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特集

これは外せない! 海堂尊のおすすめ小説5選(選:東えりか)

医学のひよこ』『医学のつばさ』の連続刊行を記念し、海堂尊作品の中から特におすすめの「小説」5冊を、「桜宮サーガ」の名付け親でもある東えりかさんにご紹介いただきます。

『医学のひよこ』『医学のつばさ』連続刊行記念! 東えりかさんが選ぶ海堂尊のおすすめ小説5作品

文=東えりか

 作家・海堂尊の登場は衝撃的だった。 2005年『チーム・バチスタの崩壊』(後に『チーム・バチスタの栄光』に改題)が第4回「『このミステリーがすごい!』大賞」を選考した文芸評論家たちから「圧倒的に面白い作品がある」と早くから囁かれていたのだ。案の定、選考会開始から数十秒という最短記録で受賞が決定した。選評も絶賛の嵐で、これも応募の新人賞では珍しい。
 43歳での受賞というのは少々とうが立った新人作家ということになるが、現役の医師でなければ書けないうえに、文体や展開も既に完成されたミステリーであったのだ。
 それから16年。医療小説というジャンルの第一人者として確固とした立場にある海堂尊はノンフィクションの優れた書き手でもあるが、今回は「小説」に限って私のベスト5を選んだ。

2006年1月『チーム・バチスタの栄光』(宝島社)

 この小説の登場で、医療小説といえば『白い巨塔』というイメージがガラリと変わったと言ってもいいだろう。
 心臓手術としては画期的な手法であるバチスタ手術の裏に隠された連続殺人事件を、大学病院の冴えない医師、田口公平と厚生労働省の奇人の役人、白鳥圭輔が解決するという派手で見事な演出に多くの読者は驚き、あっという間にベストセラーを駆け上っていった。のちにこのコンビは海堂作品に欠かせない登場人物になっていく。
 内容に関しては多くは触れない。なにしろ映画にもテレビドラマにもなり、今でも「バチスタ」といえば「あの作品ね」と理解されるほどのロングセラーなのだから。
 ただこの作品を語るとき、どうしても特殊で派手な心臓外科手術に目が行きがちだ。大学病院という舞台も、天才外科医と彼が率いるチームのなかの軋轢も、一般読者でも理解するのは難しくない。
 だがこの物語にはもう一つの注目点がある。海堂尊が本業の医師として、どうしても描きたかったもの、それはミステリーの解決手段としてAi(オートプシー・イメージング)を使うことであった。
 病理医のキャリアで培ってきた「死体の画像診断(Ai)」を使い、死因究明に新しい視点が提供できると思いついたこと、それがこの小説の始まりだったと後で知り驚かされた。Aiという技術は当時一般的には全く知られておらず、私も小説を読んだときは近未来のこと、くらいに思っていた。だがこのAiに関して海堂は非常に苦い経験をしており、医学界の中だけでなく、政治や行政と戦ってきた素地があった。その経験が、その後の爆発的な執筆量に結び付いていく。
 彼の物語世界は桜宮市にある東城大学医学部付属病院を舞台の中心に据え、過去から未来まですべてつながっている。海堂尊が作る小説世界はひとつ。登場人物も過去から未来まであらゆる場所に登場する。私が「桜宮サーガ」と名付けた壮大な世界が最大の魅力だ。

2007年9月『ブラックペアン1988』(講談社)

 『チーム・バチスタの栄光』から始まるのは現代篇。そこに至るまでの過去の物語の始まりがこの『ブラックペアン1988』である。
 時はバブル時代。東城大学医学部外科教室は「神の手」を持つ佐伯教授に握られていた。そこにやってきたのはライバルである帝華大学から新兵器をひっさげ派遣された高階権太。研修医・世良雅志の視点で当時の医局の勢力争いと、医療そのものに対するそれぞれの考え方の違いを浮き彫りにしていく。
 表紙にもなっている「ペアン鉗子」は外科医の象徴だ。人間を治すことが医師としての本懐であるのは当たり前だが、それ以外にあるのは、医療に付きまとうお金と人それぞれが持つ欲望の違いだ。
 実はこの小説にはその後の作品の伏線となるものがたくさん隠されている。この作品を読み、「桜宮サーガ」に登場する人物の若い時代、彼らの原点を知ることで、すべての物語の魅力はさらに増すと思う。私は看護師の猫田麻里がさらに好きになった。

2015年7月『スカラムーシュ・ムーン』(新潮社)

 海堂は「桜宮サーガ」を一つの球体のように完結する世界として構築したいと言っていた。それに要するのはだいたい10年だ、とも。
 その約束は果たされた。デビューから10年目の2015年、『スカラムーシュ・ムーン』でこの世界はいったん終りをむかえた。物語は桜宮から始まり、世界中にその触手を伸ばし続け、医療の過去・現在・未来を描く巨大なジグソー・パズルの最後のピースがパチリとはまった。
 この小説は新型インフルエンザ騒動を描いた『ナニワ・モンスター』の続編である。浪速府を襲う新型インフルエンザ「キャメル」の風評被害を最小限に抑えた彦根新吾はワクチン不足を回避するために動き回っている。日本医師会というブラックボックスや地方自治と中央政権との衝突、さらに警察庁、東京地検などが絡み合い、権力の奪い合いを露骨に描いていく。
 「医は仁術」と言われるのは現場で汗をかく医師たちだけで、医療の中枢で権力を持つ者たちはなんと生臭いことか。
 2009年に実際にあった新型インフルエンザ騒動は、いまや新型コロナウイルスの登場ですっかり忘れ去られてしまった。だがあの時もっとしっかりとシステムを構築していれば、緊急事態宣言やワクチン接種に関して、もっとシステマティックに対処できていたのではないかと思うと悔しい。

