市川憂人さんの『ジェリーフィッシュは凍らない』、今村昌弘さんの『屍人荘の殺人』など、ここ数年の鮎川哲也賞は勢いのある作品が続いています。注目の第 28 回は北海道の中学生たちの日常に生じる、ささやかな謎を解く青春ミステリが受賞しました。
── : 受賞おめでとうございます。鮎川哲也賞には初めての応募ですか。
川澄: 鮎川賞は初めての応募です。ただその前に一度、別の新人賞に応募したことがあります。
── : これまでに小説はどれくらい書かれてきたのでしょうか。
川澄: 小説家になりたいと本格的に思ったのは 2016 年の末ぐらいで、本作は 2 作目の長編小説になります。実は以前、漫画の原作をやっていたことがあり、原作を担当した読み切りが 2 本、雑誌に載ったこともあるんですけど、その後なかなか結果が出ない時期が続きました。漫画の原作だと一から十まで自分の考えを表現し切れない、という限界を感じ始めて、それで小説に挑戦しました。それでもダメだったらもう創作を続けることは諦めようと思っていました。とにかく自分のアイディアをぶつける場を探していて、賞や選考委員の方々への対策を練るよりも、自分が面白いと思ったものを純粋にぶつけたいと思って挑みましたので、それは漫画の原作をやっていた頃からずっと同じです。
── : 漫画原作をした経験は、本作にも活かされているのでしょうか。
川澄: とにかくキャラを作り込むようにと、漫画の編集者にずっと言われてきました。本作を書く前、プロットと同時に主要メンバー一人一人の履歴書を作りました。一般的な履歴書の情報に加えて、抱えている秘密とか、その人ならではのエピソードとか、経済状態とか、趣味嗜好とか……小説で必要になる情報を細かく書き出してから執筆に入りました。
── : ヒロインの海砂真史やバスケ部の面々もキャラに奥行きがあり、探偵役の不登校生徒・鳥飼歩は特に魅力的でした。中学生を描くことは難しくありませんでしたか。
川澄: 難しかったというよりも、不安というか悩みもあって……。やっぱり三十過ぎの男と中学 2 年生の女の子って、もう相当な距離が(笑)。だから女性を書こうというよりは、真史を書こうと。例えば本当に女子中学生から、「いや、これちょっと中学生っぽくない」という意見があったとしても、僕は「でも、真史はこういう人間だから」と言い張ろうと思って書き続けていました。ただ、歩と真史は、少し自分とかぶっている部分があるのかなって思いますね。私自身は、推理はまったくできませんけれど(笑)。
── : 真史たちの日常を描く筆致は、シンプルでクセがなく読みやすいです。
川澄: 特に小説講座とかに通ったことはないんですけれども、一つ注意している点はあります。今さら僕が言うまでもないことなんですが……。高校の社会科の授業で税金について書く課題があり、そのときに、あまり長い文を書かないでくれと、先生に言われました。なるべく一つの文に一つの意味で、わかりやすく書いてくださいと言われたのを、ずっと守っています。目標は、子どもが読んでも大人が読んでも面白い作品にすることです。
── : 本作の舞台となる北海道には、川澄さんもずっとお住まいで?
川澄: 2 年間ほど、宮城県の気仙沼で生活していたことがありますが、それ以外はずっと札幌市に住んでいます。舞台を北海道にしたのは、30 年近く過ごしてきた土地なので愛着もありますけど、北海道のことって、道外の人は意外と知らないんじゃないかなと思いまして。北海道の、もの凄くローカルな、たとえば発寒とか絶対誰も知りませんよね(笑)。
── : 収録された 4 話は、それぞれバスケ部の面々にスポットが当たり、「日常の謎」を解き明かそうとしますけれど、余韻を残すラストがいいですね。
川澄: そこはこだわりを持っています。途中どんなに面白くても、ラストがうまくいっていないと僕はダメだと思っています。物語の半分ぐらいまで書いたときに終わりの形がはっきり見えれば、この話は成功だなと。プロットの時点である程度、ゴール地点は設定するんですけれども、やっぱり書いてみないとわからないことはいっぱいある。この 4 話は全部、終わりの形が見えました。そして、読者の想像の余地がある物語が好きなので、本作もそういう形を取らせていただきました。
── : 次回作の構想は?
川澄: もし本作の続きを書かせてもらえるのであれば嬉しいです。違うものでは、ミステリで野球を扱ってみたいですね。野球は込み入ったルールが多いんですけど、それをうまく組み込めないかなと。いずれにせよ次の作品も世に出せるように努力します。
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