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特集

もしも「惚れ薬」があったら、あなたは好きな人に飲ませますか? 令和最強恋愛小説『求めよ、さらば』刊行記念 奥田亜希子さんインタビュー

取材・文:瀧井朝世
撮影:鈴木慶子

令和最強恋愛小説『求めよ、さらば』刊行記念 奥田亜希子さんインタビュー

世間に馴染むことができない、こじらせ系女子とアイドルオタクの男子の心の交流を描いた『左目に映る星』で第37回すばる文学賞を受賞しデビューした奥田亜希子さん。現代的ですこし「ねじれた」関係性を描くことに長けた彼女が描いた最新作『求めよ、さらばは恋愛小説です。しかし「恋愛小説のつもりで書き始めたものですが、主題は『コミュニケーション』」だったと語る奥田さん。本作を書き始めたきっかけや、作品に込めた思いを伺いました。

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――新作の『求めよ、さらば』は、第1章の最後でもう、びっくりしました。

奥田:よかったです。まさに第1章の最後に「はあ?」と言ってほしかったんです(笑)。


――本作は3章構成。第1章の視点人物は34歳の翻訳家、志織です。付き合って7年、結婚して5年になる誠太は理解力のある理想的な夫。唯一の悩みは、不妊治療に励んでもなかなか子どもができないこと。でもある日突然、誠太が置き手紙を残して姿を消してしまう。不妊に悩む夫婦の話と思っていたら全然違う展開で、第2章では過去にさかのぼり、2人の出会いからの出来事が語られていきますね。

奥田:もともとは、恋愛小説を書こうというところから始まりました。片想いを書くことが好きなので、第2章に取り組んでいるあいだはすごく楽しかったです。といっても、今回は本当は両想いなのに、互いが相手に片想いしていると思い込んでいる「両片想い」の話になりました。
 私は、大人になってからの恋愛の多くは欺瞞だと思っているんです(笑)。大人同士って、互いに探り合い、相手が自分を悪く思っていないことを確信してから近づいていくようなところがありますよね。でも子どものころは、相手の気持ちにお構いなく好きになることが、もっと当たり前にあったような気がします。今作ではそういった恋愛を書きたかったのかもしれません。
 志織と誠太についてはそれぞれ、相手の一般的に欠点とされるところにも魅力を感じていることを意識しました。そうしたほうが、相手が特別な存在であることが表現できますし、話の後半にも説得力が出るかな、と。



――誠太は友達も少ないタイプで、一方志織は人付き合いが上手で華やか。でも彼女には、ひどいいじめに遭ったという過去がある。それを誠太に打ち明ける場面が印象的です。

奥田:大きな苦労を経験していない人だと誠太を好きにならないような気がしたんです。志織が誠太を手放したくないと思う特別な理由もほしかった。
 これは編集者との会話がヒントになりました。たまたま「バチェロレッテ」という番組の話をしていたんです。一人の女性に選ばれるために複数の男の人が競う番組ですが、ある回で、男性の一人のボルテージが急に上がったように見えたんです。編集者は「なぜ?」と疑問に思ったそうなんですが、私は彼の気持ちが分かったような気がしました。その直前、彼はバチェロレッテに自分の夢を語り、バチェロレッテの彼女はそれを真っ直ぐに受け止めていたんです。その瞬間に加速が始まったのかな、と。
 相手に真摯に受け止めてもらった感覚って、すごく貴重ですよね。志織にとってもそういう瞬間が必要だと考えて、誠太に過去を打ち明ける場面を書こうと思いました。志織が失踪した誠太を探そうとするにしても、「便利な夫を手放したくなかっただけ」と読み手に思わせては、今作で書きたかったことからずれてしまう。それを回避するために、なにか特別な思いを書かなければと考えました。


――誠太は自分に自信がなく、なぜ志織が自分を好きになったのか、全然分かってないのがもどかしいです。

奥田:自分を信じられないと他人のことも信じられない、といった言葉はよく耳にしますが、本当にそのとおりだと思います。
 恋愛小説のつもりで書き始めたものですが、主題は「コミュニケーション」ではないかと感じています。書いている期間が長かったので、そのあいだに考えていたことが作品に組み込まれていきました。
 たとえば、SNSが広がり始めたころ、私はすごくいいものが生まれたように思っていたんです。自分と違う立場の人の、「こういうことをされて嫌だった」という意見を読むたびにはっとして、人を傷つけないための予習ができたように感じていました。私は自分の不用意な発言を後悔することが非常に多いので……。実際、関係が浅い人とやり取りする際には、SNSで得た知識が役に立っていると思います。でも、相手を傷つけないことばかりを考えていると、仲良くなりたいと思った人との距離もなかなか縮まらない。聞きたいことや話したいことが、「でも嫌な気持ちにさせるかもしれない」という懸念に飲み込まれていくような感覚があります。
 そこから、対等に傷つけあえることには、実は大きな価値があるんじゃないかと考えるようになりました。表面的ではない関係を誰かと築こうと思ったら、傷つけることも傷つけられることも避けられない。傷つきあえるって、特権かもしれないです。それはもちろん、相手が嫌がることをわざと口にするという意味ではなくて、互いに本音を開示することには、どうしてもそういう側面があるんだと思います。
 気遣いや優しさが動機だとしても、いつまでも本心を隠し続けていたら、その関係は困難を乗り越えられないんじゃないかな、と。


