『丹吉』松村進吉インタビュー
松村進吉は多数の著書がある実話怪談作家である。その松村初の長編小説は、現代に蘇った化け狸を描く冒険物語だった。愛嬌のある化け狸の活躍を通じて、現代人にとっての信仰の在り方など、大事なものが見えてくる。
取材・文=杉江松恋
さまざまな物語や信仰が存在するのは、
人間に想像力が備わっているから。
――『丹吉』は松村進吉の故郷・徳島県の風土が生み出した小説だ。松村は現在実話怪談作家として活動しているが、実は最初の怪談体験も曾祖母に聞かされた狸の話だったという。化け狸小説の執筆をしながら松村は、自身の中にある物語の原点とも向き合ったのではないか。
松村:狸は悪いことをする、という刷り込みが小さいときからありました。たぶん僕らが、そういう化け狸の話を信じて育った最後の世代だと思います。今の40代くらいまでは金勘定が合わないと『狸がおるんか』みたいに言うんですよ。それくらい狸が日常生活の中によく出てきます。僕自身も19か20歳のときに狸に化かされたことがあります。『セメント怪談稼業』に書きましたが、バイクで堤防の上を延々と何十分も走らされて。怖くなって引き返したら5分もしないうちに戻れた、という体験をしたんです。そのときにパッと『狸だ』と思ったくらい、やはり身近な存在ですね。四国にはもともと化け狸がいっぱい住んでいるといわれてきた歴史があります。ほかの地方では狐に化かされたといわれるようなときも狸のせいになる。だからすごくなじみが深いんですね。それを物語にすることはずっと頭の中にありました。でも狸っておっさん臭いところがあるでしょう。狸親父というか、ちょっとエッチなことを考えていそうな印象もある。それを反映した主人公が丹吉なんです
――女性に対する悪さが原因で岩に封印されていた丹吉が蘇り、弁天の神使となるために修業を積むことになる、というのが物語の発端である。現代の世相に戸惑いながら順応しようとする丹吉の行動が楽しいが、実は彼のキャラクターは松村自身に近いのだという。
松村:いや、近いというかなんというか。僕はほぼ毎晩、インターネットでチャットをするんです。そのチャットのときは、自分の中の一部がやたらと誇張されるせいか、言葉遣いも普段と違うネット人格みたいなものが出来上がってしまっているんです。チャット仲間にとって松村進吉は『エッチな話を平気でするおじさん』なんですよ。リアルではそんなの絶対にしないのに(笑)。そういう『インターネットにおける僕』がそのまま丹吉です。だから書いていても丹吉は勝手に動いて勝手にしゃべってくれました。書いていて楽な主人公でしたね。彼を通じて自分のネット人格を客観視することにもなって、『俺、こういうおっさんなのか』とちょっと驚きましたけど。本当はもっと可愛いキャラクターが出てくる小説も書きたいんです。チェブラーシカとちっちゃな女の子が旅をする話とか。でも現時点では、哀しいかな、何を書いても中身はおっさんになるでしょうね。ほかの動物キャラクターたちもほぼ全部チャット友達で、彼らの言動も当て書きに近い状態です。だから『丹吉』という物語を書きながら、世界に自分自身が入っていくような感覚がありました。言うならば、僕の頭の中のメタバースですね。その中で僕自身が遊んでいるような楽しい体験でした
――本作は第三章までが『怪と幽』に掲載されたが、結末を最初から決めていたわけではなく、松村は書きながら先を考えていった。
松村:化け狸は出すけど、妖怪の話を主にするのはやめよう、と初期に決めました。神様に祈っている人って、妖怪の話をするようなときよりも真剣な気持ちだと思うんです。そういう現実に近い感覚を自分は書きたいんだな、ということに気がつきました。そこで『徳島にはどんな神社があって、どういう風に狸とつながっているか』を紹介していく形で物語を進行させていきました。書いているうちに丹吉たちが僕に『もっと狸のことを真面目に考えろ』って言っているような気がして、『化け狸は自分たちのことをどう思っているのか』という話が後半では強くなっていきました
――大国主命の神使である兎など、特徴的な動物たちが脇を固める小説でもある。
松村:狸以外にも動物がいっぱい出てくる話にはしようと思いました。たとえば狛犬がいますし、梟が神使の神社もある。そういう風に動物たちがお使いになっている神社の姿っておもしろいじゃないですか。僕はたぶん信心深いほうなんですが、神社でも目の前に神様がいるつもりで手を合わせます。だから神使を書くときも、この神社なんだからお使いはこうだろう、ということが割とすっと出てきました。ただ、それぞれに得意な術や技がある、というキャラクター付けはやはり現代的なゲーム感覚で書きました
