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特集

【「かつくら」presents】恩田陸、作家生活25周年記念ロングインタビュー

取材・文:「かつくら」編集部 

92年に初めて書いた小説『六番目の小夜子』でデビューして以降、ミステリー、SF、ホラー、ファンタジー、青春小説と、ジャンルを超えて精力的に作品を発表し、読者から愛されてきた恩田陸氏。そんな恩田氏が、作家生活25周年を迎えた今年、ピアノコンクールを舞台に若き才能のぶつかりあいを描いた青春群像小説『蜜蜂と遠雷』で、直木賞と本屋大賞をダブル受賞!
一連の取材ラッシュも落ち着いたいまがチャンスと、恩田陸氏を直撃! 『蜜蜂と遠雷』を含む近刊、そして25年にわたる作家生活について、じっくり、たっぷり、お話を伺いました。

<本インタビューは小説ファンブック「かつくら 2017秋号」(発行:桜雲社)に掲載されたインタビューの冒頭を転載したものです>

直木賞受賞には、とにかくホッとしました

── : デビュー二十五周年のアニバーサリーイヤーに『蜜蜂と遠雷』で直木賞と本屋大賞のダブル受賞、本当におめでとうございます!

恩田: ありがとうございます。

── : 受賞直後は大変な取材ラッシュだったようですね。

恩田: はい(笑)。一月に直木賞が発表されて、二月、三月はあまり記憶がないくらい慌しかったです。本屋大賞のほうが先だったんじゃないかと思うほど、記憶があやふやですね。

── : 直木賞は『ユージニア』にはじまり『夜の底は柔らかな幻』まで、過去に五回ノミネートされていました。きっと誰もが「ついに!」という気持ちだったと思いますが、受賞が決まったときのお気持ちを改めて聞かせてください。

恩田: これでもう待ち会に出なくていいんだと思って、とにかくホッとしました。直木賞のときはいつも新年会をしながら待つんですが、落選すると、やっぱり編集者ががっかりするんです。それが申し訳なくて。今回の待ち会は特に大人数だったので、これでダメだったらシャレにならないと思っていたんです。だからみんながホッとして、私もホッとした、という感じでしたね。

── : 待ち会が大人数になったのは、みなさんのなかにこれまで以上に手応えがあったのかもしれませんね。

恩田: 私自身はどんなに落ち続けても候補を辞退するつもりはなかったので、これまでと特に変わりませんでしたけど、みんなはどうだったんでしょうね。ただ、東野圭吾さんも宮部みゆきさんも六回目で受賞されたということは、誰かにいわれました。

── : 本屋大賞は『夜のピクニック』に続いて二度目の受賞でしたが、直木賞とはまた違う喜びがありましたか?

恩田: そうですね。直木賞は「もしかしたら!?」という気持ちが少しはあったんです。だけど、本屋大賞はすでに一度受賞していましたし、そもそもが直木賞へのアンチテーゼで生まれた賞なので、直木賞をいただいた時点で本屋大賞はないなと思っていました。そうしたらまさかの受賞で。『夜のピクニック』から十二年が経ちますが、私も本屋大賞も一緒に成長してきたような気がして、前回とは違う感慨がありました。

── : 『夜のピクニック』も吉川英治文学新人賞とのダブル受賞でした。当時、受賞の前後で特に変化を感じることはないとおっしゃっていましたが、今回はいかがですか?

恩田: 同じですね。デビューしてほんの数年だったら、バッと注目を浴びて仕事が増えるとかいろいろ変化もあるかもしれませんけど、もう四半世紀も書き続けていますから。あ、でも、今回は出身地の食いつきがすごかったです。出生地なだけでなんにも記憶にないけど、「郷土の作家」みたいな扱いをしていただいて。これが直木賞の力かとびっくりしました(笑)。

── : その『蜜蜂と遠雷』ですが、なんと構想十二年、取材十一年、執筆七年だったとか。

恩田: そうです。本当に長かったんですよ(笑)。

── : 音楽小説を真正面から書こうと思われたきっかけを教えてください。

恩田: 私はずっと前に『ブラザー・サン シスター・ムーン』という作品を書いたことがありまして。これは私が大学時代に入っていた音楽サークルの隣にあったモダンジャズ研究会をモデルに書いた作品だったんですけど、演奏シーンを書くのが思いのほか楽しかったんです。それで、ああいうものに特化した音楽小説を書いてみようと思ったのが最初のきっかけでした。

── : ピアノにしたのは、やはりご自身も習っていたから?

