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特集

人の「死相」が視える探偵が、数々の奇怪な事件に挑む! 死相学探偵シリーズ、完結記念。 三津田信三による、スピンオフを特別書き下ろし

異能の探偵・弦矢俊一郎の活躍を描く、13年にわたり続いてきた本シリーズがついに完結! ホラー好き、ミステリファン好きの心をとらえて離さない最新作をお届けします。そして、全国の僕にゃんファンの皆様、お待たせしました! 三津田信三さんが「ずっと書きたかった」という特別なスピンオフをお届けします。死相学探偵・弦矢俊一郎の頼もしい相棒であり、かぎりなくかわいい鯖虎猫の僕にゃんの、やっぱり怖い冒険をお楽しみください。

『僕にゃんの冒険』

 僕は猫である。名前は「僕にゃん」という。お祖父ちゃんは「俊太」と名づけたけど、ある事情で「僕にゃん」になった。理由を知りたい人は『四隅の魔 死相学探偵2』を読んで欲しい。
 僕の朝は早い。まずお祖母ちゃんを起こす。朝ご飯が食べたいからだ。でもお祖母ちゃんは朝のお勤めを、必ず最初に行なう。祭壇にお灯明を点して、神仏にお祈りするのだ。それから僕のご飯を用意して、弦矢家の朝ご飯の支度にかかる。
 お祖母ちゃんの信者さんたちが、弦矢家の三食を作ろうとしても、絶対に完全には任せない。
「あの人と俊一郎と、僕の口に入るもんは、わたしゃが作ります」
 いつもそう言う。お祖母ちゃんのご飯は美味しいから、そのほうが僕も安心できる。
 あの人とはお祖父ちゃんだけど、夜中の遅い時間まで怖いお話を書いている作家なので、朝も遅い。だから僕も起こさない。朝ご飯がすんで、お祖母ちゃんが料理する姿をしばらく眺めて、それから僕は俊一郎を起こしに行く。枕元に座って、つんつんと頰をつつくのである。
 彼はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの孫だけど、僕の弟分のようなものだ。実際に僕が面倒を見ないと、ひとりで遊ぶこともできない。
 ちなみに僕は普通の猫ではない。「超猫」なのである。

 朝ご飯のあと、ふらっと散歩に出る。行く先など決めずに近所をうろつくのが、僕の日課になっている。
 お祖母ちゃんには朝早くから、助けを求める人たちが押しかける。その中でも一番大変なのは、人に憑依している魔性のものを祓うことだ。お祖母ちゃんは日本一の「拝み屋さん」だけど、これには体力も気力も使う。相手の魔力が強い場合は、お祖母ちゃんも命懸けになる。
 だから僕は、できるだけ面倒をかけないようにと、家を出て近所を散策する。まだ遠くまで行けないので、毎日のように出歩いても飽きることはない。
「あら、可愛い」
 前から来た小母さんに、急に声をかけられた。
「うちにお出で。美味しいお菓子があるんよ」
 この人は見た覚えがある。お祖母ちゃんを訪ねてきたのに、大した用事もなく帰ってしまった。いや、そう思わせて、こっそり裏庭に回ったのだ。
 僕は変に感じて、小母さんの様子を覗いていると、あの塚を舐めはじめたので、ひどく驚くと同時に気持ちが悪くなった。
 お祖母ちゃんが祓った魔物たちが、あの塚には封じられているからだ。普段から「絶対に近づいたらあかん」と強く注意されている。そんな恐ろしい塚を、この人は涎を垂らしながら舐めていた。
 その影響が出ているのか。小母さんは真っ黒な薄い皮のようなものを、まるで衣服を着るかのように全身にまとっている。もし僕の語彙が豊富だったら、それを「屍衣しい」と呼んだかもしれない。
「ほらほら、ええ子やから、こっちに来なさい」
 小母さんが右手を差し出してきたけど、それ以上に伸びているのが、屍衣の右袖だった。本当なら、だらんと垂れ下がるはずの袖口が、生き物の口のように開いて、まっすぐ僕の顔を目がけて迫ってくる。
 ……く、喰われる。

