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呪術で魚を釣って食べたい!「呪術海鮮」への道――『怪と幽』vol.010 特集「呪術入門」番外編【お化け友の会通信 from 怪と幽】

『怪と幽』10号が好評発売中。特集「呪術入門」では、民俗学者・小松和彦さんのインタビューから、呪物コレクターのお宝自慢まで、マジナイやゲン担ぎなどを含めた呪術の世界に注目しました。そこで特集内の企画「呪術海鮮を味わいタイ!」で、呪術に頼った釣りに挑戦した玉置標本さんが、取材の舞台裏をご紹介します!



特集「呪術入門」番外編
「呪術海鮮」への道

文=玉置標本 写真:玉置標本&編集部

 1月某日、お化けの専門雑誌『怪と幽』編集長のR氏より、約3年ぶりとなる原稿依頼らしきメールが届いた。
「またもや奇行ならぬ寄稿のご依頼なのですが、『呪術廻戦』と打とうとすると『呪術海鮮』になってしまいます。だったらいっそのこと呪術を駆使して海の幸をゲットして海鮮を食べましょう。というわけで、ご依頼書を作成しました……」
 なにが「というわけで」なんだよと思いながら依頼書を読むと、どうやら魚釣りの結果を「マジナイ」の力でアップさせられるか検証記事を書いてほしいという内容だった。要するに「廻戦」と「海鮮」のダジャレであり、確かに寄稿というか奇行である。ちなみに以前『怪と幽』2号で書いた記事は「作って食べよう! ジェニー・ハニヴァー」というタイトルで、エイを干して海のUMAでお馴染みジェニー・ハニヴァーを手作りして食べましょうという素っ頓狂な依頼だった。また私だけ「怪と幽」が「海と遊」だけどいいのかな?と首をひねりつつ、釣りとダジャレだったら得意分野なので即OKの返事を送る。
 というわけで……R氏とのオンラインミーティングにより、釣果アップに関連する「呪物」を集めて船に乗り、我々でも可能な「呪術」を操りながら、船で大物のタイを狙うことで話がまとまった。これを受験に例えると、神頼みやゲン担ぎに力を注ぎ、ろくに勉強をせず試験へと向かうような話かもしれない。そう考えると効果がある訳ないだろと思ってしまうが、釣りという遊びは「魚が自分のエサに食いつくかどうか」という、己の努力だけではどうにもならない運命の分かれ目が存在する。もし呪術の力で運気が多少でも変わるのであれば、やってみる価値はあるだろう。
 運気アップの王道といえば神頼みということで、まずは都内にある大漁祈願や航海安全にご利益がある神社を5か所ほど梯子して、神様にお参りをしつつお守りを授かりまくる。ちなみにR氏との初対面が潮干狩りだったためか、8種類の開運お守りがランダムで入った市谷亀岡八幡宮のおみくじでは、釣竿とタイを手にした恵比寿様を狙ったものの、二人とも熊手を引き当てたのだった。


持参した釣竿に想いを込める玉置氏。熊手は幸運をかき集める縁起物だ。



 呪物集めは神社巡りだけで十分とも思えたが、普段から信心深い訳でもない我々が賽銭と初穂料だけで運気をアップさせるのも資本主義が過ぎるので、どうにか自力で手に入りそうな呪物をピックアップすべく、全国の漁師に伝わる信仰や伝承を調べてみた。
 縁起物とよく聞く「蛇の抜け殻」はたまに落ちているが今は冬眠中なので脱皮のシーズンではないだろう。龍神様の化身である「タツノオトシゴ」も見たことはあるけれど狙って捕まえるのは難しい(後日R氏がネットで購入した)。新潟の粟島で海難除けに効くと伝わる「鹿の角」は狩猟免許を持った友人に送ってもらうのが確実。自分でこの時期に採取できそうなものといえば「百舌鳥もず速贄はやにえ」か。


釣り取材の当日、船に持ち込んだ「呪物」の一部。願いよ届け!


