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特集

おばけに対する反応があらわにする人間性――東 雅夫『文豪と怪奇』インタビュー

取材・文=石井千湖 写真=松本順子

文豪たちが遭遇したリアルな怪異エピソード×アンソロジー×評伝・読書ガイド『文豪と怪奇』著者・東 雅夫インタビュー

「怪奇」をキーワードに名だたる文豪たちの生涯と作品を紐解く『文豪と怪奇』。エッセイとアンソロジーとガイドが一体となった、画期的な文豪本です。怪談文芸の第一人者にして、稀代のアンソロジストである著者の東 雅夫さんに、本書が誕生した背景についてお話を伺いました。



文豪とは〈世界の不思議〉に向き合った人たち


――「はじめに」にある〈文豪とは、自らを取り巻く世界の不思議さと真っ向から向き合い、かれらが垣間見たこの世の秘密を、真相を、文筆という行為を通じて作品化し、われわれ読者の眼にも明らかにしようと努めた人たち〉という新鮮な解釈は、どのようにして導き出されたのでしょうか。

東:今回取り上げた日本の近現代文学の作家にかぎらず、文豪の世紀と言われる19世紀に活躍した海外文学の作家たちも、怪奇幻想的な作品を多く書いています。バルザックとか、メリメとか、ゴーチエとか。文豪たちはなぜ怪奇幻想というテーマにひきつけられるのか、実際に面白い作品ができているのはどうしてなのか長年にわたって考えた結果、文豪とは〈世界の不思議〉に真っ向から向き合った人たちだという一言に辿り着いたんですね。ボードレールの「この世の外ならどこへでも」という有名な詩がありますけれども、かれらは常に〈この世の外〉――自分たちの属する現実とは異なる世界の存在を意識して、ものを考えたり、書いたりしていたような気がするんです。


――本書に登場する10人の作家は、どんな基準で選ばれたのですか?

東:泉鏡花と澁澤龍彥はあらかじめ入れると決めていました。あとは誰にするか非常に悩みましたが、まず鏡花とつながりのある文豪ということで、鏡花の影響を受けた芥川龍之介、芥川の師であり鏡花を陰で支えていた夏目漱石を選びました。そして東京帝国大学英文科で漱石の前任者だった小泉八雲、八雲の大ファンだった小川未明……という感じで、ゆるやかに関連する文豪をピックアップしていったんです。雑誌連載のときは、世間的な注目を集めたいといういやらしい企みもあって(笑)、太宰治を初回に持ってきたんですけどね。


――〈おばけずき〉文豪をテーマにした本で、太宰が選ばれていることを意外に思う読者は多いかもしれません。

東:ちくま文庫の「文豪怪談傑作選」シリーズで『太宰治集 哀蚊』というアンソロジーを編んだときに、私は太宰治の全作品を読んだんですね。そうしたら〈怪談〉とか〈おばけ〉という言葉がたくさん出てくることに驚いて。いわゆる怪奇幻想小説ではない、太宰が得意としたアフォリズム的な短い文章にもよく出てきます。初期短編「怪談」に〈一千の怪談を覚えて居る〉と書いているのは誇張が過ぎるとしても、そういう気がまえでのぞむくらい太宰は怪談が好きだったわけです。試しに太宰の作品から怪奇語録を抜き出してみたら、ミニ・アンソロジーができてしまった。そこで、他の文豪の回にもミニ・アンソロジーを付けることにしました。怪奇にまつわる面白い部分だけ抽出するのは大変でしたが、アンソロジストをメインに名乗っている人間としては、単なるエッセイ集や作家ガイドではなく、アンソロジー要素を入れた本にしたかったんです。



時代に先駆けた「怪奇ハンター」鏡花


――エッセイとアンソロジーとガイドの三段階で文豪と怪奇の関わりを知ることができる、これまでにない文豪本になっていると思います。単行本化するにあたって、泉鏡花を最初に登場させたのはなぜですか?

東:私が個人的に好きということもありますが、鏡花は日本の怪奇幻想文学を代表する作家だからです。怪奇との関係もわかりやすい。鏡花は雷と犬と黴菌を極端に恐れた、本当に臆病な人ですけれども、おばけが大好きなんですね。たとえば、若い頃に書いた「黒壁」という未完の小説は、主人公が黒壁という秘境を深夜に訪れて、丑の刻まいりをしている女の人に遭遇し、怖ろしい思いをする話です。黒壁山は鏡花の故郷の金沢に実在します。天狗信仰の霊場で、昼間でも暗い雰囲気が漂うところです。女の人に会ったのは虚構かもしれませんが、鏡花も主人公のようにわざわざ魔処に出向いていたらしいことがうかがえる。夜中に地域で評判の心霊スポットを探訪する若者たちが怖ろしい目に遭うというのは現代怪談実話ではおなじみのパターンですが、明治生まれの鏡花も同じことをしていた。時代に先駆けた〈怪奇ハンター〉だったんです。


