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特集

子どもたちに本当に必要な教育って? 竹内薫『子どもが主役の学校、作りました。』インタビュー

撮影:shake 

12月22日に『子どもが主役の学校、作りました。』を刊行したサイエンス作家の竹内薫さん。『99.9%は仮説』など科学を楽しくわかりやすく伝える執筆業をしつつ、NHK Eテレ「サイエンスZERO」ナビゲーター、TBS系「ひるおび!」コメンテーターなど、テレビやラジオでも活躍しています。

そんな竹内さんに、もう一つ「校長」という肩書が加わりました。2016年4月に横浜市に「YES international school」を開校。今年2月には東京校もプレオープン。なぜ学校をつくったのか? これからの子どもたちに大切な教育とは何かをうかがいました。

◆学校を作るという発想

── : 書籍やウェブ、テレビやラジオなど、主にメディアで活躍されてきた竹内さんが学校をつくったと聞いて驚きました。そもそものきっかけはなんだったのですか。

竹内: とても個人的なことです。私には小学校一年生の娘がいるのですが、保育園はインターナショナル保育園に通っていました。年長になり、小学校の入学を考える段になって、ほかの親御さんたちから通わせる学校がない、ない、という声が聞こえてきたのです。  何とも不思議な光景だと思いました。日本中どこにも公立小学校はありますし、国立大学の付属小や私立小学校もあります。  よくよく話を聞いてみると、せっかく保育園で英語を身につけたのだから小学校でもそれを継続してほしい、もちろん日本語もしっかり身につけてほしい、さらに第四次産業革命が進行中だからプログラミング技能も身につけさせたい、ということでした。なるほどと、私もその考えに賛同しました。

── : 今の小学校でそのリクエストに応えてくれるところはあるのでしょうか。かなりリクエストが多いようにも感じます。

竹内: 贅沢に聞こえますか。かけがえのない子どもに、親が望む教育を受けさせることはそんなに贅沢だとは思いませんでした。  それでネットで情報を検索して、検索して、検索し尽くしましたが、近隣には見つからず、あっけなく万策尽きてしまいました。どうしたらいいのか……と考えて出てきた答えが『ベンチャー精神で理想の学校を作ってしまえばいいじゃない』というものでした。

── : 「作る」とひと口にいっても、素人考えにもその道のりはかなり険しそうです。手続きも煩雑そうですし……。たいていの人はその一歩を踏み出さないと思いますが、竹内さんが踏み出したのは、踏み出せたのはなぜですか。

竹内: 子どものころアメリカに住んでいました。学校をオープンしたのは、アメリカ流の事後調整の精神だと思います。日本式では、事前調整を完璧にやらないと先に進めません。それだと、調整が終わった頃には、娘は大人になってしまいます(笑)。とはいえ、規制や調整を突破する仕組みが日本にはあるので、それを活用して迅速に学校をオープンしようとしましたが、最終的には、手続きをせずにフリースクール(ホームスクール)を開いてしまいました。JUST DO ITですね。

── : 『子どもが主役の学校、作りました。』の前段として印象に残ったのが、「はずれもんを許さない」という今の学校教育のエピソードです。

竹内: 算数でウソを教える先生の事例ですね。私は数学や物理を専門にしてきましたので、3+5も5+3も順番に意味はなく、答えが8なのを知っています。これは一年生の子どもが答えようが、先生が答えようが、アインシュタインが答えようが8なのです。  ところが、私の知り合い、年配の数学者なのですが、その方のお孫さんが算数のテストで足し算の順番が違うということでバツをもらってきました。    こんな問題です。

 駐車場に自動車が5台とまっていました。そこにあとから3台きてとまりました。駐車場には全部で何台とまっているでしょう。

竹内: そのお孫さんが「3+5=8」と書いたところバツで、その先生は「5+3=8」だというのです。後日、お孫さんが数学者のおじいちゃんが正しいといっていると訴えたところ、『大人になったら3+5でも5+3でもいい。でもここは小学校なんだ。ルールはおじいちゃんではなく先生が決める』と一蹴したそうです。  理数系のまともな教育を受けたらこんなバカげた考え方を強要することはできません。非常に由々しき問題だと思いました。

── : 漢字の書き方の話もあります。これについては文化庁が通達を出しました。「文字の細部に必要以上の注意が向けられていて、本来であれば問題にならない違いによって、漢字の正誤が決められる傾向が生じている」とし、「木」の縦画は止めてもはねてもよい、とわざわざ言っています。

