インタビュー 「本の旅人」2019年4月号より
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なんでも盛りこめる警察小説という「器」【新刊インタビュー】今野敏『呪護』
撮影:川口 宗道 取材・文:朝宮 運河
少年事件担当の警察官・富野が、亡者を祓うパワーを備えた〈鬼道衆〉の末裔・鬼龍光一とともに怪事件を解決してゆく人気作、鬼龍光一シリーズ。その待望の新作『呪護』が発売されました。
高校での傷害事件、謎めいた宗教集団、東京に眠る魔方陣――。伝奇と警察小説のハイブリッドである興奮の作品世界について、今野敏さんが語ります。
なんでも盛りこめる警察小説という「器」
── : 鬼龍光一シリーズは、今野さんの代名詞である警察小説の世界に、伝奇小説の要素をミックスしたユニークな作品ですね。
今野: 警察小説って便利なんですよ。ミステリでも恋愛小説でもオカルトものでも、どんなジャンルでも盛りこめる、すごくいい器。この手のオカルトものは嘘っぽくなってしまいがちなので、リアリティを保証するうえでも、地に足の着いた警察小説であることは大切です。
── : シリーズの狂言回しを務めるのは、警視庁生活安全部少年事件課の富野輝彦。彼を少年事件専門の警察官にしたのはどうしてですか?
今野: オカルト絡みの事件は、基本的に少年少女のものだと思うからです。いわゆる「中二病」というやつで、十四歳前後には誰しもその手のものに興味を抱く。社会人に比べて暇だからという理由もあるけど、やっぱり人生で一番センシティブな時期なんだろうね。大人になると忘れてしまうだけで、実際にそういう経験をしていることもあるんじゃないかと思うんですよ。
── : 憑依や蠱術など、さまざまな怪奇事件を扱ってきたシリーズですが、毎回アイデアはどのように決めているんですか?
今野: あのあたり(と、書斎に並んだオカルト・宗教書を示しながら)の本を見ながら、次はどうしようかと毎回必死に考えてます。今回は江戸の町のグランドデザインについて書かれた本を読み返したのが、発想のもとになりました。江戸はもちろん、京都にせよ奈良にせよ、日本の都はどこでも風水や呪術的な考えが町造りのベースになっている。よく知られた話だけど、そういうものの見方は面白いと思ったんです。
理想の警察官を描きたい
── : 最新作『呪護』の冒頭では、都内の高校で、男子生徒が教師をナイフで傷つける事件が発生。現場にいあわせた池垣亜紀という女子生徒は事件直前、教師とセックスをしており、それは「法力を発揮するため」と証言します。
今野: 今回はセックス絡みのことを十七歳の少女に喋らせることになるので、なるべく吹っ切れたキャラクターにしようと思っていました。うじうじしたタイプだと、書いていて辛くなりますから。その点、亜紀は法力を得るための儀式と割り切っていて、いやらしい感じにならない。自分でも気に入っているキャラクターなので、今後もレギュラーとして出すかもしれない。
── : やがて亜紀とその家族は、元妙道という宗教団体に属していることが判明します。性行為を重視する団体という設定ですが、その例として名前があがっている〈立川流〉や〈玄旨帰命壇〉は、実在した密教の一派なんですね。
今野: そうです。前にどこかで読んでいて、今回ふっと思い出したので使いました。この手のものには比較的興味があって、目については読んでいるんですよ。調べてみると、〈立川流〉は真言宗系、〈玄旨帰命壇〉は天台宗系という対立構造があって、しかもそれが江戸幕府と明治政府の関係にまで及んでいる。これはいいネタになるなと思いました。
── : 鬼龍光一が祓う〈亡者〉は、人間の抱く負のエネルギー。それもあってシリーズ初期は、性的な事件がよく描かれていましたね。
今野: 今回たまたま立川流や玄旨帰命壇を見つけただけで、原点回帰を狙ったわけじゃないですけど。シリーズ初期に濡れ場が多いのは、当時の担当編集者の趣味ですよ。「エロいものを書いてください」としきりに言われていたんです。
── : 一般常識的には、亜紀と教師の行為は許されるものではない。しかし当事者が納得している行為を、法律で裁いてしまっていいのか。富野の中に迷いが生じます。
今野: 法律って何だろうという考えは、いつも自分の中にありますね。もし権力がその気になれば、この場にいる全員何らかの罪で逮捕できますよ。法律が一人歩きしてゆくことへの問題意識は常に抱いています。いや、むしろ恐怖感かな。自分がいつ捕まるか分からない、っていう怖さを昔から抱いていますね。
── : 先入観をもって事件にあたる刑事たちとは対照的に、少年少女と同じ目線で向き合う富野の姿が印象的です。
今野: 上から目線ではなく、若い奴らときちんと話をしようと思ったら、自然と富野みたいになると思うんだよね。このシリーズに限らず、こういう警察官がいてほしいという理想を託しているところがあります。ヤクザを書く時も「こんなヤクザはいないよな」と思いながら、理想のヤクザを書いている。それと同じです。現実の警察官にも色んな人がいますが、コツコツ真面目にやっている人をできるだけ応援したい。警察小説を書くからには、そこを忘れないようにしたい。
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アクションなしでも面白くできるという自信
── : 事件の真相を追う富野と相棒の有沢英行。とある筋からの密命を受けて動く、鬼龍と〈奥州勢〉の安倍孝景。おなじみのメンバー四人による絶妙なチームワークも読みどころです。
今野: キャラクターの関係性は、最初からかっちりとは決まらないんです。シリーズを三、四冊書いていくうちに、自然と落ち着くべきところに落ち着いていく。この先また変化するとは思いますが、今はこのくらいの距離感が心地いい。この作品を連載していた頃はそれほど忙しくなくて、心が穏やかだったんですよ。そういう内面の影響もあるかもしれない。今はまた締め切りに追われる生活なので、次回作は四人がもっとぎすぎすしているかも(笑)。
── : 鬼龍をライバル視し、富野や有沢にもよく食ってかかる孝景ですが、ここぞという時には力を貸してくれる。巻を重ねるごとに、彼も魅力が増してきましたね。
今野: 鬼龍に比べても、孝景はずっと純粋ですよね。滅びかけている一族を再興させようと必死になってる。その点、鬼龍はいいところのお坊ちゃんなので、淡々と公務員的に仕事をこなしています。実をいうと、鬼龍がどういう性格なのか、いまだによく分からない。それでいいのかとも思います。孝景とペアになることで、あらためて良さが発揮されるようなキャラクターなんでしょうね。
── : 鬼龍によれば、富野は日本神話に登場するトミノナガスネ彦の末裔です。その秘めた能力が今回、ついに開花しますね。
今野: 出るぞ出るぞと引っ張ってきたので、ここらで証拠を示しておかないと。富野は大国主命の直系ですから、血筋でいうと鬼道衆よりはるかに上。それで鬼龍にも孝景にもできないことを、今回富野はやってみせています。
── : 捜査が進むにつれて、ある人物の怖ろしい計画が明らかになります。後半の展開は当初から決まっていたのですか?