恩田: はい。ピアノは子供の頃からずっと弾いていましたし、聴くのも大好きなので、ほかの楽器で書こうとは思いませんでした。それに同じ頃、浜松国際ピアノコンクールのことが話題になっていたんですよ。当時の浜松国際ピアノコンクールは、書類選考だけじゃなく、『蜜蜂と遠雷』のように各都市でオーディションをやっていて。コンクールの実績がないために書類選考で落とされたポーランド人の子が、オーディションで上がってきてその回の最高位を獲得したうえ、二年後にショパン国際ピアノコンクールで優勝したんです。(編注:二〇〇三年開催の第五回浜松国際ピアノコンクールにて、アレクサンダー・コブリンと第二位を分け合ったラファウ・ブレハッチ。優勝は該当者なしだった)

── : それはドラマチックな羽ばたき方ですね。

恩田: すごいんですよ。浜松国際ピアノコンクールに出るまで自宅にはアップライトしかなくて、浜松へ向かう前にワルシャワ市がわざわざグランドピアノを貸与したという逸話もあるような、まさにダークホースで。その話を知っておもしろいなと思ったのと、音楽小説を書こうと思ったタイミングがちょうど重なったんです。私はもともと『チョコレートコスモス』という作品を書いたくらいオーディションものが好きだったので、じゃあ、ピアノコンクールの話にしよう、と。

── : オーディションものがお好きだというのは、競争に魅力を感じるということですか?

恩田: そうですね。芸術性を採点するっていうのは矛盾でもあるんですけど。でも昔から、ピアノコンクールなどのドキュメンタリーが大好きで、日本音楽コンクールのドキュメント番組なんかがテレビでやっていると、いつも見ていたんです。だから浜松国際ピアノコンクールがとてもいいコンクールだと聞いて、これは取材に行こうと思いました。

── : そして、三年に一度のコンクールに四回も行かれたという(笑)。

恩田: そう、私が書き終わらなかったから(笑)。

── : 取材といっても、バックステージなどをご覧になったわけではないんですよね?

恩田: そうではなく、一観客としてひたすら聴くんです。まずは場の空気に触れて、それからどういうコンテスタントが出てきて、どういう人が残るのかというのを、ずっと見ていました。

── : 運営や特定のコンテスタントの様子よりも、全体の採点に注目されたのですか。

恩田: はい。ところが驚くほど通過者の予想が当たらなくて(笑)。『蜜蜂と遠雷』の担当編集者もクラシック音楽好きなんですが、ふたりで「この人はきっと残るね」と話しても、まったく当たらないんです。

── : 客席がワッと盛り上がるような演奏で落選することも?

恩田: ありました。それこそジェニファ・チャンみたいな子もいました。ものすごく弾けちゃうんだけれど、演奏としてはどこかつまらないっていう。その子は一次予選で落ちてしまって、奨励賞でした。

── : それが作中で書かれていた「ピアノの上手な若者ではなく、スターを求めている」ということなのでしょうか。

恩田: そうですね。審査員と観客の印象が違うというのはおもしろかったですし、反対に、両者が一致して素晴らしいと感じる人も当然いて、それもまたおもしろいなと思いました。スロースターターで、演奏するたびに明らかに成長していく子もいれば、見るからに憔悴して自滅しちゃう子もいて。そういうコンテスタントたちの姿も、見ていて興味深かったです。

いろいろなタイプの才能を書いてみたかった

── : ギフトか災厄かといわれた風間塵を筆頭に、一度は引退した栄伝亜夜、亜夜の幼馴染みで優勝候補のマサル・カルロス、勤め人である異色のピアニスト・高島明石という四人の才能溢れるキャラクターが登場します。なかでも塵は、子供の頃からご自分のなかにあるとエッセイで書かれていた、「野原の中のグランドピアノがある風景」とイメージが重なる少年でした。

恩田: そんなものも書きましたね! すっかり忘れていました(笑)。この作品は、風間塵が野原に立っていて蜜蜂の羽音を聞いているというイメージが浮かんで書き始めたんです。次に、この少年の対抗馬がどういう人かというところから栄伝亜夜が出てきて、マサルが出てきて。あんまり天才ばかりなのもどうかなと思って、もう少し普通に近い人をというところで明石が出てきました。

── : 主要コンテスタントを四人にしたのはなぜですか?

