取材・文=千街晶之(ミステリー評論家・書評家)
『ホーンテッド・キャンパス』でデビューして昨年で十周年を迎え、代表作『死刑にいたる病』が映画化されたことでも話題を呼んだ櫛木理宇さん。このたび改稿の上、副題を加えて文庫化されたサイコ・サスペンス長篇『虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛』は、その作品系列でどのような位置を占めているのか。社会病理を映す鏡としてのサイコキラーへの関心、家族という究極の密閉された世界に向けた眼差しなど、その作品世界の背景に迫る。
『虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛』発売記念
櫛木理宇インタビュー
ミステリ的にも重要なテーマである〝殺人の動機の根っこにある劣等感〟を作中に登場するシリアルキラーの言動に反映させつつ、
主人公たちの会話で読者がほっとひと息つけるシーンを作れたら。
――『虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛』は、櫛木さんの作品の中で一つの系列となっているシリアルキラーものに属しています。櫛木さんは作家デビュー以前からシリアルキラーに興味をお持ちだったそうですが、どのようなところに惹かれたのでしょうか。また、シリアルキラーものの中で、本書と他の作品の一番の違いは何でしょうか。
櫛木:シリアルキラーというのは社会病理の一つの縮図ではないかと思っています。
たとえば日本では、戦中から戦後にかけて小平義雄という連続殺人者が現れました。高度成長期には大久保清が、平成不況の頃には酒鬼薔薇聖斗が現れました。彼らの犯行には世相が色濃く反映されています。シリアルキラーに惹かれる理由は複数ありますが、社会や時代を映す鏡として興味深い、という点もそのひとつだと思います。
『虜囚の犬』が『死刑にいたる病』等の著作と違う点は、やはり白石と和井田のキャラクター性でしょうか。彼らの登場や会話などで、読者がほっとひと息つけるシーンを作れたらいいなと思って設定しました。
――本書では歪んだ家族関係が描かれていますが、人間にとって救いにも絶望にもなり得る家族というものに対してどのように感じますか。
櫛木:私は閉塞的な環境を書くことが多いのですが、家庭および家族は究極の密室だと思います。ちいさな密閉された世界であり、そこで何が起こって、どんな価値観が育まれて、どんなルールができあがっているか、外界からは見えづらいですよね。
でも最近は「毒親」なんていう言葉も広まって、家族イコール団らんや温かいものというイメージは薄れてきました。やっと家庭の中から声を上げられるようになってきたのでは、と思っています。
――本書では「犬」のイメージが印象的ですが、このイメージはどのように浮かんできて、どのように固まっていったのでしょうか。
櫛木:犬に大変申しわけないのですが(笑)、非人間的なもの、支配されるもの、隷属するもの、首輪で繋がれるもののイメージであり代名詞として、作中で連呼させております。ほんとうに犬にはすまないことをしました(笑)。
――本書で描かれる事件の発想源はアメリカで起きたゲイリー・ヘイドニック事件(1986年から翌年にかけて6人の黒人女性が監禁され、そのうち2人が殺害された事件)だそうですが、この事件のどのあたりに関心を抱いたのでしょうか。
櫛木:シリアルキラーの被害者はたいてい加害者と同人種なんですが、有色人種ばかりを狙った白人のシリアルキラーも少数ながらいます。代表格がゲイリー・ヘイドニックと、ジェフリー・ダーマーです(ダーマーはゲイだったので被害者は男性でしたが)。
彼らに共通するものは強烈な劣等感ですね。ダーマーは恋人がほしかったのに「自分なんかのそばに誰もいてくれるはずがない」と思いこみ、被害者の頭蓋骨に穴を開けて熱湯を注いだりして、自分に隷属するだけの魂のない人間を作ろうとしました。ヘイドニクの動機も、ほぼ同じです。〝殺人の動機の根っこにある劣等感〟というのは、ミステリ的にも重要な一大テーマなんじゃないかと思います。
――元家裁調査官で現在は妹と同居している白石洛と、彼の旧友の茨城県警捜査第一課巡査部長・和井田瑛一郎というコンビはどのように生まれたのでしょうか。
櫛木:凄惨なシーンが多いので、中和できる主人公にできたらいいなと。会話の掛け合いがしたかったので、和井田というキャラクターに担ってもらいました。
――今回の文庫化で、終盤を改稿した理由をお聞かせください。また、タイトルが『虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛』と副題がつきましたが、白石を主人公とするシリーズ化の予定があるのでしょうか。
櫛木:連載中は、終盤でたたみかけるような効果を狙いたかったのですが、すこし置いて冷静になったら、たたみかけすぎたことに気づきまして(笑)。すこしでも読みやすくなっていればと思います。
一応、二作目は今秋から今冬に書き始める予定です。さらなるつづきは、KADOKAWAさんが書かせてくだされば……。