今野: 読み返してみると、当初から決まっていた風ですよね。書きながら思いついたんですけど(笑)。もちろん大まかな方向性は連載前に決まっていて、それに向けて調べ物もするんですが、書いているうちに新しいアイデアが浮かんで、そちらに引っ張られてゆく。書いている間は、何かが〝降りてくる〟という感覚に近いですね。
── : 結果として、シリーズ史上最大規模の事件が描かれることになりました。
今野: それはたまたまなんですよ。前作の『豹変』でも大きな事件を描こうと思ったんだけど、それほど膨らまなかった。今回は扱ったネタがよかったんでしょう。立川流、玄旨帰命壇、江戸のグランドデザイン。それらのピースがうまく噛み合ってくれた。長年作家をやっていても、なかなかこういう瞬間は訪れない。だからこの小説は傑作なんじゃないか、と自分でも思います(笑)。
── : このシリーズはいつも、リアルタイムの社会問題が取りこまれています。時事性も意識されていますか?
今野: その辺りはあまり意識していないです。連載がスタートして本が出るまで二年くらいかかる。新しいと思った話題でも、すぐに古びてしまいますから。少年事件を扱ったことで、結果としてそうなっているのかもしれない。
── : 静かな緊張感に包まれたクライマックスは、シリーズ過去作とまた違った迫力がありますね。
今野: 普通ならあそこでアクションシーンを入れますよね。今より二十歳若かったら、絶対そうしていたと思う。でも最近は、無理してアクションを入れなくてもいいんじゃないかと考えるようになりました。小説の面白さにはいくつかパターンがあって、ミステリのような知的興味もあれば、アクションや濡れ場の興奮もある。そのひとつを選択すれば、小説は十分面白くなる。盛りあげるためにアクションを入れなくていいんだと気づけたのは、作家として経験を積んだことが大きいですね。若い頃は自信がないから、つい既成のやり方に乗っかろうとしてしまう。デビューから四十年経って、やっと小説の書き方が分かってきたのかもしれない。
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テーマがないから物語を書いている
── : 今野さんはデビュー当初から、オカルト要素を含んだ伝奇小説を何作も発表されていますね。このジャンルへの思い入れは強いのですか?
今野: 好きなんですよ。もともとSFファンで、半村良さんから多大な影響を受けていますから。最近だと『ダ・ヴィンチ・コード』のダン・ブラウンも好きですよ。よくこんなこと思いつくなあ、と読んでいて感心します。宗教に興味がある人間にはたまらないものがありますね。
── : 半村良さんらが活躍した一九七〇〜八〇年代に比べて、最近はあまり伝奇小説を書く作家がいないようです。現代を舞台にすると書きにくい、という事情もあるのでしょうか。
今野: 決してそんなことはないと思います。伝奇小説って楽しいけれど、書くのがすごく大変なんですよ。うまくネタを集めてきて、それをパズルのように組み合わせないといけない。手間暇とコストがかかるんです。それでも伝奇を書いてくれそうな若手は何人かいる。たとえば、佐藤究なんかは書けるんじゃないですか。彼はデビュー以来ずっと人類とは何かというテーマに取り組んでいるので、そのうちスケールの大きな伝奇小説を読ませてくれそうだなと期待しています。
── : 『呪護』を執筆中、特に意識していたテーマはありますか。
今野: よくテーマは何ですかと聞かれるんですが、これまで考えたことはないんです。口でテーマを説明できるなら、わざわざ小説にする必要がない。小説を書くのは、言いたいことがはっきりしていないから。執筆時、頭の中に何があるかと言えば、たくさんのエピソードです。そこにぼんやりした思いを埋めこみながら、物語を紡いでいく。今回はその作業がうまくできたと思いますよ。
── : 警察小説の読者はもちろん、伝奇ファンも見逃せない鬼龍光一シリーズ。今後の展開にますます期待しています。
今野: そもそもまだ続きを書くのか、というところも含めて、編集者と話し合わないとね(笑)。続きがあるとしたら、ネタを探すところから始めないといけない。このシリーズに限らず、書き出すまではいつも背水の陣です。でも締め切りに追われていると、良いアイデアが降ってくる。今後もこれというゴールは定めずに、一作ずつ書いていくことになるんじゃないでしょうか。
書誌情報はこちら>>今野 敏『呪護』
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