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特集

美少年探偵とペット扱い助手の妖怪事件簿 「地獄くらやみ花もなき」シリーズ新刊刊行記念!  特別ショートストーリー「櫻待ち」公開!

路生よる「地獄くらやみ花もなき」シリーズ最新刊『地獄くらやみ花もなき 捌――冥がりの呪い花、雨の夜語り』発売!

「地獄くらやみ花もなき」シリーズは半妖の美少年西條皓と、彼の家に居候している遠野青児が探偵とその助手として活躍する人気妖怪ミステリー。本日は、その最新刊『地獄くらやみ花もなき 捌――冥がりの呪い花、雨の夜語り』の刊行を記念して、スペシャルショートストーリーを公開します。

▽「地獄くらやみ花もなき」シリーズ特設サイト
https://kadobun.jp/character-novels/character-novels-series/jigoku/



「地獄くらやみ花もなき」シリーズ特別ショートストーリー
「櫻待ち」

作 路生よる

 ひらり、と視界に白い何かがよぎった気がして皓は瞬きをした。
 はたして一片の花弁か、一羽の蝶か。
 白にごく薄ら紅の滲んだその色は、桜の花弁のようにも見える。が、瞬きをした一瞬で見失ったものか、手をのばす間もなく消えてしまった。どうやら木漏れ日による目の錯覚だったようだ。
「お疲れのご様子ですね」
 横から聞こえた声に顔を向けると、いつも通りの書斎――壁一面を占める本棚を背に、ティーワゴンを押す紅子の姿があった。
 黒めがちの目には、まるで鏡面のように主人である皓の姿が映っている。薄墨の白牡丹を肩に咲かせた白装束。年中変わり映えしないその姿に、疲労や焦燥の影はとくだん滲んでいないはずなのだが――。
「紅子さんにはそう見えますか」
「いえ、手が止まっているご様子でしたので」
 ああ、と自然に唇から苦笑がこぼれた。 
 テーブルの上には焼きたてのアップルパイののった皿がある。が、無意識のうちにフォークを口に運ぶ手が止まってしまっていたようだ。
「アップルパイを前にすると、どうしても顔を思い出すな――と思いまして」
 ちらりと向けた視線の先には、空っぽになった椅子がある。その椅子を定位置としていた人物――助手兼居候である遠野青児の不在を証明するように。
 昨年十二月、青い幻燈号を舞台にくり広げられた悪夢じみた一夜を終えて。 
 共に生死の境をくぐり抜け、居候先である樒の木の屋敷へと生還した青児は、その後一時的に同居を解消し、避難先である賃貸アパートに身を寄せている。それも、他でもない皓自身の指示によって。
〈どう生きていくか、もう一度、一から考えてみようと思っています。僕が、この先も僕でいられるように。何にせよ無事に帰ってくるつもりですよ、なにせ僕ですので〉
 そう啖呵を切った手前、今ここに青児がいないことに対する不満は欠片もない。ただ一つだけ、物申したいことがあるとすれば――。
「マメに連絡をとるタイプではないだろうな、とは思ってましたが、まさか引っ越しの翌日から音信不通になるとは」
「なるほど、まだ青児様からメールも電話もありませんか」
 肯定の返事のかわりに、皓は深々と溜息を吐いた。
 ――そもそもの話。  
 猪子石大志という幼馴染みについて――青児が〈以津真天〉の罪を負うはめになった顛末を聞く限り、大学を卒業してからずっと、電話やメールはおろか年賀状のやりとりもしていなかった背景がうかがえる。
 なので、おそらく誰に対しても音信不通になりがちなタイプなのだろう。そして、考えられる原因は――。
「青児さんの場合、自分のことを他人に話す習慣がないんじゃないかと。その上、本人の自覚がないように見えます」
 秘密主義――というのともまた違う。
 あえて無遠慮に突っこんだ質問をしても、ごくごくあっけらかんとした答えが返ってくるので、おそらくは〈別にわざわざ言うほどでもない〉の一言で物事すべてを片づけてしまっているのが問題なのだ。
 思うに、本人いわく放ったらかしで育ったこと――たとえば、その日に学校であった出来事を話す相手がろくにいなかったことが原因にも思える。が、肝心の本人にその自覚がないとなると――なおさら淋しいことではないだろうか。
「ただ今回の件に関しては、皓様からメールを送ることも可能ですので――結局のところ、妙なところで意地を張る癖があるのが原因ではないかと」
「それを言われてしまうと立つ瀬がないですね。ただ、あんな啖呵を切ってしまった手前、なんの成果もなうちは合わせる顔がないというか」
「本音を言いますと、はたで見ていてそこそこ鬱陶しいです」
「……子供じみた意地の張り方だとは思いますが、反省するのは大人になってからにしようと思います」
 コホン、と空咳をしてそう言った。  
 誰しも譲れない一線というものはある。たとえ青児の方は、ここ一ヵ月の間、皓から連絡がないことに気づいているかどうかすら怪しいとしても。
「よろしければ引っ越し先のアパートにペット用の見守りカメラを設置することもできますが」
「……忘れてください」
「かしこまりました」
 深々と溜息を吐いてフォークを握り直した。
 サク、とフォークを立てたアップルパイを一口頬張ると、とろっと柔らかく煮こまれた果実の甘みが口一杯に広がるのを感じる。その甘みをティーカップの底に残っていた紅茶で飲み下して、独り言のように呟いた。
「ただ、こうしてアップルパイを食べていると、青児さんにも食べて欲しくなるので、なるべく早く片をつけようと思っています、なにせ僕ですので」
「ええ、そう願います」
「……そこは気休めでも賛同してもらえると」
「青児さんに召し上がって頂きたいのは私も同じですので。それに『ですね』と応えるのは私の役割ではありませんから」
 不意討ちめいたその言葉に、皓は瞬きをして紅子を見た。眩しい光を目にしたように双眸を細めて。
 ですか、という呟きに応える声は、今はまだないけれど。

