取材・文:藪魚大一 写真:首藤幹夫
〈妖怪ハンター〉〈西遊妖猿伝〉シリーズ等で知られる怪異譚の名手・諸星大二郎さんに最新単行本『夢のあもくん』についてお話を伺いました!
最初はむすっとしていたあもくんも
段々と可愛くなっていきました。
入れ替わる人形と少女、サナギになった奥さん、水の中から呼びかける異形――。
諸星大二郎さんの新刊『夢のあもくん』は、とある一家が何げない日常に潜む奇妙な出来事や、怪しい存在に遭遇する連作短編集。『怪と幽』の前身である怪談専門誌『幽』から続いている連載の2冊目となる単行本で、前作『あもくん』から7年ぶりの続巻となる。
「『幽』の時は年2回、『怪と幽』になってからも年3回の連載なので、単行本になるまで時間がかかりましたね。でも前の『あもくん』の時は11年かかったので、いくらかは早くなったかなと(笑)」
年に数回の連載をこつこつと積み重ねて、この度刊行された『夢のあもくん』の主人公は、その名も〝あもくん〟。ちょっと変わった名前だが……。
「本名は〝守くん〟なんですが、小さい従妹が〝守くん〟と言えなくて〝あもくん〟と呼んでいたことからきている名前なんです」
守くんは〝あもくん〟とは呼ばれたくないのだが、お父さんもふざけてそう呼ぶことがあったり、時には人間ではない得体のしれない存在も、彼を〝あもくん〟と呼んだり……。そんなあもくんは、いつも不機嫌そうにしてゲームばかりしている、大人びて口数の少ない男の子だ。
「あもくんとお父さんの距離感が、わりと嫌いじゃないんですよね」
あもくんの印象を尋ねると、諸星さんはそう答えた。確かに、あもくんはお父さんに対してそっけなかったり面倒くさそうな態度をとるが、陰ではお父さんを助けたりするなど、健気な面も見せる。もしかしてそんな二人の関係は、諸星家がモデルだったりするのでは?
「一応そんなことはないつもりですが、自然と似ちゃうことはあるかもしれませんね。しかし意識的に家族をモデルにしているわけではありません。公式には〝実在の人物とは関係ありません〟となっています(笑)」
そんな、あもくんに微妙な距離をとられるお父さんは、駆け出しのホラー作家で、もう一人の主人公ともいえる存在。前作『あもくん』では、むしろお父さん視点のエピソードがメインだったほどだ。
「でもお父さんには、いまだに名前がないんですよね(笑)。作る必要がなかったからなんですが、ペンネームぐらいはつけてあげればよかったかな」
なんとお父さんの名前がないまま18年続き、単行本も2冊目となった〈あもくん〉シリーズ。しかし最初に『幽』創刊号で1話目を描いた時点では、シリーズ化させる予定はなかったという。
「最初は単なる読み切りとして描いたんです。だから続けるつもりなんてありませんでした。でもその次の回でもあもくんの話を描いたことで、自然に続いていく形になったんです。毎回違うキャラでやるよりはやりやすいですしね」
今回の『夢のあもくん』では、あもくんは不吉な予知夢、夢の中で行われる集会、現実との境界が曖昧な夢など、数々の夢にまつわる不思議な出来事に遭遇する。諸星さんが夢に着目した理由は何なのだろうか。
「あまり深い理由はないんです。『あもくん』の時はずっとお父さん視点で描いていたので、今度はあもくん視点で描きたいなと思い、あもくんが活躍できる場所を考えていたら、結果的に夢を舞台にした話が多くなってしまったんです」
そんな夢にまつわる話の一つで、『怪と幽』創刊号に掲載された「夢のともだち」は、収録作の中でも特に諸星ファンが気になるエピソードかもしれない。夢の中の友達に頼まれ事をされたあもくんは、とある人物に出会うことになる。その人物とは、なんと諸星さんの代表作〈妖怪ハンター〉シリーズの主人公、稗田礼二郎なのだ。
「実は最初に『怪と幽』で連載を始めるにあたって、編集長から〈妖怪ハンター〉シリーズをやってはどうかという提案があったんです。でもそれはちょっと大変かなと思ったので、代わりにゲスト出演で……という形に落ち着いたんです(笑)」
サプライズ登場の裏側をそう語る。さらに別のエピソードでは、これまた人気作〈栞と紙魚子〉シリーズの主役2人も登場している。
