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特集

「敗れざる者たち」の共通点は、同調圧力に屈しなかったこと。柳広司『アンブレイカブル』刊行記念インタビュー

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:吉田 大助 

実写映画化・テレビアニメ化もされた「ジョーカー・ゲーム」シリーズは、累計130万部を突破。小説家の柳広司が、同シリーズの世界観とも反響する歴史スパイ・ミステリ『アンブレイカブル』を発表する。全四編を貫くモチーフは、先の大戦期において日本に実在した「治安維持法」だ。その存在は歴史の教科書を通して誰もが知っているはずだが……読めば必ず、新鮮な驚きに打たれることだろう。


――柳さんはキャリア最初期から歴史ミステリ小説を書き継がれてきましたが、大逆事件で処刑された医師・大石誠之助の知られざる生涯を綴る『太平洋食堂』など、ここ数年はミステリ要素は控えめで、歴史小説としての佇まいを強く持つ作品を発表されてきました。今回の『アンブレイカブル』は久しぶりにミステリ回路が全開だと感じたのですが、この変化は意識的でしたか?


柳:KADOKAWAでは「ジョーカー・ゲーム」シリーズを出していることもあり、その延長線上にあるもの、スパイ・ミステリの要素のあるものを書くことが、読者の方に興味を持っていただけるのではないかと思ったんです。正直に言えば、そうして欲しいという編集者のプレッシャーもありました(笑)。

 治安維持法を軸にした話にしようと決めたのは、直前まで『太平洋食堂』を書いていたことが大きかったです。あの作品で描いた時代は、日露戦争の終わりから大石誠之助が死刑となる明治の終わりまで。彼に対して国家権力が用いたのは刑法73条の「大逆罪」です。その後大正14年に治安維持法ができるんですけれども、罪状は違えど「国家権力によるテロリズム」という点で、大逆罪と治安維持法は同じ構図です。

 大石誠之助に関しては、彼が殺されなければならなかった理由は理不尽ではあるものの明確ではありました。明治天皇の暗殺を計画した、という時の権力者都合によるでっちあげに巻き込まれてしまった。治安維持法によって殺された者たちに関しては、「なぜ?」という疑問が昔からあったんですよ。文学者、編集者、哲学者といった身に寸鉄帯びぬ人々の活動を、国家が総力をあげて取り締まり、時に殺さなければいけなくなるほどに恐れたのはなぜなのか。小説を書くことでその問題と向き合って理由を探りたいなと思いましたし、彼らが国家に恐れられていた事実の裏返しとして、彼らの歴史のうえでの輝きを描き出してみたいと思ったんです。


書影

柳広司『アンブレイカブル』
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
※画像タップでKADOKAWAオフィシャルページに移動します。


――歴史的な経緯でいうと大逆事件をきっかけに、翌1911年に内務省を元締めとする特別高等警察(特高)が設立される。そして1925年に治安維持法が制定され、治安維持という名目のもとで、特高による政治思想犯取り締まりが本格化します。四編すべてで登場する人物は、内務省の官僚クロサキ。彼と「被疑者」との間の心理戦が、一編ごとに全く異なるかたちで描かれていく。第一編「雲雀」に登場するのは、プロレタリア文学の金字塔「蟹工船」で知られる文学者・小林多喜二です。


柳:特高による拷問を受けて殺された小林多喜二は、治安維持法の犠牲者として最も著名な人物の一人です。これまでもいろいろな作家が取り上げてきた人物ではあるのですが、死に至る顛末であるとか、生涯思い続けたタミさんの存在であるとかといった部分にフォーカスされることが多かった。それとは違う多喜二像を描けたらと思い、彼が「蟹工船」を執筆した時期に注目してみました。


――平日は拓殖銀行小樽支店でイチ銀行員としてバリバリ働いている多喜二は、週末になると函館へやってきて、「元祖ブラック企業」とも言われる蟹工船にかつて乗船した中年男性二人に取材攻勢をかける。その姿が、取材対象者の一人である谷の視点から記録されていきます。実は谷は、クロサキから多喜二の動向をスパイし、情報をリークするよう依頼されていた。ところが……多喜二は誰からも愛される明るくてイイ奴、多忙でも泣き言を言わない情熱的かつできる奴で、ものすごく魅力的なんですよね。


柳:彼を記憶する人々の話から浮かび上がってくる人物像です。逆にそこからミステリとしての結構を作り上げました。この作品は「蟹工船」の成立過程を描いた、いわば「小説についての小説」でもあるんですが、谷は多喜二の小説を読むことにとって初めて、自分が経験してきた蟹工船という場所の意味を知る。社会において文学が持ち得る役割のようなものも、書きたかったものの一つです。


「連帯」というタイトルが、「虐殺」に変わった


柳:そうした問題意識は、第二編「叛徒」でも活かされています。この作品では川柳作家の鶴彬を、憲兵大尉の丸山とクロサキが別々の方向から狙っていくんですが、彼もまたこの時代に現れたヒーローなんですよね。川柳によって時代の本質を穿ち、その有り様を活写した。彼の作品のことはもちろん、彼の生き方を、一番彼らしいエピソードを拾って書いていったつもりです。


