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特集

ベートーヴェン「第九」が革命的だった理由

日本では年末となると「第九」のイメージが強く、今年も例年通り各地でコンサートが開催されるようです。「第九」の作曲家であるベートーヴェンは言わずと知れた有名な音楽家ですが、「クラシックジャーナル」編集長などを務めた作家の中川右介さんは「音楽史において最重要な存在であり、音楽史はベートーヴェン前と以後とに分けることができる」と語ります。ベートーヴェンはなぜそこまでの存在となり、また、「第九」の評価が高いのはなぜなのでしょうか。中川右介さんの著作『クラシック音楽の歴史』から一部を引用してお届けします。

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ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 一七七〇〜一八二七)


肖像画

Ludwig van Beethoven 作:Joseph Karl Stieler


 ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは、一七七〇年にドイツのボンで生まれた。祖父はケルン選帝侯の宮廷歌手、父も同じ宮廷歌手だった。バッハやモーツァルト同様に、音楽一家に生まれたのである。ベートーヴェンに音楽の才能があると分かると、父は徹底的に教育する。その甲斐もあって八歳でコンサートデビューしている。しかし、これは美談ではない。父はアルコール依存症でほとんど仕事ができず、息子の才能に目をつけて稼がせようとしたのである。十代になるとベートーヴェンは父に代わって家計を支えていた。

 一七八七年、十六歳になったベートーヴェンはウィーンに向かい、モーツァルトに出会い弟子入りしたとの伝説がある。ところが数週間後に、母が亡くなったとの知らせが届き、ボンに帰ることになってしまう。二人の天才が本当に出会い師弟関係になったとしても、ごく短期間のことだった。

 ベートーヴェンが再びウィーンに来るのは、一七九二年。すでにモーツァルトはこの世になく、ハイドンに弟子入りした。だが、ハイドンに物足りなさを感じ、師事するのをやめてしまう。その後、何人かの音楽家に師事し、そのなかにはサリエーリもいてイタリア式の声楽の作曲を学んだ。ベートーヴェンはウィーンで人気音楽家になるが、それはピアニストとしてだった。自作の即興演奏で人気が出たのだ。最初の公開演奏会とされているのは、一七九五年である。

 そして、時代は十九世紀に突入する。作曲家ベートーヴェンの時代である。一八〇〇年には弦楽四重奏曲と交響曲を完成した。その一方で難聴が彼を襲った。一八〇二年には自殺を考え、遺書まで書く。だが、それで逆にふっきれて(ということになっている)、苦悩とともに生きることを決意する。もはや、ピアニストとして生きることは難しい。となれば、作曲家として生きるしかない。

 いったんは死を決意したベートーヴェンは音楽史上の革命といっていい、交響曲第三番を一八〇四年に完成させた。それまでのハイドンやモーツァルトの交響曲は、四つの楽章を合わせても二十分前後だったが、第三番は四十五分近くかかる。まず、「長さ」の点で驚異的だったのである。《英雄》という通称で呼ばれることが多い。

 ベートーヴェンは、九曲の交響曲、五曲のピアノ協奏曲、ピアノ・ソナタ、ヴァイオリン・ソナタ、チェロ・ソナタ、ピアノ三重奏曲、弦楽四重奏曲などで多くの名曲を遺し、一八二七年、五十六歳で生涯を閉じた。その人生において、一度も誰にも「雇われなかった」という点で、最初の自立した音楽家といってもいい。葬儀には一説には三万人もが参列し、「皇帝の死」以上だと言われた。それだけの人気があったのだ。

 ベートーヴェンは音楽にメッセージ性を込めた。つまりは「思想表現」としての音楽という道を切り開いた。歌詞のある歌に思想を込めたのではなく、音楽そのもので思想を表現しようとした点で画期的だった。もっとも、どうしても音楽だけでは語れなくなり、最後の交響曲となる第九番では、合唱を導入する。第九があまりにも有名になったいまとなっては理解しづらいかもしれないが、交響曲に合唱が加わること自体が革命だった。

 交響曲に合唱を加え、第六番において《田園》と標題を付けた点で、ベートーヴェンは「古典派」から逸脱し、ロマン派だったとする説もある。だが、ベートーヴェンの音楽は、様式美も備えていた。形式を否定するロマン派とはその点では異なっていた。いずれにしろベートーヴェンの存在がなければ、音楽におけるロマン派の登場はもっと遅れ、別の発展を遂げたかもしれない。その意味で、最重要の作曲家であり、音楽史はベートーヴェン前と以後とに分けることができるといっても過言ではない。

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書影

書影


『クラシック音楽の歴史』
著:中川右介
https://www.kadokawa.co.jp/product/321701000003/

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人物や事件、概念、専門用語をトピックごとに解説。時間の流れ順に掲載しているため、通して読めば流れも分かる。グレゴリオ聖歌から二十世紀の映画音楽まで。「クラシック音楽」の学び直しに最適な1冊。

著者略歴

中川右介
1960年生まれ。早稲田大学第二文学部卒業。出版社IPCで編集長を務めた後、1993年にアルファベータを設立し、2014年秋まで代表取締役編集長を務める。2007年からはクラシック音楽、歌舞伎、映画、歌謡曲、マンガ等の分野で執筆活動をおこなっている。主な著作に『戦争交響楽 音楽家たちの第二次世界大戦』(朝日新書)、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『角川映画 1976-1986[増補版]』(角川文庫)、『至高の十大指揮者』(角川ソフィア文庫)などがある。

目次

第1章 古代~ルネサンス
人類最古の音楽、最古の「クラシック音楽」、楽譜、ルネサンス音楽

第2章 バロック
バロック音楽、オペラ、モンテヴェルディ、リュリ、ヴィヴァルディ、<四季>、ストラディヴァリ、最初のオペラハウス、最初のコンサート、「パッヘルベルのカノン」と「アルビノーニのアダージョ」、テレマン、ヘンデル、バッハ、交響曲、ソナタ、史上最初の交響曲

第3章 古典派
古典派音楽、音楽の都ウィーン、ハイドン、交響曲のタイトルの謎、モーツァルト、モーツァルトの死の謎、未完成の曲、ベートーヴェン、<英雄><運命><田園>、献呈、オーケストラと指揮者、シューベルト、<未完成交響曲>、ロッシーニ

第4章 前期ロマン派
ロマン派、ピアノ、標題音楽と絶対音楽、<四季><革命><悲愴>、パガニーニ、フランス音楽、ベルリオーズ、メンデルスゾーン、シューマン、クララ・シューマン、ショパン、「練習曲」

第5章 後期ロマン派
後期ロマン派、リスト、交響詩、ロマン派のオペラ、ワーグナー、<ニーベルングの指環>、指揮者の誕生、音楽祭、ビゼー、ヴェルディ、プッチーニ、文学作品の音楽化、国民学派、グリーグ、シベリウス、スメタナ、ドヴォルザーク、ロシア五人組、ムソルグスキー、チャイコフスキー、<悲愴>、ブラームス、ブルックナー、マーラー、曲名、音楽の印象派、ドビュッシー、ラヴェル、サティ

第6章 二十世紀
二十世紀音楽、リイャルト・シュトラウス、シェーンベルク、ラフマニノフ、バルトーク、プロコフィエフ、ストラヴィンスキー、ポピュラー音楽、ガーシュウィン、エルガー、レコード、ソ連の音楽、ショスタコーヴィチ、ブリテン、メシアン、ピアソラ、現代音楽、ケージ、マリア・カラス、グールド、カラヤン、古楽、バーンスタイン、ミュージカル、映画音楽

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