――連載当時のイラストに続き、単行本でも文庫版でも装画を担当している青依青さんの絵について感想をお願いします。
櫛木:青依青さんには、連載中のカットからずーっと一貫して描いていただきました。単行本の表紙も、今回の文庫の表紙も、私から「ぜひ青依青さんのままで」とお願いしたんです。いつも期待以上に仕上げてくださって、感謝に堪えません。
――シリアルキラーものを執筆する時は残虐な描写がどうしても避けられないと思いますが、執筆の際の覚悟や気をつかうことなどについてお聞かせください。
櫛木:あまり下品にならないよう心掛けています。ぐちょぐちょどろどろ、みたいな擬音は避けていますね。淡々と書いたほうが怖いんじゃないかなと。
――シリアルキラーものの系列では、昨年、『死刑にいたる病』が映画化されました。この映画の感想をお聞かせください。
櫛木:「監督は白石和彌さんです」と教えられた瞬間「やった!」となりました。原作より切れ味のいいスタイリッシュなフィルム・ノワールに仕上げていただきました。無事ヒットしたようで、ひとえに監督の手腕のおかげと思っております。
――今まで読んだ中で好きな(あるいは、印象に残っている)サイコ・サスペンス小説は何でしょうか。
櫛木:ルース・レンデル『ロウフィールド館の惨劇』です。これがベスト1ですね。
はじめて読んだときは、とにかく衝撃でした。でもレンデルってなぜか、日本じゃそんなに人気ないみたいで……。
――本書の文庫化とほぼ同時期に、角川春樹事務所から鳥越恭一郎シリーズの第二作『業火の地 捜査一課強行犯係・鳥越恭一郎』が出ると伺っております。初期にはあまり書かなかった警察官主人公を書いた理由は何でしょうか。
櫛木:資料が揃ったおかげもありますが(笑)、やはり事件のスケールをすこしでも大きくすると、日本では素人探偵のみで切りまわすのは無理があるので、警察官も書けるようになりたかったんです。このシリーズはケレン味のある設定もちょっと付けてしまいました。
――デビューから最近にかけて、ミステリとしての意外性を重視する作風に次第に移行しつつありますが、それはなぜでしょうか。
櫛木:書きたいものを書いていったら、自然に移行していった感じです。昔のほうがよかったとおっしゃる方もいるでしょうが、時代につれて社会や書き手の意識もアップデートされるものですし、今後も変わっていきたいと思っています。
――デビュー作から続いているホラー小説の『ホーンテッド・キャンパス』シリーズは、今年の夏に第21巻が出ると伺っています。ここまで長く書き続けられたモチベーションは何でしょうか。
櫛木:モチベーションというか、卒業という制約さえなければあのシリーズはたぶん無限に書きつづけられそうなんです。オカルトというのは案外間口が広いので。
20巻を越えるとわかっていれば、初期のほうでもっと時間の流れを遅くしたんですが(笑)。
――昨年、デビュー十周年を迎えましたが、そのことについて感慨はありますか。
櫛木:デビュー直後、「十年生き残れる作家はほんのひと握りだ」と複数の方に言われました。当初は10冊出すのが目標でした。低空飛行ながらなんとかやってきたなぁと、しみじみしております。
――今後、このような作品を書きたいという意気込みやご予定がありましたらお伺いしたいと思います。
櫛木:シリアルキラー系と並行して、シリーズものも書いていきたいですし、社会問題を扱うようなものも書いていけたらと思います。さっきの答えと重なってしまいますが、時代に合わせてアップデートしていけたら理想的ですね。
プロフィール
櫛木理宇(くしき・りう)
1972年新潟県生まれ。2012年、『ホーンテッド・キャンパス』で第19回日本ホラー小説大賞・読者賞を受賞。瑞々しいキャラクターと読みやすい文章で読者モニターから高い支持を得る。同年、「赤と白」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、二冠を達成。
書籍情報
虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛
著者 櫛木 理宇
定価: 858円(本体780円+税)
発売日:2023年03月22日
残酷でおぞましい事件に隠された真実とは。衝撃的結末に、撃ちぬかれる。
穏やかな日常を送る、元家裁調査官の白石洛(しらいし らく)は、友人で刑事の和井田(わいだ)から、ある事件の相談を持ち掛けられる。白石がかつて担当した少年、薩摩治郎(さつまじろう)。7年後の今、彼が安ホテルで死体となって発見されたという。しかし警察が治郎の自宅を訪ねると、そこには鎖につながれ、やせ細った女性の姿が。なんと治郎は女性たちを監禁、虐待し、その死後は「肉」として他の女性に与えていたという。かつての治郎について聞かれた白石は、「ぼくは、犬だ」と繰り返していた少年時代の彼を思い出し、気が進まないながらも調査を開始する。史上最悪の監禁犯を殺したのは、誰? 戦慄のサスペンスミステリ!
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