会津守護の蘆名家では家督相続をめぐり内紛が勃発。北からは伊達政宗の脅威が迫る——。
新人離れした完成度の初単行本『会津執権の栄誉』が第一五七回直木賞の候補となった佐藤巖太郎さん。
歴史小説界に現れた超大型新人にお話をうかがいました。
── : 小説を書かれたきっかけは?
佐藤: 二〇一一年三月の東日本大震災です。福島市に住んでいるので、家のブロック塀が倒壊するなどの被害に遭いました。それをきっかけに、やりたいことを本気でやろうと思い、四〜五月に「夢幻の扉」(未刊行)を書き上げました。
── : 会津松平家初代藩主・保科正之を描いた同作でオール讀物新人賞を受賞されました。これが初作品だったのでしょうか?
佐藤: その前に一度だけ、歴史小説ではなく現代物で、習作のようなものは書きました。書き上げる前に「小説 野性時代」からもヒントを得ています。小説の書き方特集(一一年五月号)の中で、篠田節子さんが「『現在』と『回想』の両シーンが交代し、描写、説明双方によって、主人公と状況についての必要な情報が提示される」と書かれていました。この文章が腑に落ち、それで応募作を完成させました。当時は知らなかったのですが、オール讀物新人賞の選考委員は篠田さんでした。
── : 同作で書きたかったことは?
佐藤: 震災の際に、大災害が起こるのは人間が利己的になりすぎたからだといった、震災を一種の天罰とみる言説がありました。それとは別に、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の中で、利己的な行動をした人間を罰するお釈迦様への違和感もずっと持っていました。天の意志とはもっと大きなもので、人間が利己的であるぐらいのことに頓着しないはずだと。それで糸の切れない蜘蛛の糸の話、人間が利己的なことを行ったとしても最後には救われる話を書こうと思いました。
── : そのテーマは単行本『会津執権の栄誉』にも受け継がれていますか?
佐藤: 直接繋げて考えたことはないのですが、入っているのかもしれないですね。本作では戦という非常事態の中に置かれた、様々な立場の人を書きたかった。戦には勝敗を決めるという大きな目的があるけれど、実際に参加している人は、立場や地位によって目的も違い、悩みも違う。領土が欲しい人、恩賞が欲しい人、善い主人に雇われたい人もいて、そういう多様性を描こうと思った。最終的には勝っても負けても、立場が違っても、大きな意味では、差がないのではないかということを描きたかったのです。
── : 会津の名家・蘆名氏をめぐる人々に焦点を当てた理由は?
佐藤: 福島ゆかりの人であることと、東北の戦国武将は伊達政宗以外にもいることを示したかったからです。
── : 登場人物たちが危地に陥った際の心理描写が巧みです。
佐藤: それぞれの立場の人が、いかにして危機的状況に追い込まれ、いかなる判断を下すのか、ということを書き分けられたらと思いました。これまで読んだ物語は、勝者の話か敗者の美学の話が多かったので、そこで置き去りにされている人たちの話を書きたかった。普通のサラリーマンだった自分にとって、そういう人たちの心情の方が実体験として類推しやすかった。名の残る戦国武将に関しては史実を無視できないが、そうではない架空の人物は自由に書けるということもありました。
── : 個々の人物のモデルは?
佐藤: 具体的なモデルがいて、それを直接的に書いたことはありません。実在の人というよりも、過去に読んだ物語のキャラクターたちが少しずつ入っていると思います。
── : 短編集でありながらも各話に繋がりがあり、表題作「会津執権の栄誉」へと収斂していく構成も見事です。何か秘訣があるのでしょうか?
佐藤: 構成については、まずドンデン返しから考えて章分けなどを編集者と相談しつつ決めます。プロットや事件については、あらかじめ決めて書いています。他方、モチーフがどう表れるかは、書いている間に変わるかもしれないので、敢えて決めずに書いています。それと各章で構成を変えていますが、これは技術的な幅を身につけたいと思って、毎回工夫していました。あとは、最後が死で終わるのは厭だったので、単行本化が決まってから第六編「政宗の代償」を書き下ろしで入れることにしました。
── : 今後の執筆のご予定は?
佐藤: 当面は歴史小説でやっていきます。次は保科正之侯を、長編で書く予定です。その他ですと講談社の「決戦!」シリーズで山本勘助を書かせていただいた(『決戦!川中島』に収録)ので、それとの繋がりもあり、武田勝頼は書いてみたいです。