――〈おばけずき〉であることを他の作家に批判されたとき〈お化は私の感情の具体化だ〉と宣言するところも鏡花は魅力的です。

東:合理主義の精神を重んじる文明開化の時代に、誰がなんと言おうと平気な顔して〈おばけずき〉を貫くところがすごいですよね。ただ、鏡花はおばけを〈お江戸の真中電車の鈴の聞える所へ出したい〉と啖呵を切りながらも、深山幽谷を舞台にした話ばかり書いていた。鏡花の言葉を忠実に実践して、市電の通る東京の町におばけを出したのが芥川の「妖婆」です。芥川の盟友で〈おばけずき〉文豪のひとりでもある佐藤春夫は「妖婆」を酷評しますが、その後も芥川は都市のおばけの話を書き続けました。


――鏡花と金沢、芥川と東京など、本書を読んでいると、土地と怪奇と文豪の密接な関係を感じます。

東:今と違って新幹線や飛行機でいろんな土地に行ける時代ではないですから、どこで生まれ育ったかは大きいでしょう。鏡花は金沢から上京して、尾崎紅葉のもとで修業するわけですけれども、結局最後まで江戸っ子にはなれなかった。鏡花より一歳年上で東京出身の岡本綺堂と対照的です。鏡花の小説はゴシックロマンスで、綺堂は無意識にモダンホラーを先取りしているという都筑道夫さんの評論を読んだとき、私は納得がいきました。鏡花の作品には北陸の仄暗さを感じさせる怪異が、綺堂の作品には江戸ならではの不条理な怪異が描かれているんです。



怪奇現象の受け止め方によってわかること


――同時代を生きた文豪たちの怪異の描き方を比較できるところも本書の特色ですね。

東:おばけに対するリアクションには、人間性がもろに出ると思います。それぞれの文豪が怪奇現象をどう受け止めていたか明らかにするためにも、アンソロジー部分をもうけることは必要でした。


――林芙美子のミニ・アンソロジーに入っている「めかくし鳳凰」には驚きました。

東:林芙美子と言えば自伝的小説『放浪記』にも描かれているように、西日本を放浪しながら育ち、古里を持たないという人です。ひとつの土地にとどまらない感覚が、晩年の作品である「めかくし鳳凰」にあらわれています。放蕩無頼な人生を送って故郷に戻ってきた老人に〈地獄からの迎え〉が訪れる話です。どことなく英国正調怪奇小説の味わいもあって、林芙美子作品のなかでも最恐のホラーだと思います。同じく晩年の傑作である「上田秋成」とあわせて読んでいただけたら嬉しいです。


――10人の文豪の最後を締めくくるのは澁澤龍彥です。

東:澁澤さんと言えばサドを日本に紹介した異端の文学者というイメージだけれども、私はお目にかかったときに、非常にまっとうな生活人という印象を受けました。本文にも引用した、三島由紀夫邸で行われたこっくりさん実験会のエピソードを読むとわかります。オカルト好きで真剣にこっくりさんに挑む三島に対して、澁澤さんは冷静なんです。おばけの存在なんて信じていないリアリストの澁澤さんが、「妄譚」という不可解な掌編を書いているところが興味深い。禁じ手ですけど、ミニ・アンソロジーにまるごと収録しています。


――三島由紀夫が佐藤春夫の発言として伝える「文学の極意は怪談である」。本書を読むとまさにそうだなと感じます。

東:恐怖は官能と並んで、人間の興味の根源にあるものです。だから、文学において恐怖を描くことは大事だと思います。この本に出てくる文豪は、ありえそうにない怖ろしい出来事を、読んでいるうちにありえると感じさせる。読後に思わず後ろを振り返ってしまうような、真の恐怖を言葉だけであらわすことができる。稀有な人たちなんです。



プロフィール

東雅夫(ひがし・まさお)●アンソロジスト、文芸評論家。1958年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。「幻想文学」「幽」の編集長を歴任。『遠野物語と怪談の時代』で第64回日本推理作家協会賞を受賞。著書に『百物語の怪談史』『文豪たちの怪談ライブ』『怪談文芸ハンドブック』『なぜ怪談は百年ごとに流行るのか』『クトゥルー神話大事典』ほか、編纂書に『文豪妖怪名作選』『平成怪奇小説傑作集』『ゴシック文学入門』、〈文豪怪談傑作選〉〈文豪怪談ライバルズ!〉〈文豪怪奇コレクション〉の各シリーズほか多数。監修書に〈怪談えほん〉シリーズなど。

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