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特集

「イヤミス」の女王が放つ連作短篇集。「引っ越し」にまつわる6つの物語。

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:高倉 優子 

「イヤミス」の女王、真梨幸子さんの最新文庫『お引っ越し』は、「ひょっとして、実話?」と背筋が寒くなる、家にまつわる連作短篇集です。今作の成り立ちや、「怖いけど、読みたい」作品を書き続ける原動力について伺いました。
〈単行本刊行時に「本の旅人」2015年4月号に掲載されたインタビューを再録しました〉

「イヤミス」とはひと味違う 怖くてちょっと不思議な小説

── : 本作は、「引っ越し」をテーマにした連作短篇ですね。なぜこのお題に?

真梨: 私自身が引っ越し魔ということもあり、これまで引っ越しにまつわるネタを溜め込んでいたんです。なかには、自宅マンションのエレベーターについたモニターに女性が映っていたはずなのに扉が開いたら誰も乗っていなかった……などという超常現象的な体験談もありまして(笑)。 これまでの作品では「リアリティのある怖さ」を描いてきたので、ここらへんでひとつ、怪談的なものを書いてみたいと思ったことも理由のひとつです。「小説野性時代」さんから「何か書きませんか?」とお話をいただいたとき、角川書店はホラー文学の「雄」だからピッタリだ、と。そこで引っ越しにまつわる、怖くて、ちょっと不思議な物語を提案させていただきました。

── : そうだったのですね。ところで、真梨さんは引っ越し魔なのですか?

真梨: はい。じつはこの三年で三回ほど引っ越しをしました(笑)。旅行だとせいぜい一週間から十日で「お祭り気分」が終わってしまうけれど、引っ越しならもっと長いスパンで楽しめるじゃないですか? その期間がすごく楽しいんです。 それに引っ越しのたびに断捨離ができるのもいいですよ。どんどん荷物が少なくなって物理的にも精神的にもスッキリしますから。引っ越しでもなきゃ、なかなか片付けられませんからね。

── : 作家さんのなかには、引っ越すことで創作意欲がわく、というかたもいらっしゃいます。見える景色や付き合う人も変わるので、いい刺激になるんでしょうね。

真梨: 確かに私も、引っ越すたびにいろんな経験をしています。たとえば前の部屋では、管理会社の人に「パーティをしている音がうるさいと苦情が出ています。気をつけてください」といわれました。もちろん、パーティなどしていないんですが、「夜中に洗濯機を回したのがいけなかったのかしら?」とか「テレビの音がうるさいのかな?」とか気にし始めちゃって……。それ以来、身を縮めるように暮らしていたんですが、後になってパーティをしていたのは他の部屋の住人だということが分かりました(笑)。 悔しいけれど、でも心のどこかで「いつかこのことを書いてやる」と思っている自分がいるんです。

── : 今作のなかだと、どんな体験談が盛り込まれているんですか?

真梨: 「扉」で、壁に画鋲を刺した跡のような小さな穴が開いていて……というエピソードを書きましたが、あれは本当にあったことです。部屋には前の住人の「念」が詰まっている気がするので、なるべく新築を選ぶんですが、過去に一度だけ、築浅物件に住んだことがあって。そのとき、壁に無数の穴が開いていたんです。「何をしたら、こんなにたくさんの穴が開くんだろう……?」とゾッとした。その気味の悪さが心に残っていて、この話ができました。

── : 確かに、新築以外の物件だと、「どんな人が住んでいたんだろう?」とか「この部屋で何かあったんじゃないか?」と、気になりますよね。

真梨: そのときは、間違って届いた郵便物から前の住人が男性だとわかったので、「彼がダーツをしていた跡に違いない」と、言い聞かせて、気にしないようにはしていましたけど(笑)。

── : 「扉」では、「非常口」というのも恐怖の場所というか、キーワードになっています。

真梨: これもある意味、体験談です。前に住んでいたマンションの寝室に非常扉があって、「非常時以外は入らないでください。出られなくなります」という無味乾燥な注意書きがあったんです。その書き方があまりにも淡々としていて怖いな、と。 ある夜、火災警報が鳴り響き、結局、翌日になって誤報だったとわかったんですが、「あのとき非常扉を開けた人がいたんじゃないか」「いまも出られないままなのでは?」などと妄想が膨らんで、ますます怖くなりました。そういう恐怖を煮出して濃くして描いたんです。

