4月25日、角川文庫で『産業医・渋谷雅治の事件カルテ シークレットノート』が刊行されました。著者の梶永正史さんは2014年に第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した『警視庁捜査二課・郷間彩香 特命指揮官』でデビュー。それ以降、警察小説を数多く執筆されてきました。本作はこれまでの主戦場とは違い企業が舞台のミステリ小説。主人公の職業も〈産業医〉です。職業としてはよく耳にしますが産業医とはどんな仕事なのでしょうか? 産業医についての解説を交えつつ、本作執筆のきっかけ、創作秘話について梶永さんにお話を伺いました。
取材・文:角川文庫編集部
存在は知っているけれど実態はよくは知らない産業医
――書き下ろし最新作『産業医・渋谷雅治の事件カルテ シークレットノート』は、産業医として電機設備製造大手と契約している主人公・渋谷雅治が、自殺した営業部社員の死の真相を追ううちに会社のリコール問題に辿りつく、というミステリ小説です。そもそも産業医とはどんな職業なのでしょうか? 2019年4月からスタートした働き方改革関連法で「産業医・産業保健機能」が強化されたことを受け、会社での産業医の存在感は以前より増しました。しかし、その実態を知っている、という人は多くはないようです。
「何をしているか意外と知らない、という人は多いと思います。私もそうでした。私が産業医と接するようになったのは、2年前に会社で衛生委員を務めることになってからです。会社に勤めていても、会う機会がない人のほうが多いのではないでしょうか。ちなみに企業側は、常時労働者数50人以上で産業医選任の義務があり、従業員数によって選任する産業医数や専属か嘱託かが定められています」
産業医=「保健室の先生」ではない?
――産業医とは、事業所で労働者が健康で快適な作業環境のもと仕事が行えるよう、専門的立場から指導・助言を行う医師をさします。学校でいう「保健室の先生」を思い描く人が多いと思いますが、実際は違うようです。
「産業医は基本的に医療行為はしません。働いている人の健康障害の予防や心身の健康保持・促進、労働環境改善などを目的としているため、医療行為に携わることはできないんです。衛生委員会でも基本的には社員の健康管理、職場環境の改善指導がメインでした。冬ならインフルエンザ、夏なら熱中症の予防についての講話。通路に不要なものが置かれていないかをチェックして改善指示、という具合です。今ならテレワークによる種々の問題にどう対応するかなどのアドバイスをしてくれるでしょうね。面白いのは医師免許を持っていれば、その専門性は問わないというところ。私の会社の産業医は眼科医でした。医師免許プラス、研修を受けて厚生労働省の定める要件を備えれば資格が取得できるようです。今回の小説でいうと、主人公は精神科医です」
小説のネタとしてずっと温めていた
――働き方改革が進められる中で、産業医の役割も広がっています。だんだん身近な存在になってきている感のある産業医。それを主人公の職業にするというきっかけはなんだったのでしょうか。
「やはり衛生委員になって産業医の方と直接やりとりをしたことがきっかけですね。小説のネタとして使えるな、と直感的に思いました。企業の規模、業種、専属か嘱託か、医師としての専門領域は何なのかなど、産業医と一言で言っても置かれている立場も違えば各人が持っているポテンシャルも幅が広い。義務だからとりあえず置いているという会社もあると思うので、携わる仕事の範囲も狭かったり、広かったりするはずです。そうしたことをひっくるめて、小説の素材としてこれほど料理のしがいのある職業はないなと。役割と立場が多岐にわたっているのであれば、一人ぐらいこんな産業医がいてもいい。創作できるふり幅が大きいなと思ったんです。実際の産業医の先生方が読んだら『こんな産業医はいない』と言われそうですが(笑)。でも、小説として楽しんでもらえたらうれしいなと思っています」
――実際に産業医の方の中には、一人で建設、保険、IT企業など10社以上で業務をしているケースがあるそうです。携わる会社の数が多い分、それぞれの会社が抱える負の部分を見てしまうこともあるかもしれません。
「社内にいながらも社員とは違って客観的に会社を見ることができるのが産業医です。業務の過程で会社の負の側面に気づくことも、もしかしたらあるかもしれません。それが従業員の快適な仕事環境を妨げるものであれば指導・助言していく、というのがそもそもの役割です。結局、社員に関する問題は会社そのものに直結することなので、ある意味で会社を診て、会社を治す存在でもあると思います。会社の中に芽吹いた小さな過ちは、放っておけば時として大きな惨事を招くこともあります。企業が誤った道に進みそうになったとき、産業医はそれを治すことができるのか。そういったことも今回の小説のテーマとして盛り込みました。ミステリとしての謎解きの楽しみと、企業小説としての醍醐味、双方を味わっていただけるとうれしいです」
『組織犯罪対策課 白鷹雨音』がドラマ化されたばかりで話題沸騰の著者、待望の新刊であり、史上初の産業医探偵が活躍する本作。近日、試し読みも公開いたします!
作品情報
産業医・渋谷雅治の事件カルテ シークレットノート
著者 梶永 正史
定価: 792円(本体720円+税)
史上初!? 産業医の名探偵。人の先に、会社も診る!
産業医として電機設備製造大手と契約していた渋谷雅治は、営業部社員が自殺したことを受け再発防止のために実態調査を頼まれる。関係部署を回り、その社員について情報を集めていく渋谷。すると当初感じていた自殺者の人物像が変わっていき、原因がわからなかったその死が、ひとつの真実を導き出していく。やがて背後にリコールすべき重大案件が隠されていることがわかり……。彼はなぜ死んだのか? 産業医探偵が謎に迫る!
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