2020年7月『コロナ黙示録』(宝島社)

 海堂尊という小説家は、いつも「ちょっと先の物語」を描いてきたと思う。SFというほど非現実的ではないが、技術の進歩や発見、大災害や事件など、いつ現実化してもおかしくないことを小説にしてきた。新型インフルエンザに象徴される疫病も日本に入ってくる可能性は十分にわかっていたはずだ。
 そして新型コロナウイルス感染症が世界的なパンデミックを起こしたいま、海堂自身、読みが甘かった、と臍をかんでいるのではないかと思っていた。
 一度目の緊急事態宣言が明け、世の中が「このままコロナはおさまるんじゃないか」と淡い期待を抱いていた2020年7月、『コロナ黙示録』が上梓された。
 東京オリンピックを間近に控えた2020年早春、中国で発生した新型コロナウイルスが日本を襲う。豪華クルーズ船ダイヤモンド・ダスト号で感染者が発生し、傍若無人な厚労省官僚によって船内はめちゃくちゃだ。安保首相以下政府の施策に一貫性はなく、現場はパニック一歩手前になった。
 北海道でもクラスターが発生。医師も犠牲者となる。クルーズ船の患者の受け入れを要請された東城大学医学部付属病院には田口公平医師を責任者に新型コロナウイルス対策本部が設けられた。
 現実では、日本で最初の新型コロナ患者が見つかったのが1月。この感染症を甘く見た政府の対策の遅れで感染者が増加し、緊急事態宣言が出たのが4月。解除されたのは5月末だった。
 小説は原稿が書けたからといってすぐに書籍にできるわけではない。7月に出版するなら『コロナ黙示録』はいつから書き始めたのだろうと疑問だったのだが、電子版の自著解説で、「執筆開始は緊急事態宣言発出の翌日の4月8日、執筆を終えたのは緊急事態宣言が解除された5月26日だった、とある。嘘のような、ほんとの話だが、さすが海堂尊、“持ってる”作家だ。
 架空の話と断っているとはいえ、出てくるエピソードは事実にうりふたつだし、登場人物のモデルもまるわかりである。「梁山泊」という政策集団も、本当に存在しそうである。なにしろ筆に勢いがあって、どれほどの怒りが海堂にこの小説を描かせているのだろうと恐ろしくなった。
 と同時に、今までの彼の小説で危惧されていたことが、目の前に突き付けられているという現実のほうがホラー小説みたいで、読みながら何度も笑ってしまった。

2021年5月『医学のひよこ』(角川書店)

 さて最後の一冊は強い私の希望でもある。いったん終了した「桜宮サーガ」だが、未来篇は未完なのだ。コールドスリープは米宇宙開発企業によって2018年に実証実験が行われるという報道があり、「網膜芽腫」は遺伝子治療での可能性が高くなった。と医学の世界は猛スピードで変わっている。
 では『医学のたまご』で登場した少年たちはどんな成長を遂げるのだろう。
 「たまご」から13年後、待望の続編『医学のひよこ』がようやく孵化した。この小説の主人公も「たまご」と同じ曾根崎薫である。マサチューセッツ工科大学教授でゲーム理論を研究する曾根崎伸一郎の息子で、中学生でありながら飛び級で東城大学医学部にも通っている。仲間には帰国子女で頭がよく先生からの信頼も篤い進藤美智子と、暴れん坊の幼なじみで平沼製作所の息子である平沼雄介。開業医のひとり息子で医学部を目指すガリ勉の三田村優一。
 彼らは発明家の平沼の爺ちゃんが作った秘密基地で修学旅行の計画を立てた帰り、洞窟の入り口を発見した。見つけたら探検しないわけにはいかないと命綱をつけて入ると、そこで発見したのは直径150センチもある発光する大きな「たまご」だ。
 生まれてきた生き物は特殊な姿をしていて成長が早く、鳴き声は殺人的。しかし美智子を母親のように慕っている。この生き物は何か。彼らがこの生き物とどうかかわっていくのか。そして大人が、研究者が未知の生物を見つけたらどんな反応が起きるのか。
 おなじみの田口・白鳥コンビや薫と別れて暮らしていた母の曾根崎理恵や双子の妹の忍、コールドスリープから目覚めた佐々木アツシなど豪華メンバーが勢ぞろいである。
 そういえば、今までの小説で架空の生物を登場させることはあっても、理屈では説明できない存在を描くことはなかった。ならば本書は海堂尊初のファンタジー小説だ。
 続編の『医学のつばさ』(6月刊)ではその未確認生物の去就と結末が描かれるが、新しい謎がまた増えてしまって、先が気になって仕方ない。
 海堂医療小説の新章が始まったのだ。未来は何でもありだ。彼らの活躍に期待したい。


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