――最初の二編は、ミステリとしても極上の仕上がりです。しかもサプライズが発動する瞬間、小林多喜二や鶴彬の人間性が、より強烈に噴出する感触がある。本作がミステリの要素を持つことは、読者に忘れがたいヒーロー像として、彼らの存在を胸に突きつける効果もあるのではないでしょうか。


柳:そうでありたい、と思っていました。さきほどおっしゃっていただいたように、私が書いているものは「歴史ミステリ小説」ですから。

 私自身が一番意識しているのは、「小説」の部分です。自分が書いているものは「評伝」ではない。事実を元にしながらも、事実に想像力でさまざまな膨らみを持たせた、エンターテインメントです。そこを明確に意識することで、一般的には読みこなしづらいような歴史的事象も、読者に届けることができるようになる。場合によっては、より真実に近づくことができる。それが物語の力だと思います。例えば『はだしのゲン』という漫画がなければ、原爆を投下された広島が子供たちの目にどう見えたかという記憶であるとか想像力は、継承されなかったのではないでしょうか。

 ネット社会が進んでいったことで、現代はものすごい量の情報にさらされている。一方で、有限な人間が認識できる情報は有限です。無限に近い情報の中から本当に伝えるべきものを物語のかたちで、「面白い」エンターテインメントとして切り出すということは、日に日に重要度が増していると思っています。


写真

柳 広司さん


――第三編「虐殺」は、治安維持法の時代に言論誌の編集者が巻き込まれた、いわゆる横浜事件を題材に採っています。物語は冒頭から暗号モノのミステリとして始まり、満鉄東京支社調査室に勤める志木裕一郎の視点から、一連の顛末が「第二のゾルゲ事件」と称されたゆえんが少しずつ明かされていく。志木は、ある段階で「美しい絵図、完成された事件の見取り図」を得ます。本作が本格ど真ん中のミステリであれば、ここで終わると思うんです。でも、志木はその結論を放棄するんですよね。そして、グロテスクな想像力へと飛躍していく。この一点に、「柳広司にしか書けないミステリ」の感触を強く抱きました。


柳:「歴史ミステリ小説」ですから(笑)。前の二編が比較的きれいに話を落としていることもあり、ミステリのバリエーションとして形をやや崩そうという思いもありましたが、そうならざるを得なくなった、という感覚が大きかった。

 実際の資料に当たる前までは、横浜事件は中央公論社と改造社の編集者が、リベラルな雑誌を軍部に抵抗して作り続けたがゆえに捕らえられ、特高に拷問されて殺されたというイメージを持っていました。ところが詳しく当時の資料を調べていくと、彼らはどうして自分たちが捕まったのか分かっていなかった、不思議でたまらなかっただろうな、と。そもそも神奈川県の特高が、東京の出版社の人間に次々と縄をかけていったというのもおかしな話なんです。

 その「おかしさ」を紐解いていくと、この作品の後半部で書いたような奇妙な論理が見えてきました。実はこの話は、構想段階では「連帯」というタイトルで、編集者や知識人たちの連帯を書くつもりだったんです。ところが、書き終えてみたら「虐殺」というタイトルになった。当初のイメージと、こんなにも内容が変わった作品は、これまでで初めてかもしれません。


――当人たちは順接として使用している「だから」という一語は、外部の目から見ればどう考えても逆接である。逆接が順接として使われることによって、グロテスクな悲劇が起こる……。最終第四編「矜恃」ではその悲劇が、体制側を含む、日本国中を覆っていく。後半の二編で描かれていることは、現代の日本で起こっていること、そのものではないでしょうか?


柳:歴史は鏡ですから、どんな歴史を書こうとも、現代を生きている人間が書く以上、小説はすべて現代小説になるのではないでしょうか。逆に、今の時代に治安維持法の話を書いたからこそ、こういう物語になったという言い方もできると思います。

 第三編を書いている途中で世の中はコロナ禍に見舞われたんですが、何か大きな社会的出来事が起こると、ともかくみんなで固まろうという集団心理が働く。その結果、個人の自由を捨ててでも、安心のために全体主義、国家主義に身を委ねようとなっていく。そうした目の前の現実がある中で、小説家はどんな物語を紡ぐべきか。

 私としては、歴史的事実を元に「面白い小説」を書くことで、読んだ方が「あぁ、この頃と今は一緒だ」「自分が感じていたモヤモヤはこれか!」と、ピンとくるようなものを差し出したかった。歴史は繰り返す、とは陳腐な言い回しですが、人間性の本質に関わる真実を暴露していると思います。

 この作品に登場させた「敗れざる者たち」の共通点は、周囲の同調圧力に屈しなかったことです。そういう人間がかつていたんだと知ることで、自分自身も現実で同調圧力にさらされた時、流れに身を任せるのを食い止める力になれれば良いと思います。

柳広司『アンブレイカブル』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000549/


柳 広司

1967年生まれ。2001年『贋作『坊っちゃん』殺人事件』で朝日新人文学賞受賞。09年『ジョーカー・ゲーム』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞長編及び連作短編部門を受賞。同年刊行の『ダブル・ジョーカー』は、『ジョーカー・ゲーム』に続き二年連続で「このミステリーがすごい!」の二位に選ばれる。

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