「これは、稗田が出たなら次は栞と紙魚子かなって考えたのかな? そのうち怒々山博士も……?(笑)」
また、あもくんのお父さんが散歩中になんとも奇妙なメニューを見つけて、つい頼んでしまう「こっちでもへび女はじめました」は、〈夢幻紳士〉シリーズなどで知られ『怪と幽』でも「魔実子さんが許さない」を連載している高橋葉介さんとアイデア交換をした話なのだという。
「これは、そもそも高橋先生が『ヘビ女はじめました』という作品を描いていて、そのタイトルをお借りしたくなってお願いしたんです。このタイトルはつまり〝冷やし中華はじめました〟からきていますよね? 高橋先生は全然違うお話を描いたけれど、それを僕がまた冷やし中華に戻しちゃった話を描いたんです(笑)」
いったい「へび女」と「冷やし中華」がどう結びついたのか? その独特な世界観と展開を、是非自身の目で確かめてほしい。そして諸星さんがタイトルを借りた時に、代わりに高橋さんは諸星作品『マッドメン』に登場するン・バギという怪物を借りて、「ドラゴン・タトゥーの女」という作品を描いている。きっかけとなった「ヘビ女はじめました」とともに単行本『拝む女』に収録されているので、読み比べてみるのもいいかもしれない。
ほかにも、中に何者かが潜む給水塔が徐々に家に近づいてくる怪奇譚「給水塔」や、コロナ禍の世相を反映した「マスク」など、『夢のあもくん』収録作は、ホラーもあればギャグのような話もあり、実にバラエティに富んでいるのが特徴だ。
「思いついたネタ次第で描いてきた結果ですね。アイデアが浮かべば何でもマンガにしてしまったので(笑)」
諸星さんは様々な作風が入り交じる〈あもくん〉シリーズを、何マンガととらえているのだろうか。
「何でしょうね? 一応ホラーというか怪奇マンガのつもりではいるんですが、時々ギャグになったり、わけわかんなくなったり……やっぱり何なんでしょうね(笑)」
とらえどころがなく幾つもの表情を見せる本作のように、諸星さんも飄々と答える。そんな〈あもくん〉シリーズは今後どうなるのか? 尋ねると、思わぬ答えが返ってきた。
「『夢のあもくん』の最後のほうに出てきた、茜ちゃんというキャラクターをもっと活躍させたかったという気持ちはあるんですが、実は『怪と幽』で次も「あもくん」シリーズを描くかどうかは、まだ決めかねているんです」
次は〈あもくん〉ではないかもしれない?
「ネタを思いつけばまた〈あもくん〉でいくかもしれないし、別のアイデアが浮かべば違うものを描くかもしれません。とりあえず思いついたら何でもいいかな(笑)」
と、これまたなんともつかみどころがない。さて、諸星さんの出した答えは……。4月25日に発売される『怪と幽』10号でお確かめを!
最後に諸星さんから『夢のあもくん』を手に取る読者へ向けてメッセージをいただいた。
「相変わらず変な話ばかりなので、そういう話が好きな、変な人には喜んでいただけるんじゃないですかね(笑)。また、お父さん視点が多かった前回とくらべて、『夢のあもくん』ではあもくん視点の話が増えています。そのためか、最初はむすっとしていた彼も段々と可愛くなっていきました。そんな可愛いあもくんを見てほしいですね」
プロフィール
もろほし・だいじろう●1949年生まれ。マンガ家。74年に「生物都市」で手塚賞に入選し、本格的にマンガ家活動を開始。著書に〈妖怪ハンター〉〈西遊妖猿伝〉〈栞と紙魚子〉シリーズ、『暗黒神話』『孔子暗黒伝』『マッドメン』『あもくん』『BOX』など多数。
※「ダ・ヴィンチ」2022年5月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
書籍情報
『夢のあもくん』諸星大二郎
KADOKAWA 1430円(税込)
近所の散歩道で、自宅の一室で、夢の中で、あもくん一家に、この世ならざるモノが忍び寄る。日常のふとした隙間から染み出す、ほの暗い闇をユーモアたっぷりに描く、モロホシワールド全開の一冊!
https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000666/
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