありますが、他にも様々な試みが行われると思います。さらにこれを機会に、一部の商品に関しては、「購入して所有するもの」から「必要なときだけ借りるもの」へのシフトも加速する可能性があります。
新しいライフスタイルを捉えたビジネス・アイデア
「配送」に関しても、改善の余地はたくさんあり、
・家庭用の宅配ボックス
・宅配ロッカー・サービス
・ギグ・エコノミーを活用した配送ネットワーク
・無人配送(ドローンや自動運転配送カーの活用)
などにビジネス・チャンスがあると思います。
また、3Dプリンタがさらに進化すれば、消費者に近い場所でオンデマンド生産することもできるので、流通そのものを改革することも可能になるでしょう。
ちなみに、配送の問題は、私が OwnPlate プロジェクト(テイクアウトの事前予約・オンライン決済用ウェブページを無料でスピーディに立ち上げることができ、サービス利用料、販売手数料もかからないウェブサービス)で取り組んでいる料理のテイクアウト・サービスでも解決する必要があるので、いろいろとアイデアを練っています。
そのうちの一つが「商品受取所」というコンセプトです。
家具のように重いもの以外は、個別配送はどう考えても効率が悪く不便なので、自宅の近くの「商品受取所」に届いた商品を、消費者が取りに行くという形が長い目で見ても正しいと私は考えています。
この「商品受取所」はコンビニやコインランドリーに併設するのがよいと思いますが、そこにはロッカーがずらりと並んでおり、オンラインで注文した商品は、Amazon も含めどこから購入したものかに関係なく、そこに届きます(配送ビジネスの一部と考えてください)。
購入者には、購入した商品が受取所に届いたという情報が電子鍵と共に届き、それを使ってロッカーを開けて商品を受け取ります。
レストランからの食べ物も受け取ることを可能にするため、冷蔵や保温機能付きのロッカーも用意しておきます。規定の保存期間が過ぎても受け取り手が現れない場合には、自動的に破棄(もしくは、フードバンクへ寄付)します。
「商品受取所」の裏方には、産業用の3Dプリンタが設置されており、オンデマンド生産のほうが適したものに関しては、そこでプリントし、ロッカーを経由して消費者に渡されるのです。
これが実現すれば、この仕組みを活用し、生産設備や在庫を一切持たず、3Dプリンタ用の設計図だけで商売をするバーチャル・マーチャントが誕生すると思います。
ちなみに、このアイデアのベースは、Amazon Lockers⦆ です。Amazon Lockers は、Amazon から購入した商品を受け取るための専用のロッカーですが、Amazon だけで使うのはもったいないので、配送サービスの一部として、Amazon を含めたすべてのオンライン・ショッピング・サービスに対して提供するわけです。
配送会社にとっては、受け取り手が自宅にいない場合の再配送が不要になるだけで大幅なコストカットになる上に、個別配送と比べるとはるかに効率が良いので、良いことずくめの仕組みです。東京のように渋滞が激しい地域では、早朝や夜間配送をすることにより渋滞を避けることも可能です。
消費者にとってみれば、配送を受け取るためだけに家にいなければならない、というストレスから解放され、夜中に届いた商品を朝取りに行く、日中届いた商品を会社帰りに受け取るなど、ライフスタイルに合わせた商品の受け取りが可能になるのが利点です。
以上はアイデアの一つの例ですが、このような新しいビジネスも、ライフスタイルの変化から生じる潜在ニーズをつかまえることで生まれるはずです。
否応ない「進化圧」をどう捉えるかによって、ビジネス・チャンスにつなげるのか、それとも淘汰されるかが決まります。
(全文は本書でお楽しみください)
『ニュー・エリートの時代』刊行記念 オンライン・イベント開催!
中島聡『ニュー・エリートの時代』刊行記念 オンライン・イベントを開催します。本記事を読んで、より深い話を聞いてみたいと思われたら、下記URLをチェックしてみてください!
『ニュー・エリートの時代』刊行記念ウェビナー 細かすぎて本に書ききれなかった深い話と、近い未来の話
詳細:https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/01phrfu0bsj11.html
講師:中島聡(ソフトウェア・エンジニア)
開催日時:2021/5/8(土) 11:00~2021/5/8(土) 13:00
書誌情報
ニュー・エリートの時代 ポストコロナ「3つの二極化」を乗り越える
著者 中島 聡
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322004000017/