竹内: 私は先ほどの算数やこの漢字の問題に、共通する胡散臭さを感じます。人々がどうでもいい細部にこだわり始め、唯一の正しい答えがないと安心できない、という社会全体の病気のように感じるのです。『はずれもん』を許さない社会になっているのではないかと。  先生が『唯一の正しい答え』を決め、それ以外の答えを許さない教室は、小さな独裁国ともいえます。子どもの人格を統一する方向へ向かわせ、唯一の正しい子どもになれなければ、仲間外れになってしまうのではないでしょうか。

◆3つの言語を教える学校

── : 竹内さんが作った学校「YES international school」ですが、教育のコンセプトとして「3つの言語」を挙げています。

竹内: 日本語、英語、プログラミング言語の3つです。  母国語としての日本語が大切なのは言うまでもないと思います。当たり前の話ですが、日本人は日本語のネイティブです。生まれてから日本語を脳に入力し続けています。つまり、日本人の子どもは日本語で考えるような環境で育つので、日本語こそが『思考言語』であり、その土台の上に英語、プログラミング言語が必要となってくるのです。

── : あえて失礼な聞き方をしてしまうのですが、日本人なら誰でも日本語はできるのではないでしょうか。

竹内: そこに大きな落とし穴があります。会社の同僚や友人、お店の店員さんや役所の受付などで、話が通じなくてイライラしたことはないですか。思考言語としての日本語をきちんと習得して、論理的かつ情緒豊かに日本語を駆使できる人は実は少ないと私は思っています。

── : 小学校から高校まで、最も多くの授業時間があった教科は国語でした。

竹内: 時間的には多いかもしれませんが、どんな内容でしたでしょうか。ただ教科書を読むことに終始し、座学と丸暗記ばかり、『思考』を要する授業はありましたか? 思考言語としての日本語を習得するために必要なのは、探究型のアクティブ・ラーニングだと考えます。残念ながらそれが実践できている日本の学校はほとんどないでしょう。

── : 探究型のアクティブ・ラーニングとは具体的に?

竹内: たとえば漢字を学ぶとしましょう。その起源を絵にまでさかのぼってみんなの前で発表してもらいます。英語のような表音文字と漢字のような表意文字があることに気付いてもらい、両者の利点を討論してもらう、とか。生徒は自ら国語の問題を調べ発表し討論するので、自然と日本語のコミュニケーション力も培われますね。

── : なるほど。次に英語とプログラミング言語を大切だと考える理由を教えてください。

竹内: 英語の必要性は語りつくされていますが、一例をあげれば、世界の4分の1の人はふつうに英語をしゃべっていますよね。集団の論理が優先される日本社会と性格が合わなくても、英語さえできれば、一人ひとりの個性が生かせる海外での仕事に就く選択肢も生まれます。しかし今の日本ではこの世界の4分の1に入る教育がなかなか手に入らないんです。  私自身、小学校のときに海外で暮らしたおかげで英語を身につけられました。英語ができることで実際、無数の場面で得をしてきました。30代のころはプログラミングで生計を立てていましたが、そもそもプログラミング言語はほとんど英語そのものなので、非常に楽でした。だから娘にもふつうに英語が話せるようになってほしいと考えたのです。

── : プログラミング言語は私たち親世代では習ったこともなく、その必要性を実感するのがなかなか難しいです。

竹内: 今の小学生が社会に出るころには、仕事の半分がロボットと人工知能にとってかわられると予測されています。職場でAIと働くのは当たり前になるでしょう。そのときに、AIを使う側になるのか、AIに使われる側になるのか、です。  子どもにプログラミングなんてできるの? と思われるかもしれませんが、担当の先生もびっくりするほど子どもたちの進歩は速いんですよ。担当の先生はプログラムの命令通りに子どもたちに体を動かすことをさせています。体感することで頭にもすんなり入ってくるのでしょう。

── : 2020年から英語は公立の小学校でも必修化され、プログラミングも行われるそうです。

竹内: よく考えてみてください。英語が不得意な先生がどうやって英語を教えればいいのでしょうか。アシスタントランゲージティーチャーも玉石混交なのはご存じでしょうか。『ノリでエントリーしたら受かっちゃった~』などとTwitterに書き込んでいるネイティブの先生もいます。同様に、プログラミングのプの字も知らない先生がどうやってプログラミングの授業をすればいいのでしょうか。  ひとつだけ確かなのは、小学校と中学校で英語の授業があるからといって、英語のコミュニケーション能力がはぐくまれるとは限らないということです。実際、大人になっても英語への苦手意識がこれほど強いのは日本だけでしょう。残念ですが、プログラミングも同様の道をたどると思います。

