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特集

人気シリーズ「珈琲店タレーランの事件簿」の著者の原点に迫る! 青春ミステリ長編。

撮影:澁谷 高晴  取材・文:杉江 松恋 

デビュー作にして人気シリーズ「珈琲店タレーランの事件簿」の著者・岡崎琢磨さんの初の単行本作品は、高校時代をひきずった男女の関係を日常の謎が彩る、究極の片思いミステリです。デビュー前の投稿作に真正面から向き合い、改稿を重ね完成した本作について、じっくりお話を伺ってきました。
〈単行本刊行時に「本の旅人」2015年8月号に掲載されたインタビューを再録しました〉

読書でしかできない体験を

── : 岡崎さんは元からの小説家志望ではなく、最初は音楽の道を志していたとか。

岡崎: 高校時代から大学まで、ずっとそれで生きていくことを夢見ていました。ただ、就活時期に入ってバンドが活動休止に追いこまれまして。僕自身は就職する気がなかったので、大学を卒業した後は九州の実家に戻ることにしたんですね。で、父親の実家の寺で手伝いをしていました。

── : いわゆる、寺男だ。

岡崎: それで日銭を稼ぎながら、しばらくは一人で音楽活動をやっていました。ただ、やっぱり一人では難しい。また、お寺では音楽活動ができないんですよ。

── : 静寂を保たなければいけない場所だから当然ですね(笑)。

岡崎: はい(笑)。お寺の仕事というのは、留守番などの空き時間がすごくあるんです。それで本を読むようになりました。日本のミステリを集中して読み始めたら書きたい思いが芽生えてきまして、大学を出たのは二〇〇九年なんですけど、その年の暮れぐらいにはもう自分でも書き始めてました。

── : 作品に刺激されたんですね。どなたの作品を特に読まれたんですか。

岡崎: 最初に読んだのは、湊かなえさんの『告白』なんです。それで、「どんでん返しものが読みたいな」と思って、そこから調べて新本格あたりの作品を主に読み始めました。叙述トリックのすごいものというくくりで読んでいたので、作品の発表された時期はけっこうバラバラなんですけど。読書でしかできない体験があるというのが、当時の僕にとっては新鮮でした。

── : なるほど。小説を最後まで読み通すことによって完成するような仕掛けですね。

岡崎: コペルニクス的転回といいますか、そういうものを味わえるというのは叙述もののミステリだけだと思ったんです。それで、「こういうトリックはどうだろう」みたいなのを寺の手伝いをしながら考え始めました。最初に完成させたのも叙述ものの長篇でした。文章を書くのは思った以上に難しくて二度ほど挫折したんですが、それでも頭の中でアイデアは膨らんでいく。これはもうやるしかないと決意しまして、最初から「この賞に応募しよう」と決めて、長篇を書き始めたんです。「これを仕事にするんだ」ということが前提でした。

── : 最初の作品はどうなりましたか。

岡崎: 最初に応募したのが、二〇一〇年のミステリーズ!新人賞と「このミステリーがすごい!」大賞でした。「このミス」はまったく駄目だったんですが、ミステリーズのほうは一次を通過しました。それで、小説家になれるかもしれない、と(笑)。

── : 見込みゼロではないと。

岡崎: それまで、自分の書いたものが小説として成立しているかもわかってなかったんです。それで次はオール讀物新人賞に応募して二次まで通過。その次が『季節はうつる、メリーゴーランドのように』でした。

── : 私は機会があって応募時のバージョンを読ませてもらったんですが、横溝正史ミステリ大賞の最終選考に残ったんですよね。書いた時期はいつごろなんですか。

岡崎: 二〇一〇年の十一月が締切だったと思いますが、二ヶ月半ぐらいでガーッと仕上げて応募したんです。

高校時代の謎が、七年後の現在の謎とリンクする

── : 今回の単行本版は、応募時と構成自体は変わらず、いくつかの謎の物語があるオムニバス形式になっていて、最後に全体にかかる結末が準備されています。この構成にされた狙いはなんですか。

岡崎: 長篇は駄目だったのですが短篇の賞では結果が出ていたので、そっちの方が向いているかもしれないとは思ったんです。『季節はうつる、メリーゴーランドのように』に収録しているものも、最初の二話は独立した作品としての構想がありました。「じゃあ、あれを連作短篇としてまとめてみてはどうだろう」と、そこがスタートです。ただ、最初の二つのアイデアはあったのですが、そこから横溝賞の締切までは三ヶ月ぐらいしかなかったので、後は見切り発車で書き始めました。そうとう乱暴な執筆でした。

── : 全体として、青春小説として読まれるような内容になっていると思うのですが、それは最初から決めていたことですか。

岡崎: 自然とそうなりました。というのも一話目は、かなり実体験に近いことがあったんです。主人公たちも当時の自分の年齢なので、「青春小説だからといって学園ものにしない」というのも自動的に決まりました。

── : 七年前の話として高校時代を振り返るというのはいいですね。読者の中にも、社会人ルーキーとして頑張っている人は多いはずですし、中には配属で友人や恋人と遠距離になってしまった人もいるでしょうから。我が事のように読まれると思います。

岡崎: ありがとうございます。元の応募原稿のときから、一つの章に軽めの謎と大きめの謎を盛り込むという形式だったんですが、今回手を入れるにあたって、高校時代の謎が現在の謎とリンクしてくる構成というのを基本形にして軽めの謎を練りなおしたり、もしくは軽めの謎を高校時代の話に変えたりといった変更を加えています。応募原稿のときには小さい謎が大きい謎と分離している感じだったので、プロの視点で見ると、それはやっぱりもったいないなと。