――神様がごく日常的に存在する信仰のありようは日本特有のものだ。そうした精神風土について、さまざまな角度からの言及が行われる。
松村:自分はどういう風に神社や神様について意識しているんだろう、と小説を読んだ方に少しでも考えてもらえるといいですね。自分よりも大きな存在があるのかもしれない、と意識するとちょっとずつ行動も変わってくると思うんです。そういう意味でこの小説は、みんなの中で信仰ってどういう感じ?とちょっと聞いているような話になっています。信仰に関することであまり断定的な書き方はしたくないので、丹吉の場合はこうだから、と彼に語らせるにとどめました。もう一つ、僕の中には『昔の人たちが考えてきたことはやっぱり楽しいな』という気持ちがあります。そこは諸手を挙げて讃えたいんです。さまざまな物語や信仰が存在するのは、人間に想像力が備わっているからですよね。丹吉が人間の創ったものが好きな狸なのもそのへんが理由です。彼は『自分は人間が創った化け狸というキャラクターである』ということをメタ的に理解しているんです。だからこそ現代の感覚に沿って、人間たちと一緒に生きていたい、と思っているんですけど、やっぱり捨てきれない部分もある
――妖怪は人間の想像力が創りだした存在である。だから妖怪小説は常に想像と現実の対立を描くものになる。本作も例外ではない。物語の後半で丹吉は、化け狸という自分の存在が何に拠って立っているかという問題に直面することになる。
松村:昔の化け狸がボンと蘇って、現代の世界で納得できないことにぶつかってしまう。そこで我を通すのか、折れて受け入れるのか。そういう悩みが物語としては一つの主題になりました。意図したわけではなくて、書いているうちに自然とそうなっていったんです
――どういう結論を丹吉が出すのかは読んでのお楽しみだ。現実と向き合うとき、誰もが迷わざるを得ない。丹吉はそういう気持ちを代弁する主人公なのだ。
松村:物語の主人公は普通成長するじゃないですか。でも丹吉は、どうにかこうにか自分を維持するのに精いっぱいで、最後は『俺、こういう狸だから』みたいに開き直るんです。作者が執筆を通じて成長できなかったということなのかもしれないんですけど、僕は現状維持が好きなんですよ(笑)。大きな目標を持つことは素晴らしいけど、ダラダラできる現状を守るのだって大変なんだよ、みたいな僕の本音がこの小説には出ているのかもしれません
――自身にとっては初の長編執筆だったが、書きながら松村は、どんどん自分が丹吉たち登場人物を好きになっていることに気づいたという。
松村:だから、話を終わらせないでこいつらを書いていたいな、とずっと思っていました。そういう気持ちになったのは初めてです。読者にもぜひ化け狸を愛してもらいたいですね。また、小説を読んで気に入ったら、ぜひ徳島に遊びに来てください。とてもいいところなんで
プロフィール
まつむら・しんきち●1975 年、徳島県生まれ。2006 年、実話怪談作家の発掘コンテスト「超-1」で1 位を獲得しデビュー。〈「超」怖い話〉シリーズの5 代目編著者を務める。著書に『「超」怖い話ベストセレクション 奈落』『異聞フラグメント 悪霊』『怪談稼業 侵蝕』など。
※「ダ・ヴィンチ」2022年8月号の「お化け友の会通信 from 怪と幽」より転載
書誌情報
『丹吉』
松村進吉
KADOKAWA 1870円(税込)
化け狸・丹吉は、エッチな悪事によって徳島市方上町にある弁天山の卑猥な形の岩に封じられた。暇をもてあます丹吉は、参拝に来る松浦とち子を通じて現代社会の知見を得る。ある日、プチ弁天の力で受肉した丹吉は、阿波の平和を守るため妖怪退治を命じられるが……。令和版狸合戦がここに開幕!
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徳島で建設業に従事する著者の日常と、体験者に聞き取り取材をした怪談が妖しく交差する土着的怪談実話集。怖いと感じることそれ自体を深く見つめることで、怪異の恐ろしさがぞくりとにじり出る8 編を収録。
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