◆開校から2年、学校を運営するということ

── : 「YES International School」は横浜駅から徒歩圏内のビルのワンフロアにあります。壁には英語の単語や子どもたちの絵、季節の飾りつけなどがあり、明るい雰囲気です。机を二つずつ並べてプログラミングを学ぶ、丸く並べてお昼ご飯を食べる、片づけてダンスを踊るなど、オープンなスペースを自在に使っているのが印象的でした。今年の3月で開校から丸二年ですね。実際に運営してみて想像とちがったこと、思わぬ発見などがあれば教えてください。

竹内: たとえば、公立や私立の小学校で不登校になってしまったお子さんが、ウチの学校の探究型アクティブ・ラーニングの授業だと、楽しく勉強ができるという発見がありました。また、子どもたちのプログラミング能力が信じられない勢いで伸びていくのにも驚かされました。

── : 逆に見えてきた課題はありますか。

竹内: 課題山積ですね(笑)。ウチの子どもたちは、普通にアメリカの小学校の英語カリキュラムで実力がついてきて、英語の検定試験もすんなりと合格するのですが、一部の親御さんから、英語の検定試験の上級を早く受験させたいという要望が出始めました。ネイティブの先生方は、検定試験はあくまでも達成度を知るためのもので、自然に受かればいいのであり、検定試験が自己目的化しては英語学習に障害が出ると主張します。暗記型の受験勉強は、長期的にみれば、子どもの教育によくない影響を及ぼすと思う一方で、親御さんの焦るお気持ちも理解できるんです……。  また、不登校のお子さんを受け入れる場合、実際に体験に来ていただいて、先生方で受け入れ可能かどうかを議論します。残念ながら、ウチの体制では受け入れられないお子さんが多いことも事実です。  あとは、アメリカのホームスクールのカリキュラムを取り入れて、異なる学年のお子さんを同時に指導することも開始していますが、どれくらいうまくいくのか、見極めているところです。課題はどんどん出てきますね。

── : 竹内さんがおっしゃる日本語、英語、プログラミング言語が必要なのはわかりましたが、竹内さんの学校に通わせるのは難しい方も多くいます。そういう方は子どもにどんなことをしていけばいいでしょうか。

竹内: 朝から晩まで探究型のアクティブ・ラーニングでないといけない、というわけでもないと思います。ウチの学校も放課後学童をやっていて、そこで、いきなりパソコンを組み立てて、高度な数学プログラミングをやるようなクラスもご提供しています。お近くの放課後学童を見学・体験して、よい授業があれば、お子さんを通わせるのも一つの手だと思います。ただ、実際に親御さんがご自分の目で見て、見極めることが大切です。きれいな校舎やパンフレットに惑わされないように気をつけてください。

── : 本の中でも書かれていますが、教育にたずさわる起業家の中には、学童クラブなどを「バイアウト」させるところもあるそうですね。

竹内: 通常のビジネスでは特段めずらしくもないでしょうが、教育の現場でもバイアウトという手法が行われていることに私は少なからずショックを受けました。『子どもの未来を預かる』という視点が抜け落ちた人でも経営できるのですよね。しかもその学童クラブのパンフレットは、とてもきれいで子どもたちの笑顔がいっぱい。空恐ろしいですよね。親に幻想を抱かせるために作られたニセの文言と写真なのです。

── : 私などはつい、外見がどうかで判断しがちです。

竹内: 駅からのアクセスが良くて校舎はぴかぴか、制服もおしゃれ。でもそれは良い教育の条件ではないんですよね。たとえ校舎がオンボロでも、教育に命をかけている経営者・校長がいて、先生と子どもたちが真剣勝負をしている学校の方がいいに決まっています。箱の内装、外装、広告などにお金をかけていると感じたら、そこで働いている先生や従業員たちが犠牲になっていないかを見極めてください。

── : 子どもが主役の学校、作りました。』では、学校を作ること、その顛末が書かれています。その紆余曲折はジェットコースターのようで、まるで小説を読んでいるようにハラハラしてしまいました。ハイライトはやはりスポンサー役だった人とのやりとりでした。ぜひ本書で確認していただきたいと思います。今日はありがとうございました。


竹内 薫

1960年生まれ。東京大学卒、McGill大学大学院修了。理学博士。『99.9%は仮説』ほか多くの著書を刊行、​TVなど​でも活躍。2016年「YES International School」開校。

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