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特集

すべての日本人へ――城山三郎賞『亡国記』に続く、小説の名を借りた過激な警鐘『虚構の太陽』

取材・文:櫻坂 ぱいん 

原発事故に遭遇し、難民となった日本人をリアルに描き、城山三郎賞を受賞した話題作『亡国記』の著者、北野慶さんが満を持して発表した新刊『虚構の太陽』は、新たな国難を描くエンターテインメントの名を借りた過激な警鐘。美しい妻と、かわいい子どもたちに囲まれ、幸せな生活を送る主人公のエンジニア、ジェイが、生活、そして世界そのものに疑問を感じるところから始まる、壮大な物語です。果たしてそこに描かれる世界、そして人間たちは何を訴えているのか、そして、私たちはこの物語をどうとらえるべきなのか。北野さんに、新作『虚構の太陽』についてうかがいました。

私が書く小説は、たとえどんなテーマに挑んだとしても、結果として社会性や、ときに政治性を帯びざるをえない。

── : 本作『虚構の太陽』はジャンルとしてはSFですが、そこに描かれた世界は現代の問題を大きく反映しています。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、現代人にとってかなり衝撃的な内容です。なぜこの物語を書こうと思ったのですか?

北野: 着想を得たのは、今から5年近く前、前作『亡国記』の元となる作品を書き上げた直後でした。『亡国記』は3・11の原発事故後の危機意識をストレートに反映させた作品でしたが、「原発」という主題をエンタメに徹して描けないか、そうしたらもっとたくさんの人に読んでもらえるんじゃないかという思いがありました。

── : そんな問題提起をはらんだ作品ですが、エンターテインメントとしての読み応えも抜群です。現実的な問題と、エンタメとしての演出を両立させることについて、工夫した点、苦労した点などがあれば教えてください。

北野: 最初からエンタメに徹する考えでしたので……。ただ、原発問題にとらわれず、人類と核の問題、AIやシンギュラリティー(技術的特異点:人工知能が人類の知能を超える転換点)の問題等々、21世紀の文明をめぐるより幅広い問題意識を作品に反映させようという意図は、最初からありました。それがどこまで表現できたかは分かりませんが……。

── : 城山三郎賞を受賞した『亡国記』も含め、社会問題をあぶり出し、啓発するために小説の形を採用したということでしょうか、それとも純粋にエンタメを書く材料として、社会問題を組み込んだということでしょうか……つまり北野さんにとって、小説を書く場合「社会問題」と「エンタメ」どちらが先にあるものなのでしょうか?

北野: いうまでもなく、小説とは「人間」を描くものです。しかし、「人間」は社会的存在です。そして、私自身、社会問題や政治に強い関心があります。したがって、私が書く小説は、たとえどんなテーマに挑んだとしても、結果として社会性や、ときに政治性を帯びざるをえないと考えています。

── : 今回設定された世界は近未来的ですが、そこに描かれている人間たちは、非常に「人間的」です。特に主人公のジェイの葛藤はリアルであるし、深刻と思いました。ジェイの心情や家族との関係を描く上で気を配ったポイントはなんですか?

北野: 人間は人類史的に見て常に変化・進歩をとげてきました。また、大きな歴史区分の中で、人々が抱く倫理観や規範意識も変わります。しかし一方で、恋愛感情や家族愛等、変わらぬ部分もあるでしょう。資本主義が終焉を迎えつつある今、「次の時代」に人間がどんな意識や心情を抱くのか、想像力をはたらかせて描いたつもりです。

── : ちなみにジェイは、自身が生きる世界に疑問を感じ、安定した生活を捨て、危険を顧みず、その疑問を解き明かそうと動き出しますが、もし同じ立場に北野さんが置かれたら、どのような行動をとると想像しますか?

北野: 『亡国記』を含め、過去の私の作品には、自身や実在の人々を反映させた登場人物が必ず登場しますが、『虚構の太陽』はSFということもあり、すべての登場人物が百パーセント虚構です。ですので、自分が主人公のジェイだったら……ということは考えたこともありませんでした。でも、逆にジェイであれ、元恋人のマリーであれ、妻のエイであれ、あるいは敵役のニハラ・ショーでさえ、その愛憎、狂気、そして正義が、私の意識の反映であるとすれば、自分がそれら登場人物の立場なら、やはり同じ行動をとるのかもしれませんね。

── : この作品で描きたかったことは何ですか? また、どのあたりを一番読んでほしいと思われますか?