 僕は一瞬、尻込みしそうになった。けど、すぐに「負けるもんか」と思った。
 しやぁぁぁっっ!
 精一杯の威嚇をした。力強い眼光と尖った歯を見せて、洋服ならぬ「妖服」に立ち向かった。おかげで袖口の動きが、ふいに弱くなる。
 すると妖服の左の袖口が、ぱっくりと口を開けて襲いかかってきた。さっと僕が飛びのくと、その隙に右袖が再び伸び出したので、
 にやぁぁぁっ!
 雄叫び一閃、必殺の猫パンチをくり出す。パンチといっても爪を立てているので、「仮面ライダーアマゾン」でいうところの「大切断」と似た技「にゃん切断」である。
 その証拠に妖服の右袖が、すぱっと裂けた。同じように左袖もやっつけようとして――、
「お前は、悪い子ぉやねぇ」
 小母さんに突然、ぐいっと首根っ子をつかまれ、軽々と持ち上げられた。妖服にばかり気をとられて、それを着込んだ本人を忘れていた。
 首を押さえられてしまうと、僕たち猫は何もできなくなる。いかに僕が超猫でも、どうにもならない。
 ……もう、だめか。

「何をしとるんや」
 そこへお祖父ちゃんが現れた。遅めの朝ご飯のあと、どうやら散歩に出たらしい。
 はっと小母さんが怯んだ隙に、お祖父ちゃんが素早く僕を取り返す。普段のゆったりとした所作からは考えられないほど、このときのお祖父ちゃんの動きは凄かった。
「あ、あんたは、インチキ占い婆ぁんとこの、売れん小説家やないか」
「うむ、あながち噓やないだけに、反論しにくいな」
 ……お、お祖父ちゃん、認めたらあかんよ。
 僕は心の中で叫んだけど、お祖父ちゃんはしれっとした顔のまま、
「そのインチキ祖母さんに、お前を祓ってもらわんとな」
 と言ったとたん、小母さんは慌てて逃げ出した。でも、きっとお祖母ちゃんがあとから家を訪ねて、屍衣の魔物を塚へ戻すに違いない。

「ほな、帰ろか」
 お祖父ちゃんは右腕で僕を抱えて、左手で僕の右手を握った。
 そうして僕たちは、お祖母ちゃんが拝み屋さんの仕事をしている家へ、いっしょに帰ったのである。

「な、何だ、こりゃ?」
 曲矢は「僕にゃんの冒険」を読み終えると同時に、そう言って怒り出した。
「何で最後に突然、『僕』が二匹になるんだ?」
「最初に登場した『僕』は『僕にゃん』だけど、次の『僕』は俺のことで、あとは交互に入れ替わってるからだよ。もちろん散歩には、いっしょに家を出ている。俺は『ひとりで遊ぶこともできない』からな」
 そう俊一郎が答えると、しばらく無言のまま曲矢は原稿を読み返していたが、
「さ、さ、詐欺だぁ」
「僕は朝ご飯を食べたあとで、祖母ちゃんの支度を見てから、俺を起こしているのに、一行あけて『朝ご飯のあと、ふらっと散歩に出る』っていうのは、表現が変だろ。それに憑依した魔物を『屍衣』と名づけてるのに、その後すぐ『妖服』と再命名してるのは、どう考えても可怪しい。これは前の『僕』と後の『僕』が別人の証拠じゃないか」
「そ、そんなもの、分かるかぁー」
 もっと怒り出した曲矢に、俊一郎は原稿の一ヵ所ずつを示しながら説明をはじめたが、それは火に油を注ぐようなものだった。
 弦矢俊一郎探偵事務所に、二人が言い争う相変わらずの声が響く。だが、それ以外は平穏な午後である。
 にあぁぁぁぁっ。
 僕は大きく欠伸をすると、うるさいはずの二人の声を子守唄にして、すやすやと眠り出した。

「死相学探偵」シリーズを一挙紹介!