誰しもが感じるベタな怖さを作品のなかに詰め込みたい

── : 各話にまたがって登場する「怨霊マンション」には、さまざまな「いわく」があります。

真梨: 土地の評価って、高低差や地歴に左右されますよね? どんなに美しく再開発しても、昔、その場所に何があったかという評価は残るんです。私は、野次馬根性的に古地図を見るのが好きなんですが、今作のように、おしゃれな名前が付いているマンションであっても、じつは江戸時代は処刑場とか墓場だった、とか、よくある話なんです。 知人のマンションも、建つ前には有名な病院があったらしく、近所の人たちが「あら、こんなところにマンションが建ったのね」と、こそこそ話をしているのを聞いたり、エアコンを取り付けに来た電気屋のおじさんに、「あれ、ここって昔……」といわれたりしたそうです。気になってネットで調べてみたら、噂話が書いてあるページもあったらしく、最初のうちはかなり気にしていました。外の土地から来る人は、以前何が建っていたかなんて、わからないですからね。そういう地歴にもこだわり、「怨霊マンションは以前、沼地だった」という設定にしたんです。

── : さらに「怨霊マンション」では、夜な夜な、中森明菜さんの大ヒット曲『DESIRE』の「ゲラッ、ゲラッ、ゲラッ——」という一節が聴こえてくるんですよね? 怖すぎます!(笑)

真梨: これは、ちょっとした「作家あるある」なんです。ゲラ(校正紙)に書き込んでいる瞬間など、同業者ならきっとこの曲を口ずさんでいるんじゃないですかね。私はゲラが届くたびに歌っていますよ(笑)。もちろん、よく知られた曲でもあるし、夜中に聴こえてきたら絶対、怖いんじゃないかなと思って選びました。

── : 明るいうちは大丈夫でも、夜になったとたん、恐怖が増すことってありますよね。壁のシミが人に見えてきたり……。

真梨: そうそう。たとえば、Googleのストリートビューも夜中に見ると怖くないですか? 歩いている人の顔もモザイクがかかって、のっぺらぼうみたいだし。そういう、誰しもが感じるベタな怖さをこの作品のなかに詰め込みたいと思ったんです。

── : これまで書かれてきた、いわゆる「イヤミス」とはまったく書き方が違うということなのでしょうか。

真梨: そうですね、たとえば『殺人鬼フジコの衝動』でいうと、身近な人をモデルにしたらあんなに辛辣には書けなかったと思う。縁もゆかりもない人を一から創作しているからイヤなキャラクターとして書けるんです。基本的に取材もしません。話を聞くと考えが固定化してしまうからです。まったくの想像で書いたのに「本当にあった事件ですか?」とか「リアルですね」といわれるたび、しめしめと嬉しくなります。 コンビニで売っているような心霊写真集とか実話系の読み物って好きな人が多いと思うし、私自身も、怪談や都市伝説が大好きなので、今回、書いていてすごく楽しかったですね。

── : 確かに、怖いけど読みたい、読みたいけど怖い……と思うような短編ばかりです。

真梨: 小説はエンターテインメントなのだから読者を驚かせてナンボです。お化け屋敷に入って「たいしたことないじゃん」と思っていたのに、出口では腰を抜かしているような……。今回はそういう仕掛けで書けたんじゃないかと、自分なりに手応えを感じています。早く読者の方の感想を聞いてみたいですね。

── : ネタバレになってはいけないので、あまり詳しくは書けませんが、全編通して出てくる「アオシマさん」と、単行本では珍しい「解説」にも注目して読んでほしいです!

