ナチス・ドイツ占領下のポーランドで起きた襲撃事件と、現代の犬山市で発見された老人の変死体。
一見関係のない二つの出来事が、時空を超えて複雑に絡み合っていく。
企みに満ちた本作で、ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞した須田狗一さんにうかがいました。
── : 受賞おめでとうございます。ばらのまち福山ミステリー文学新人賞に応募したきっかけを教えてください。
須田: 〝福ミス〟は島田荘司先生お一人が候補作を選考する賞で、島田先生の講評が本当に丁寧なんです。他の新人賞では、受賞作や入選作の講評しか掲載されないことが多い。ところが福ミスは最終選考に残った作品すべてを島田先生が講評されるので、受賞できなかったとしても講評していただけるのではと思い、初めて応募しました。
── : ミステリーを志した理由は?
須田: ミステリーは俳句に似ていると思います。俳句は五七五や季語がありながら、表現できる幅がものすごく広い。ミステリーも制約の中で自分の思いを表現できるところが面白いですし、制約されることによって書きやすくもなります。会社員時代は、システムの異常が起きたときにプログラムのどこに原因があるのかを調べる、デバッグの仕事もしていました。デバッグは犯人捜しなんです。何百万ステップものプログラムの中で、間違いは一行か二行。それを推理する。他人が作ったプログラムから、その人が何を考えて構築したのかを読み解くことも大事。こうしたことを三十年していたので、推理が身についてしまったのでしょうね。
── : これまでどのような作品を書いてきたのでしょうか。
須田: 長編小説を書いたのはこれが二作目です。ただ、会社を退職した後に趣味で翻訳を始めました。最初はジョーン・ヘスというアメリカ人作家のシリーズを十三作訳しました。それが小説を書く練習になったのかもしれません。ヘスのシリーズは集英社から三冊出版されていたのですが、当初、私には合わないなと感じました。設定はいいのに、何故だろうと考えた結果、自分で好みの文に翻訳すればいいのでは、と思い至りました。意気込んで始めたものの翻訳ではなかなか本にならないので、小説を書くことにしたんです。初めて書いた小説はヘスの作品と同様に、アーカンソー州を舞台にして、今回の受賞作と同じ吉村を主人公に。私の中ではシリーズなんです(笑)。
── : 本作『神の手廻しオルガン』は、定年退職した吉村が知り合ったポーランド人女性の世話をしたことで、事件に結びつく。この着想はどこから?
須田: 作中で、吉村がポーランドの推理小説を訳す場面がありますけど、ここまでは実際に私が体験したことです。ポーランドで知り合った女性が留学生として日本に来ることになり、彼女の世話をすることになりました。そこで、何か翻訳してみたいと伝えたら、何とお父さんが本を出しておられたのです。結局、その方のポーランド語の著書を一冊翻訳しました。面白い体験だったので、これを小説にしようと考えました。その本に、強制収容所の囚人には入れ墨が入っている、という描写がありました。そこから収容所について勉強をはじめ、その過程で、収容所の長官・ハイドリヒがプラハで暗殺されたことを知りました。あとは想像力をたくましくして、頭をひねりにひねって。
── : 貴重な体験ですね。実際にポーランドにも行かれたのですか?
須田: 作中にある、夫婦でポーランドに行こうとしたら、トラブルが起きてアムステルダムの空港で足止めをくらったエピソードも創作ではありません。そのせいでポーランドはあまり観光ができず、収容所にも行けませんでした。
── : 中盤以降は勢いが増して、ポーランドと日本という離れた場所で起きた殺人事件の謎が明かされていきます。構成は当初から考えていたものですか。
須田: きっちり考えていたわけではなく、キャラが勝手に動きだした、という面もありました。ただ、トリックの種明かしは途中でやらず、最後で一気に謎解きを展開しようとは考えていました。謎を解きながらも、さらにひっくり返す仕掛けを用意するのが、私の好みなんです(笑)。
── : 今後書いていきたい作品は?
須田: 今後も、海外と日本が絡む作品を書いていきたいと思っています。アラビア語の本を翻訳した経験もあるので、イラクを舞台にした小説も考えていました。今やどこも「自国ファースト」ばかりで、日本も例外ではありません。でも、世界を知らずに、本当の「自国ファースト」は達成できないはず。他国を等身大に感じられる小説を書き続けたいですね。
── : 最後に読者へメッセージを。
須田: 運命にもてあそばれる哀しい人間を描きつつも、ミステリーの面白さを満載した作品です。ぜひ、ご一読ください!