暗闇の奥底に蠢く“真実”を見抜け――。
本格ホラー&ミステリ界の鬼才・三津田信三によるシリーズの全貌を、一挙紹介。

最新作!
『死相学探偵最後の事件』


書影

黒術師の居所を探し、候補地である孤島に渡った〈黒捜課〉のメンバーと、俊一郎たち。そこで待ち受けていたのは、どこか奇妙な言動のスタッフたちと、次々と発生する不可解な連続殺人事件だった――。※2021年01月22日㈮発売
■書誌情報:https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000478/


『十三の呪 死相学探偵1』


十三の呪 死相学探偵1

他人に現れた死相が視える弦矢俊一郎。神保町で探偵事務所を始めた彼の元に、初めての依頼人が訪れる。だが、アイドル顔負けの彼女には死の影は全く見つけられず……。
■書誌情報:https://www.kadokawa.co.jp/product/200802000582/


『四隅の魔 死相学探偵2』


四隅の魔 死相学探偵2

「百怪倶楽部」はオカルト好きな男女が集まった大学のサークル。女子寮の地下室で「四隅の間」という遊びをしている最中にメンバーの一人が突然死してしまい……死相学探偵・弦矢俊一郎が真相を追う。
■書誌情報:https://www.kadokawa.co.jp/product/200811000427/


『六蠱の躯 死相学探偵3』


六蠱の軀 死相学探偵3

東京近郊で、若い女性の連続殺人が勃発した。第3の被害者が出た直後、「六蠱」と名乗る犯人からの犯行声明文が。曲矢刑事からの依頼で、死相学探偵・弦矢俊一郎が事件に挑む。人気シリーズの第3弾。
■書誌情報:https://www.kadokawa.co.jp/product/200911000543/

『五骨の刃 死相学探偵4』


五骨の刃 死相学探偵4

忌まわしき〈無辺館〉を訪れた、男女4人。かつて残忍な連続殺人事件が起こった館で、彼女たちは身も凍るような恐怖に遭遇する。真相解明を依頼された死相学探偵・弦矢俊一郎が、禍々しい死相の謎に挑む!
■書誌情報:https://www.kadokawa.co.jp/product/321306000133/

『十二の贄 死相学探偵5』


十二の贄 死相学探偵5

死相が視える探偵・俊一郎のもとに、遺産相続殺人と思われる事件の捜査依頼が舞い込む。莫大な遺産の配分を指示する遺言状には、相続人の生死で取り分が増減する異様な条件が記されており――。
■書誌情報:https://www.kadokawa.co.jp/product/321507000121/

『八獄の界 死相学探偵6』


八獄の界 死相学探偵6

黒術師を崇拝する者たちがいる――。不穏な情報を入手した俊一郎は黒術師が主催する謎のバスツアーに潜入する。行先不明のバスがやがて結界「八獄の界」に囚われると、参加者には怪異が襲いかかり!?
■書誌情報:https://www.kadokawa.co.jp/product/321606000525/

『九孔の罠 死相学探偵7』


九孔の罠 死相学探偵7

超能力者たちが訓練を行う研究所で、被験者の一人が黒い人影に襲われる事件が発生した。彼らに浮かぶ死相から、黒術師による呪術「九孔の穴」と断定した俊一郎は、曲矢刑事らと警護態勢を整えるが……。
■書誌情報:https://www.kadokawa.co.jp/product/321907000109/

カバーデザイン:西村弘美
カバーイラスト:田倉トヲル

主な登場人物


弦矢つるや俊一郎しゆんいちろう……クールで猫好き、人が苦手。人の「死相」が視える異能を活かし、探偵事務所を開業。


僕にゃん……俊一郎が幼いころからの相棒の鯖虎猫。かわいくて賢い。笹かまぼこに目がない。


曲矢まがりや刑事……黒術師を追う〈黒捜課〉の刑事。強面で口が悪い。


黒術師……人間の黒い欲望を操り、犯罪へ誘う呪術の使い手。正体不明。すべての事件の背後にいると思われる。

「死相学探偵」シリーズファンの方は、
こちらもお読み逃しなく!

『赫眼』光文社文庫


弦矢俊一郎の抜群の推理が冴える「死を以て貴しと為す」を収録。三津田信三ワールドを堪能できる恐ろしい短編集。
■書誌情報:https://bit.ly/3iahMhC


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