不幸と幸せは紙一重。見方を変えれば幸せになれる

── : ある会社の引っ越しで起こる出来事をつづった「箱」では、現代日本が抱える闇についても描かれていました。

真梨: まだ筆一本で食べられなかったころ、私もアルバイトや派遣社員としていろんな会社で働いていました。契約・派遣社員歴が長い人も多く、そうすると正社員と立場が逆転しちゃうことがあるんですよ。派遣同士であっても仲介する会社によって時給が違ったりするので、コーディネーターさんに「隣の人とお金の話はしたらダメですよ」と忠告されていたほど。でも、一週間も働いていたら、わかっちゃうんです。「自分のほうが仕事ができるのに、時給は百円安いのか」など、不満が出てくる。女性って平等な環境を求める生き物だから、小さな差であったとしてもギクシャクしちゃうんです。 いろんな職場で働きましたが、だいたいはちょっとした“格差”が原因で揉めていましたね。雇用形態の多様性は現代社会の闇だと思う。正社員だけが取れる産休・育休も、不満を生む原因になっていました。そういう制度も、派遣社員や契約社員まで普及させないと、本当の意味での女性の平安は訪れません。私は作家という立場から、そういうことをデフォルメして書き、社会に届けるのが役目なのかなとも思っています。

── : エンターテインメントを通じて、社会の闇を伝えていけたらいいな、と?

真梨: そうですね。突き詰めれば、私は自分がいいたくて仕方ないことを小説に込めて描いているんです。いいたいことがないのに小説を書く人ってそうないと思うから。私にとって小説を書くことは「幸福を追求していくこと」でもあるんです。幸福と不幸は紙一重。そこに蓋をするのではなく、不幸と思われている事象を描くことで、受け取る側(=読者)が不幸を幸せに転換してくれたらいいな、と。 実際に、「イヤミスを読んでスッキリしました」とか「ストレス解消になりました」という方も多いんですよ。幸せあふれた作品を読むと、「私はこんな風にはできない。幸せから見放された女よ」と思うこともある。昔から、「人の不幸は蜜の味」というけれど、それは「ざまあみろ」と笑っているわけではなく、そういう風にならないように、教訓にしてるんじゃないですかね。

── : だからこそ、「イヤミス」というジャンルはここ数年で市民権を得て、読者を増やしているのでしょうね。

真梨: そうかもしれませんね。以前、フリーライターをしていたとき、家計簿の本を書いたことがあるんです。私はすごく、ぐうたらで、もちろん家計簿なんて付けたことはなかったんですが、そういう人でも続けられるようにレシートを月分けするだけでOK! といった簡単な内容にしたおかげか、「これなら続けられる」「ようやく確定申告ができるようになりました」などと喜んでいただけました。つまり、「家計簿なんて簡単なんだから、誰でもできるでしょう?」と言われても、できない人にはできないもの。逆に、やり方のコツさえわかればすぐにできたりもするんです。

── : つまり、できないのではなく、やり方がわからないという人が大多数なのでしょうね。

真梨: そう。それは小説にも当てはまると思うんですよ。ページを開けば、正しいことや泣けるようなことが書かれていて、「自分の生活のなかにはこんな正しい人もいなければ、素敵な恋人もいない」と不幸に思ってしまう。「小説を読んでも楽しい気持ちになれない」という人が増えたから、小説って読まれなくなったんじゃないかと思うんです。私が「活字離れを危惧してうんぬん……」なんていうのは、おこがましいけれど、ふだん本を読まない人たちにも読んでもらえるような作品を書くのが目標です。 でも、ふだん読まない大多数の人たちに興味を持ってもらうためには、相当工夫しないといけません。嫌いなニンジンを食べてもらう親のような気持ちで取り組まないと、と思っています。だから、そのギミックのひとつとして、実際の事件をモチーフにしたり、下世話なことを書くわけです。だって、みんなそういうことって好きじゃないですか?(笑) 私、文学的な作品を書こうとか、評論家に褒めてもらおうとか、まったく考えていないんです。読書家のかたに「小説作法がなっていない」っていわれても気にしない。 逆に、ツイッターやブログで私の本の感想として「初めて小説を全部読めた」といってもらえることのほうが幸せ。「イヤミス」にせよ、今回のような実話系怪談にせよ、千円以上出していただくからには、元は取ってもらえるようなもの、せめて最後まで読んでもらえるような作品を書き続けていきたいですね。


真梨 幸子

1964年宮崎県生まれ。多摩芸術学園卒。2005年『孤虫症』で第32回メフィスト賞を受賞しデビュー。11年、文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』が口コミで広まり50万部を突破。

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