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特集

君が作家になれるとは思えないーー 元新聞記者の小説家・荒木源が語る、後悔しない退職のコツ

 『骨ん中』や『PD 検察の犬たち』などの重厚な社会派小説から、映画化もされたコメディ作『ちょんまげぷりん』まで、幅広い作風で読者を魅了しつづける作家の荒木源さん。書き下ろし最新作『役職定年』は、働かないシニア社員と人事とのイタチごっこをコメディタッチに描いたお仕事小説です。
 『役職定年』の刊行を記念して、元新聞記者の荒木さんに、ご自身の退職経験と本作の魅力をたっぷり語っていただきました。



荒木源『役職定年』刊行記念インタビュー


――『役職定年』の刊行おめでとうございます。
 本作は大手生命保険会社を舞台にした作品です。角川文庫からは、『早期退職』『残業禁止』とサラリーマンを主人公にしたお仕事小説が続きますが、荒木さんには会社員経験があるのですよね。

 はい。記者として新聞社で働きました。
 中学生のころから小説家志望で、大江健三郎さんみたいな学生デビューに憧れたんですが、いざ書こうとすると書きたいことが見つからない。軌道修正して映画監督を目指すことにして、「とりあえずテレビ局でドラマづくりだ!」と就活したものの全滅してしまいまして……。結果的に1988年に新聞社に入りました。
 地方の支局で5年間働いたあと、東京本社に上がって社会部の司法担当になります。思いがけなかったですが、記者の仕事は性に合っていて、映画監督になりたかったことも、ましてや小説家への夢なんかすっかり忘れて仕事をしていました。


――新聞記者と聞くと、かなりハードなイメージがあります。

 特に司法担当みたいな「事件屋」はそうでしたね。
 特捜部の検事を追いかけ回して機密情報をもらうんですが、何せ相手に国家公務員法を犯させるわけなんで(笑)。廊下で張り込んで連れションを狙ったり、家に帰ってくるところを捕まえようと深夜まで待ったり――。1日18時間くらい仕事してたんじゃないかな。
 このあたりは『PD 検察の犬たち』に詳しく書いています。話を盛ってるんじゃないかと思う人もいるみたいですけど、本当の話です。


――いつまで記者として働かれたのですか。

 社会部に3年半勤めたあと、31歳で退職しました。
 やっぱり、小説を書きたい気持ちがどこかに残っていたんですね。ある日突然、「あ、いまなら書きたいことたくさんあるぞ」と思ったんです。仕事を通じて、たくさんの出来事、かかわった人々の生きざまを見てきました。それぞれに魅力があり、また新聞には書けなかった話も多かった。小説にしなきゃ、と使命感みたいなものまで感じてしまったんです。働きながら書くには忙しすぎて、辞める決心をしました。


――「小説家を目指す」と退職を告げた時、周囲の反応はどうでしたか。

 ある上司に相談すると「考えるから1日待ってくれ」と言われました。翌日聞いた答えは「君が作家になれるとは思えない。悪いことは言わない。諦めろ」だったんですけど(笑)。でも、部下の管理責任を問われたくないという保身ではなく、真剣に私のことを考えてくれたのは嬉しかったですね。
 上司以上に緊張したのが、妻の両親への報告です。無職になっちゃうわけですから。快く「やりたいことをやりなさい」と言ってもらえてほっとしました。


――退職時に気を付けたことはありますか。

 後悔先に立たずとならないよう、辞めた場合、辞めなかった場合のシミュレーションを念入りに行いました。もちろん、作家になれないで終わる可能性が小さくないのも頭において。一番大きかったのは、「いま辞めなかったら、『辞めていたらどうだったか』が一生頭から離れないだろう」という懸念でした。
 一方で、仕事をきちんとやりきらなければ未練が残るとも思いました。「できないから逃げた」じゃ恰好が悪いので、そうじゃないと他人にも自分にも証をたてておきたかったんです。目標にしていた1面トップの特ダネを達成できたことは、後々の精神衛生上、非常に良かったと言えます。


――荒木さんは前向きな退職を実現されたのですね。しかし世の中、そういった人ばかりではありません。
 本書は大手生命保険会社に「首切り役」として雇われた主人公が、働かないシニア社員たちの追い出しを命じられるところから物語が始まります。この社員たちはしょっちゅう離席してなかなか見ることができないので、「妖精さん」と揶揄される存在です。
 「退職させる側」と「退職させられる側」が対立する物語を描くにあたって、会社員時代の経験からヒントを得た部分もあるのでしょうか?

 そうかもしれません。「妖精さん」に昔は寛容だったと言えますね。
 特に地方では、交通事故のベタ記事を2、3日に一本出稿するだけ、みたいなおじさん記者が少なくなかった。相当な給料をもらってるはずなんだけれど、受け持ちエリアで大きな事件が起きると「この歳で現場なんか行けないよ」と言って、若手に任せてしまう。
 そんなものだと、疑問も持ちませんでしたが、もう許される時代じゃないですね。

 ただ当時も、素晴らしい働きをするシニアはいたんです。地域に密着して、あらゆることを知り尽くしている。選挙の時、票読みという作業をするんですが、あそこの集落から何票、ここからは何票と恐ろしいほど精確で。神業みたいでした。
 対極的なシニア社員を目の当たりにしてきたと言えます。そうした経験が、『役職定年』に底流するテーマ作りに役立ったのかもしれません。本作に登場する「妖精さん」は会社から「役に立たない」と思われている存在ですが、はたして本当に「要らない」社員なのか――。これ以上お話しするとネタバレになってしまいますので、あとは本書をお読みいただけると嬉しいです。


――貴重なお話をありがとうございました。
 最後に、読者のみなさんにメッセージをお願いできますでしょうか。

 私自身、会社員だったら役職定年に引っ掛かりそうな世代です。社会の動きについていけているか不安になったりしますが、頑張ってアンテナを張るとともに、過去を知る者の強みがあると信じて、自分にしか書けない作品をお届けしていきます。ご期待ください。

プロフィール

荒木 源(あらき・げん)
1964年、京都府生まれ。東京大学文学部仏文科卒、新聞社に入社。2003年『骨ん中』でデビュー。2010年『ちょんまげぷりん』が錦戸亮主演で映画化され、2016年には『オケ老人!』が杏主演で映画化された。著書に『探検隊の栄光』『けいどろ』『大脱走』『ヘビメタ中年!』『独裁者ですが、なにか?』『早期退職』など。


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