 モズという鳥は捕まえたカエルや虫を枝などに刺す習性があり、干物となった獲物が速贄で、これが大漁祈願のお守りになると一部の漁師に伝わっている。おそらく食べきれないほどのエサを捕る能力にあやかろうという発想だろう。速贄の時期と場所を調べてみると、ハイシーズンは晩秋から初冬で、身近な川辺などでも見られるようだ。少し時期が遅いかもと不安に思いつつ、近所の川沿いを歩き回ってみることにしたが、残念ながら一つも見つけることができなかった。モズらしき姿も見当たらない。スマホの万歩計機能によると2万歩も歩いたようだが文字通りの無駄足である。あてずっぽうの速贄探しは、道端で100円以上のお金を拾うことくらい難易度が高いことなのかもしれない。
 そもそも依頼された記事を書く上で、速贄の存在は必須条件ではない。そんな伝承なんてなかったことにして釣りに行ってもいいのだが、速贄すら見つけられない男に大物のマダイが釣れるだろうかと心が重くなってしまう。自らに不要な呪いをかけてどうする。
 狙ったターゲットを見つけられなかったというマイナスの実績を抱いたままでは気持ち悪いので、翌日また速贄探しの旅に出掛けた。今度は闇雲に探し回るのではなく、有刺鉄線によく刺さっているというネットで見かけた情報を頼りに思い当たる場所へとやってきた。それはハードコア系のプロレス会場ではなく、タケノコ泥棒から守るためか鋭利な有刺鉄線で囲まれた竹林である。現場で確認してみると(もちろん鉄線の外側から)、なるほど小動物を刺しやすそうな尖り具合だし、モズのような小鳥なら止まれるが速贄を奪う可能性のあるカラスが止まるにはちょっと細い。また地面から距離があるのでアリに食べられることもないだろう。もし私がモズだったらこの有刺鉄線を使わない手はないだろうなと感心しながら探し歩いていたら、鮮やかなエメラルド色が目に飛び込んできた。針に刺さった不自然なカメムシのむくろである。


苦労して入手した特級呪物(?)。


 事前に調べた情報からカエルやバッタをイメージしていたので意外だったが、これも速贄に間違いないだろう。普段ならカメムシの死体を見てもなんとも思わないが、探し始めて2日目でようやく見つけた速贄なので、これが俺の特級呪物だと心から喜んだ。さらには両面宿儺の指を思わせる造形をしたミミズとコガネムシっぽい幼虫も連続で発見。速贄は思っていたよりも種類が多く、刺さり方にも個性があり、獲物側の立場からしたら大変不謹慎かもしれないが、芸術性が高いように思える存在だ。速贄の写真だけを投稿するインスタグラムのアカウントを作ろうかと思ったほど魅力的で、気が付けば釣果アップという目的を忘れて速贄探しという行為そのものに夢中になっていた。また来シーズンも探しに来なくては。
 こうして入念な下準備を重ねて三浦半島の漁港へと向かい、寄せ集めの呪物とにわか仕込みの呪術の力を借りて大ダイに挑んだのである。その結果があなたにとって驚くべきものなのか、想定の範囲内なのかは『怪と幽』10号の特集「呪術入門」を読んで確かめていただきたい。


呪物以外にも様々なマジナイを用意して乗船した。結果は如何に?


プロフィール

玉置標本(たまおき・ひょうほん)
1976年、埼玉県生まれ。フリーライター。天然の食材採集、製麺、釣りといった趣味を活かした冒険スペクタクル料理を同人誌やWEBメディアを中心に発信している。著書に『捕まえて、食べる』『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。』など。

※「ダ・ヴィンチ」2022年6月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載

私たちは呪術にまみれている
「怪と幽」編集長R

 呪術――というと科学が未発達であった過去の話、もしくはフィクションの世界のもの、と考えている方がいるかもしれません。でも、私たちはいまも呪術にまみれて暮らしています。正月の初詣から始まり、節分や雛祭りなど節句や祭事には、願掛けや祈願がつきものです。ネット上にも「呪い」は溢れているし、身近な「しきたり」にも呪術は潜んでいます。
 そもそも「呪」という文字からは悪いイメージを連想しがちですが、マジナイや願掛けによって苦しみを解放し、心に平穏をもたらす効果だってあります。
 太古より脈々と続き、我々が現在も縛られているのは、人々の願いや祈りが呪術を生み続けるからではないでしょうか。
 玉置さんと挑んだ「呪術海鮮」企画も、ふざけているようで大真面目に取り組んでいるんです。ほかにも硬軟織り交ぜた特集企画が満載です。どうぞお楽しみください!



『怪と幽』vol.010
KADOKAWA 1980円(税込)

特集 呪術入門
インタビュー:小松和彦 
対談:加門七海×角 悠介
寄稿:川田牧人、三国信一、荒俣 宏、山中由里子
エッセイ:郷内心瞳、田中俊行、田辺青蛙、内藤 了、はやせやすひろ、渡辺シヴヲ
ルポ:玉置標本+村上健司
ブックガイド:朝宮運河

小説:京極夏彦、松村進吉、貴志祐介、有栖川有栖、山白朝子
漫画:諸星大二郎、高橋葉介、押切蓮介
論考・エッセイ:小松和彦、加門七海、東 雅夫、村上健司&多田克己 ほか
https://www.kadokawa.co.jp/product/322102000143/

『ダ・ヴィンチ』2022年6月号
https://www.kadokawa.co.jp/product/322202000299/


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