――それが、まさに志織と誠太の夫婦だったんですね。



奥田:彼らのきっかけは不妊治療でしたが、たとえ望んだとおりに子どもを授かっていても、二人の関係はどこかで終わりを迎えていた。そこが伝わるように書けていたら嬉しいです。
 私はデビュー作の『左目に映る星』でも片想いを書きましたが、あれは他人とは分かり合えないものだから、勘違いを宝物にして生きていこうという話だったんです。でもその後、もしかしたらほかの考え方もあるかもしれないと思うようになりました。そういう意味でも、書き始めた時から思いもよらない出口にたどり着きました。


――志織と2人の友人の間にも同じことが言えますね。友人の1人が妊娠して、志織は素直に祝福しますが、自分が不妊治療をしているとはなかなか言いだせない。そんな3人が集まる場面がありますね。

奥田:あれは最初のプロット段階では思いつかなかった展開ですね。柚木麻子さんをはじめ、女性同士の友情を書いている作家からの影響だと思います。女性同士をギスギスさせたまま終わりにしたくなかったんです。それに、物語の終盤で志織が誠太と上手くいったとしても、志織が友達との関係にわだかまりを抱えたままなら、彼女の問題は本当には解決しないような気がしました。


――途中で、「惚れ薬」という、なんとも意外なキーアイテムが出てきますが、その発想はどこにあったのですか。

奥田:人と雑談していたときに、「惚れ薬があったら使うか」という話になったんです。使うとしたらどんな気持ちで手に取るのか、使われたと知った側はその話を信じるのか……。そのあたりを小説にしてみたいと思いました。ただ今回は、「惚れ薬をなんて気持ち悪い」と読み手に感じさせないことに留意しました。そこに気を取られると、話の趣旨が変わってしまうので……。
 子どものときになにかしらかのおまじないを試したことがある人は多いと思います。大人になってからも神社にお参りしたり、お守りを持ち歩いたりすることはごく一般的ですよね。何をどこまで信じるかというのはきっちり線引きできることではなく、グラデーションなんだと思います。



――奥田さんはもしも惚れ薬があったら、使っていたと思いますか。

奥田:使わないです。私は、相手の心がほしいから(笑)。
 編集者が周囲の方に「惚れ薬があったら使うか」というアンケートをとってくれたんですが、そこでも「使わない」という人が圧倒的に多かったです。理由を読むと、「成分が分からないものを人に与えるのは抵抗があるから」とか、「自分が一生その人のことを好きでいられるか責任が持てないから」とか、「薬の効力がいつまで続くか分からないから」とか、回答がどれも面白かったです。


――タイトルにはどのような思いをこめましたか。作中でも、歌詞の一節として登場しますね。

奥田:「求めよ、さらば与えられん」という言葉は、本来の聖書の意味から少し離れたところで広まっていますが、片想いでも不妊でも、ほかのなにであっても、切実に求めたからといって、必ずしも与えられるとは限りませんよね。そこに引っかかりを覚えていました。
 たしかに、求めないと得られないものはあります。でも、得たあとに上手くいかなかったり後悔したりすることもざらにあって、誠太と志織の場合も、結末でようやくスタートに立てたということかな、と思っています。



プロフィール

奥田亜希子(おくだ・あきこ)
1983年愛知県生まれ。愛知大学文学部哲学科卒業。2013年『左目に映る星』(「アナザープラネット」を改題)で第37回すばる文学賞を受賞し、デビュー。ほかの著書に『ファミリー・レス』『五つ星をつけてよ』『青春のジョーカー』『愛の色いろ』『愉快な青春が最高の復讐!』『白野真澄はしょうがない』『クレイジー・フォー・ラビット』などがある。

作品紹介・あらすじ



求めよ、さらば
著者 奥田 亜希子
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2021年12月24日

あなたの「愛」は、本当にあなたが感じたものですか? 令和最強の恋愛小説
理想の夫だったあの人は、私を、愛してはいなかった――。
三十四歳、結婚して七年、子供なし。夫には、誰にも言えない秘密がある。

===

翻訳家として働く辻井志織は、三十四歳。五年の交際を経て、結婚をした夫の誠太は、友人から「理想の旦那」と言われ、
夫婦生活は安定した温かさに満ちていた。ただひとつ、二人の間に子どもがいないことをのぞいては。あるとき、志織は誠太のSNSに送られた衝撃的な投稿を見つける。

自分の人生に奥さんを利用しているんですね。こんなのは本当の愛じゃないです。

二週間後、夫は失踪した。残された手紙には「自分は志織にひどいことをした、裏切り者だ」と書かれていて――。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000195/
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『求めよ、さらば』試し読み



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