北野: 最初は大きな秘密が明らかになる第1部だけを考えていました。しかし、構想を練るうちに2部作になり、それとともに造型がふくらんでいったのがニハラ・ショーでした。人間は矛盾に満ちた存在で、誰しも狂気を内に秘めていると思います。ニハラを通して自身の狂気を感じてもらえたら、と思います。それと向き合ってこそ、真の「人間性」に到達できると思うからです。『亡国記』もディストピアと呼ばれましたが、本当はその先にあるユートピアを信じたいのです。

小説とは「人間」を描くもの――落ち着いた表情でそう語る北野氏。作家としての出発点はどこにあったのだろうか。

── : 作家になろうと思ったきっかけを教えていただけますか?

北野: 学生時代、ひょんなことから同人誌をつくることになり、小説を書きました。それが意外と好評で、友人からある文学賞に応募してみたらと言われて、軽いノリで応募したところ、一次予選を通過して名前が載った。それですっかりその気になったのがきっかけですね。

── : どんな作家、作品を読んで過ごしてきたのですか?

北野: 学生時代は高橋和巳とドストエフスキーに耽溺しました。なかでも高校時代に最初に読んだドストエフスキーの『罪と罰』は衝撃でした。その後は、学生時代に出会った在日の友人を通して在日や韓国に関心を持ち、20代を通して金史良、金達寿、金石範、李恢成、金鶴泳等々、在日朝鮮人文学を渉猟しました。

── : 小説、映画に限らず、影響を受けた作品というのはあるのですか?

北野: 正直、この四半世紀ほど、小説はほとんど読んでいないんです。なので、『亡国記』以降の自作については、何かの影響を受けた、ということはないと思います。今の私の作品に影響を与えているのは、ハリウッドのSF映画とか、主に日本の刑事ドラマやミステリードラマですね。SF映画で好きなのは、カール・セーガン原作の『コンタクト』のような作品です。

── : なるほど、ハリウッド映画のスケール感やテーマの壮大さは、北野さんの作品に通じるところがありますね……作品を書くにあたり、一番大切にしていることは何でしょうか?

北野: 「書きたい」という自身の内面から湧き上がってくる気持ちですね。以前の私は小説を、第一義的に自分のために書いていました。しかし、『亡国記』で初めて無我の気持ちで作品を書いて、ようやく小説を書く醍醐味を知りました。でも、誰のため、何のために書くのであれ、「書きたい」という自分自身わくわくする、うずうずするような気持ちがなければ、とても人に面白いと思い感動してもらえる作品は書けないでしょう。

── : そんな「自分自身がわくわくする気持ち」を大切にしつつ、これからどんな作品を書いていきたいですか?

北野: 3・11への危機意識だけから書き上げた『亡国記』が「サスペンス」というような範疇に区分けされ、「へえ、そうなんだ」と思い、次に書いた作品が図らずもSFだった。実は今、ちょっとしたミステリーを書いています。そのあとは、ラブ・サスペンスの長編を書いてみたいし、ある社会的テーマでミステリー長編も書いてみたい。どんなカテゴリーになるかは結果で、「書きたいテーマ」が先にあります。

── : 今後の作品も楽しみですね。最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。

北野: 『亡国記』は一部の方々にはけっこう熱烈なご支持をいただきましたが、私がめざした「より多くの人に思いを伝えたい」願いは十分には叶えられませんでした。今回、『虚構の太陽』はより多くの方々に楽しんでいただける作品であると確信しています。そして、読後感として皆さんそれぞれに、「何か」を感じとっていただければ幸いです。

── : ありがとうございました。


北野 慶

1954年生まれ。北海道大学文学部卒業。2015年、南海トラフ巨大地震に伴う未曾有の原発事故によって難民となった日本人を衝撃的に描いた『亡国記』で、第3回城山三郎賞を受賞。

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