  *

 ――ぶあっくしょい、と。
 青児がクシャミをすると、鍋のお湯を捨てたシンクがボコッと鳴った。
 鍋の中身はスーパーの半額セールで買った冷凍うどんだ。どうもIHコンロの火加減を間違えたらしく、正直茹で具合はイマイチだが、惣菜コーナーで入手した焼き鳥盛り合わせつきなので、昼食としては上等だろう。動物性タンパク質と炭水化物さえ揃えば、向かうところ敵なしだ。
(花粉症……は、まだ早いよな。去年インフルエンザをやったばかりだから、もう風邪は勘弁して欲しいけど)
 ズゾゾ、と丼に盛って醤油で味つけしたうどんを吸いこんで、青児はすんと鼻を鳴らした。食事のために移動した先は、ダイニングキッチンとひと続きになった洋室だ。
 バス・トイレ別の1DK。さらには駅近・オートロック式・オール電化という築浅物件で、以前青児が住んでいたメゾン犬窪――風呂なしエアコンなしゴキブリつきのボロアパートと比べれば、まさに段ボール箱とペットホテル、もとい地獄と天国の差だ。
(家具家電つきって聞いてたけど、まさか液晶テレビとか、床に敷くラグマットまであるとは思ってなかったんだよな)
 すでに半年分振りこみ済みという家賃の額を考えると、まさに皓少年さまさまだ。
 入居したばかりの頃は、今にも傷や染みをつけてしまいそうで、借りてきた猫よろしくビビリ倒していたのだが、〈この世にガムテープで直せないものなど何もない〉というヤケクソな自己暗示で克服して以来、スーパーで値引きシール待ちをしたり、行きつけの公園で散歩中の犬に吠えられたりと、日々アパート暮らしを満喫している。
 もっとも、日払いの単発バイトをこなしつつ、どうにか腰を落ち着けることのできそうな仕事先を探しながら――ではあるけれど。
(けど、俺がいくら自炊したって味がイマイチなのと同じで、働きっぷりがイマイチなのは相変わらずなんだよな)
 なにせ青児なのだ。
 皓少年と出会って色々なことがちょっとずつマシになった気がしていたけれど、青児が青児である以上、しごできアルバイターに進化できるわけでもない。
ただ、そんな自分を「青児さんは、本当に青児さんですねえ」と受け入れてくれる存在ができたというだけで――けれど、ただそれだけで、なんとなく頑張れるような気がしてくるのも確かだった。
 ただ最近は、ぽつんとテーブルに並んだ一人分の食事を目にする度、〈淋しい〉という言葉が頭に浮かぶことに、自分でも驚いてばかりだけれど。
(今は俺がメールや電話をしたって邪魔なだけだろうけど……美味しそうなものを見かけると、どうしても皓さんと紅子さんの顔が思い浮かぶんだよな)
 一緒に食べて欲しくなる――ということなのだろう。
 どうせなら一人暮らしをしている間に、手料理の一つでもふるまえるようになっておくべきかもしれない。せめてスーパーで買った焼き鳥を美味しく温めるコツが身につけば、紅子さんの目を盗んで皓少年と二人で飲み会を開くことだってできるだろうから。
 ただいま、と言える日がいつになるか、今はまだわからないけれど。
「……よし」
 空になった丼やプラスチックのパックをテーブルの端に寄せて、コンビニで入手した求人情報誌を広げる。 
 と、不意に。
 白く小さな何かが視界をよぎって「あれ」と思わず声が出た。フローリングの床に落ちたそれを拾い上げると、小指の爪ほどの大きさをした花びらだった。白にごく薄く紅を滲ませた花弁は、桜のようにも見える。
 どこか近くに早咲きの桜が生えているのだろうか。まだ季節は冬のままだけれど。
(いつか三人で桜を見ることができますように)
 いずれ来るその日を信じて、青児は一人テーブルに向かった。
  ――今はここにいない二人と、同じ春を待ちながら。

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地獄くらやみ花もなき 捌――冥がりの呪い花、雨の夜語り



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魔王ぬらりひょんからの依頼で怪談会に出席することになった皓と青児。他の参加者は一癖も二癖もある強者ばかり。恐々百物語に加わる青児だったが……。黒猫の獄舎から生還した直後に起きた「百物語事件」と、凜堂兄弟が探偵社を設立するきっかけとなった、まだ10代の少年だった彼らの活躍を描いた「ドッペルゲンガー事件」を収録。クライマックスへ向けて目が離せない! 美少年探偵とペット扱い助手の妖怪事件簿、第8弾!
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▽「地獄くらやみ花もなき」シリーズ既刊はこちら
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