── : ネタばらしになっちゃうのであまり詳しくは言えないんですが、この小説の肝はやはり結末にあると思います。それまでの物語をすべて利用するやり方というか、岡崎さんがミステリ作家としてやりたいことはこれなんだな、というのがよくわかる終わり方になっていると思いました。

岡崎: 横溝賞の選考結果について、デビューした後に詳しく聞く機会があったんですね。やはり結末が問題になったということを聞きまして、結末自体を変えるつもりはなかったんですけど、そこまでの運び方は変えようと。

── : こういうタイプのミステリもだいぶ読んできましたが、目新しい手法でしたし、最後まで読んだ読者は絶対満足すると思いますね。ちょっと女性誌的なことも聞きますけど、その執筆期間中、寺男時代は浮いた話はあったんですか。「寺男の恋」ってちょっとフランス映画のタイトルみたいですね(笑)。

岡崎: たぶん、なかったような気がします。合コンとか数えるくらいは行ったんですけど、絶対モテないんですよ。だって自己紹介するときも「時給制で働いてます」と言わなくちゃいけないので、女の子が振り向いてくれるわけがない(笑)。だから友達に呼ばれて無理矢理連れて行かれたときも、盛り上げ役に徹してました。自分でもそれどころじゃないという意識はありましたしね。

── : 二十代前半のころって実はみんな貧乏だし忙しいしで、溌剌とはしない時期なんですよね。この小説にもそういう「若者たちのままならない日常」みたいな感じがよく出ていると思います。また、主人公二人の間に距離があるので、電話やメールなどを使って会話をする場面が多いのですが、そういうツールによって出てくる違いが感じられるのも小説としておもしろい点だと思います。

岡崎: 僕はけっこう電話が苦手なんですけど(笑)。そういう切実な感情とかも作品には入ってますね。基本的にすれ違う話ですし、二人がコミュニケーションをとるためにはそういうツールが必須になるので、そこはけっこう手を尽くしたのを憶えていますね。

── : 九州・大阪間の距離が結局は夏樹と冬子の心の距離を反映するわけですしね。

プロとして経験を積んだからこそ、思うこと

── : 岡崎さんはこの作品の後に『珈琲店タレーランの事件簿』を「このミステリーがすごい!」大賞に応募されて、そちらでプロの小説家の道を切り拓かれました。〈タレーラン〉はすでに四冊を数える人気シリーズになりましたが、そちらで経験を積まれた後で改めてプレ・デビュー作にあたる本作を振り返られて、どんなことを思われましたか。

岡崎: 応募時の原稿はとても読めなかったですね。これを「小説屋sari - sari」で連載したとき、最初は元の原稿をベースにして書いたんですよ。登場人物が執筆時の僕の年齢だったこともあって、なるべくそのときの感情を残したいと思って。でも全然しっくりこなくて、僕、担当さんに「これおもしろいですか」って聞いたぐらいなんです(笑)。それで連載二回目からはその方式をやめて、今の自分の文体で書くようにしたんです。応募原稿を書いているときは、文章が下手だと自覚していたので、ごまかすためにユーモアをけっこういっぱい入れてたんです。それによって自信のなさをカバーしていたんですけど、読み返してみるとその部分は必要ない。というよりも、もっと書かなきゃいけないことが他にある、と感じられるようになりました。

── : 本来書かなきゃいけないことに注力して、枝葉を切り捨てるみたいな感覚ですね。

岡崎: ユーモアもリーダビリティを高めるという意味ですごくいいものだと思うんですけど、自分なりに作品を重ねてきて、売りというか、自分が意識していかなくちゃならないところはそういうところじゃないということがわかってきたように思います。

── : それはプロとしての職業意識でもあるわけですね。

岡崎: はい。なので、それが改稿のときに出たのかなというのもありますね。今回の話は、あんまり大きなことが起こる話ではないので、日常の細かい描写、何気ない思い出などから想起されるものを書くということをけっこう意識的にやっています。それは〈タレーラン〉ではあまりやらないことなんです。なので、例えば小さい頃に花火の絵を描いてたエピソードとか、ああいう、本当に小さなディテールの部分が自分としてはよく書けたと思っています。「日常の謎で割とライトな感じ」という意味では〈タレーラン〉とも似てるとは思うんですけど、それは今までに出して来なかった部分です。

── : たぶん読者は同じような作品だと思って読むはずですけど、最後まで読めば「ああ、岡崎さんはこういうものを持っていたんだ」と発見があるでしょうね。

岡崎: 〈タレーラン〉の読者にどう受け止められるだろう、という不安もなくはないですけど、それ以上に楽しみですね。むしろこれまで〈タレーラン〉を読んだことがない人の感想のほうが怖くもあり、興味があります。あとがきでも書いたことなんですけど、本当にすごくいろんな感想が生まれる作品だと思うんですよね。それこそ気に入らないという人も出てくると思います。

── : はい。ミステリですから、誤読する人も出てくると思います。

岡崎: そうですね。そういったことも含めて、嫌いでもなんでもいいから、とにかく心にひっかかる、なんかわからないけど記憶に残るという作品になってほしいです。そういう風に読んでもらえたら幸せです。


岡崎 琢磨

1986年福岡県生まれ。京都大学法学部卒。2012年、「このミステリーがすごい!」大賞隠し玉として、『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』でデビュー。

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