恩田: 群像劇が好きだというのもありますが、才能と一言にいってもたくさんの種類があるじゃないですか。これはコンクールを見ているときだけでなく、普段ピアノを聴いているときも感じることなんですが、才能って本当にさまざまなベクトルがあるんですよね。亜夜に付き添っている奏ちゃんだって、ある種の天才ですし。

── : 確かに彼女の耳のよさは特別ですね。

恩田: 精度のいい絶対音感だけでなく、批評性の面でも優れている。そういういろいろなタイプの才能を書いてみたかったんです。なので、『蜜蜂と遠雷』に出てくるコンテスタントは意識的にバラバラにしました。

── : 奏をはじめ、審査員の三枝子やナサニエル、ステージマネージャーの田久保など、コンテスタント以外の人々も音楽に対する姿勢が真摯で、なおかつ人生の先輩といった雰囲気もあり、とても魅力的でした。

恩田: 音楽関係者は本を書く人が多いんですよ。で、私は昔から音楽関係者が書いた本を読むのも好きだったので、そういったものを参考にさせていただきました。指揮者や調律師、ピアノメーカーの人、ステージマネージャー、もちろんピアニストも。とにかくいろいろな人の本を読みましたね。せっかくコンクールを書くんだから、そうした周りの人たちの細かい部分も書いておきたかったんです。

── : あまりきっちりしたプロットは作らないそうですが、本作もやはり?

恩田: はい(笑)。最初は風間塵を三次予選で落とそうかと思っていたくらい、先を決めていませんでした。途中で、もう三次予選で終えちゃおうかとか、本選まではやって、結果わからずで終わらせようか、なんていう案もあったんです。本選を書いているときも最後を決めていなくて、「みんながんばりました」で終わらせちゃおうかと。でも、ここまで書いてきてそれをやったら読者は怒るだろうと思って、一応順位をつけました。

── : 物語の構想という点では、誰がどこまで残るかということはもちろん、各コンテスタントの演奏プログラムをどうするかも大きな問題だったかと思います。プログラムにはコンテスタントの好みや得意不得意、さらには戦略も性格も表れますよね。

恩田: そうなんです。だからプログラムを作るのはものすごく時間がかかりました。それに一次予選を書いている頃は、私もまだキャラクターたちの性格をそこまでしっかり把握していたわけではなくて。話を進めていくうちに、それまで知らなかった新しい一面が見えてきたりするので、たたき台として作ったプログラムがあっても、これは弾かないなと思って変更したところもありました。最終的に全部の曲が確定したのは三次予選を書き始めた頃でしたね。

── : 実はクライスレリアーナが好きなので、○○の演奏を楽しみにしていました……。

恩田: ごめんなさい、聴かせられなかった! あれも長い曲ですし、書いていたら大変だったと思います(笑)。

── : 曲を選ぶときは、どう描写するかといったイメージまで浮かんでいたのですか?

恩田: そこまではないかな。描写については曲を決めてから考えました。ただ、それぞれの演奏イメージはなんとなくありましたね。この人だったらこういう演奏をするだろうっていう。でもモデルはいません。今回は読者にも自分の音を自由に鳴らしてもらいたいと思っていたので、自分のなかでも具体的には決め込まず、きっとこんな音なんだろうっていう気持ちで書いていました。CDなどを聴くときも、モデルとしてではなく、純粋にテキストとして聴いていました。

── : 音だけじゃなく、コンテスタントがそのとき感じている空気や情景も流れ込んできました。

恩田: ありがとうございます。そこを一生懸命、手を変え品を変え書いていたんですけど、だんだん手札がなくなっていって、特に三次予選は厳しかったですね。曲が長くなるぶん、一次、二次のときのように印象だけを書くというわけにはいきませんでしたから。

── : プログラムでいうと、コンクール唯一の新曲(架空の曲)だった二次予選の課題曲が宮澤賢治の『春と修羅』をモチーフにした曲だといわれたときは、とても恩田先生らしいなと感じました。

恩田: 『春と修羅』は日本人が作るならこれだろう!と思って、まったく迷いませんでしたね。曲のイメージもなんとなくはできていたので、あとはキャラクターに任せました(笑)。

 

このロングインタビューの続きは「かつくら2017年秋号」でお楽しみ下さい。
「かつくら」の最新情報は「かつくら」twitter @katsu_kura)でcheck!


恩田 陸

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