2018年、南極の最奥部で通信障害が発生し、旅客機が不時着を余儀なくされる。
原因不明のエラーは、第二次世界大戦中に秘匿されたある作戦に起因していた――。
20年来の念願を叶え、『到達不能極』で江戸川乱歩賞を受賞された斉藤詠一さんにお話をうかがいました。
── : 5度目の挑戦となった今回、南極を舞台とした作品で乱歩賞を受賞されましたね。
斉藤: 学生時代に旅行サークルに所属していたこともあり、これまでも冒険小説を書いて応募していました。この作品は、前年の乱歩賞の締切がきた翌日から構想を練り始めたのですが、ちょうどその頃、東京都立川市にある国立極地研究所に立ち寄ったんです。雪上車を見ているうちに突然ある場面が頭に浮かんだので舞台に決めました。
── : では舞台から先に決められたのでしょうか。
斉藤: 南極と決める前から、過去にあった不可解な軍事作戦や実験に興味がありました。実際に起きたことの間を埋めるように、虚構を織り交ぜて物語を作れないかと考えていたんです。『到達不能極』の冒頭に南極に関係する軍事作戦の年表がありますが、これも全て事実なんですよ。
── : 軍事関係にお詳しいのですね。
斉藤: 「オタク」と言ってしまうと、上には上がいますからお叱りを受けそうです。嫌いじゃない、とだけ言っておきます(笑)。
── : これまではどのような作品をお書きになっていたのですか。
斉藤: どれもSF的な要素を含んでいたと思います。昔から伝わる不思議なガジェットが登場し、それを巡って冒険する、というような。乱歩賞は一年目に二次選考を通過した後はずっと一次選考通過止まりだったのですが、過去の応募作と受賞作の決定的な違いは、実はまだよく分かっていないんです。
── : 受賞作では、現代の事件とその原因を生んだ第二次世界大戦中の極秘作戦が交互に語られますね。
斉藤: 時間軸を遡る話は書いたことがあったのですが、二つの時代を行き来しながら物語を進めたのは初めてになると思います。情報の出し方には細心の注意が必要でした。どこまで隠すか、どこで見せるか工夫しつつ、齟齬があっては困るのでエクセルで出来事を時系列に並べ、何度も入れ替えながら情報を整理しました。
── : お手本にされた作家さんはいらっしゃるのでしょうか。
斉藤: 小松左京さんのスケール感が大好きですね。また、ジャンルは違いますが浅田次郎さんの物語の展開に憧れます。
── : 非常に大きなスケール感を持った物語ですが、現代のパートでは会社員であるが故の苦労が描かれるなど、一人一人の人物造形は堅実ですね。
斉藤: いわゆる「普通の人」の地道な努力を書きたいと思っているんです。自分自身も普通の会社員ですし、そこで出会ってきた人たちも、語弊はありますが普通の人だと思うので。一人のヒーローが全てを解決するのではなく、普段は舞台裏で動く人たちが力を発揮するのが魅力的だと思います。今後もその点は変わらず書いていきたいです。
── : 特に思い入れのある登場人物はいますか。
斉藤: 端役であっても、その場限りの登場ではなく活躍の場があるようにとは考えていますが、一番好きなのは数々の空戦を生き抜いてきた台場大尉です。普通の人を書きたいと言いながら一番超人的な人を選んでしまいましたが、無骨なのが好きですね。
── : もう一つ大きな魅力になっているのが、扱うテーマの難しさにもかかわらず平明な文章だと感じました。
斉藤: 選評で褒めていただいて驚きました。ただ、十年前に作品を扱き下ろされてから何も見せてこなかった妻に受賞作を渡したら、「読みやすくなったね」と言われました。何度も賞に応募するうち、知らず知らず上手くなったのかもしれません。とはいえ、仕事の上ではつい先日「メールが分かりにくい」と言われたばかりです(笑)。
── : すでに「小説現代」に受賞作のスピンオフ「間氷期」が掲載されていますね。今後はどのような作品を書かれるのでしょうか。
斉藤: スピンオフでは、受賞作中に登場するある人物の過去を描きました。本編ではあえて語らなくてもいい部分というのがあると思ったので、その一端です。次回作は全く別の物語ですが、やはり冒険小説を企画中です。
── : 最後に、作家になられて実現したい夢をお聞かせください。
斉藤: いつか「スター・ウォーズ」や「ガンダム」シリーズのように、読者に空想してもらう余地の大きい物語を創り出したいです。読む人が自分の好きな人物を見つけて感情移入し、それぞれの過去や将来を想像してもらえたら、とても嬉しいだろうと思います。